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生島ヒロシが背負った借金7億円の危機を救ったのは?――山根弘行

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大手芸能事務所「生島企画室」を救った女性タレント


フリーキャスター生島ヒロシが会長をつとめる「生島企画室」が元気がいい。

同事務所は、生島がTBS退社を機に1989年4月1日に設立。
当初は、フリーアナウンサーの事務所のイメージが強かったが、 最近では浅野温子のような大物女優から優木まおみ、朝比奈彩、出岡美咲といった人気タレント、さらには大河ドラマ「篤姫」のナレー ションも担当した元NHKの人気アナウンサー、内藤裕子や大相撲の若貴の母親・藤田紀子なんかも所属している。

タレント数約70人。

今や押しも押されもせぬ「大手芸能事務所」の仲間入りを果たした生島企画室だが、設立4年目に事務所崩壊のピンチに見舞われていた。

TBSの局アナとして13年に渡って活躍した後、38歳の時の89年3月に退局。フリーに転身し、プロダクション「生島企画室」(社長は実弟の生島隆だった)を設立したが、退局後すぐにフジテレビの朝の月〜金の情報番組でMCを担当するなど仕事は順調だった。

「こんなに忙しくてどうしよう」

というほど絶好調の日々で、局アナ時代に約1200万円だった年収は右肩上がりとなった。

フリー転身1年で10倍、2年後に20倍、 そして3年後にはアッと驚く30倍の3億6000万円を稼ぎ出すまでになった。 当時は日本中が好況に沸き、「借金をすればお金が増えて返ってくる」という狂乱のバブル景気。生島も御多分に洩れず、東京・世田谷の高級住宅街に自宅を4億円で購入したほか、渋谷区の恵比寿には2億円の事務所。

さらには、「どんどん上がると言われて」ワンルームマンションまで複数購入し、最大7億円の借金を背負うことになってしまった。
ほどなく、バブルが崩壊。その結果、収入は減り、事務所も存続の危機に見舞われた。

そんな状況下で〝救世主〟となったのが、優木まおみだった。

BLOGOS編集部

アナウンサー志望で、東京学芸大の学生だった優木をオーディションで発掘。卒業時に民放各局のアナウンサー試験を受け最終選考まで行きながら、夢は実現できなかった。が、その時の悔しさをバネに知性派ながらグラビアもこなすマルチタレントとして大活躍した。

しかも、そのお陰で、最大7億円あった借金を完済したというから、彼女には足を向けて寝られない?

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