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サッチャー改革の起業家支援 30年後に花咲かせるも格差は埋まらず

姿消した「相続長者」

[ロンドン発]英日曜紙サンデー・タイムズが毎年恒例の「リッチ・リスト(長者番付)2018」を発表した。今年の特徴は自分の才覚で起業し、財を成した「自力長者」が上位1000人の94%を占めたことだ。

同紙がリッチ・リストを発表してちょうど30年で親の財産を相続した資産家(相続長者)がほぼ姿を消した。

同紙によると、長者番付の上位1000人の富の総額は、7240億ポンド(約107兆7600億円)で昨年の最高記録6580億ポンドをさらに更新した。女性長者は30年前の9人から141人に増えた。

ビリオネア(数十億ポンド以上の資産を持つ長者)は11人増の145人。


長者上位1000人の中でも富はビリオネアに集中、資産合計の66%を占めている。グローバリゼーションで市場が世界に広がったことにより「勝者総取り」の傾向がさらに強まっている。

イギリスと隣国アイルランドのビリオネアの資産総額を見ると、08年の世界金融危機で一度クラッシュしたあと、順調に増え続け、09年の約1040億ポンドから4951億ポンドと5倍近くに膨れ上がっている。


30年前、自力でなった長者は全体の43%に過ぎず、長者になる一番の近道は不動産を所有することだった。地主階級がリッチ・リストの28.5%を占めたが、今はわずか2.9%にとどまっている。

公共住宅から生まれたビリオネア

しかし今年の長者ランキング1位は、20年間で210億ポンド(約3兆1260億円)もの財産を築き上げた化学メーカー、イネオス最高経営責任者(CEO)のジム・ラットクリフ氏(65)だった。

イギリス生まれの長者がランキング1位になるのは初めて。しかもラットクリフ氏は英中西部マンチェスターの公共住宅育ち。父親は14歳で学業を終了したスクール・リーバー、日本流に言えば中学中退だ。

ラットクリフ氏はグラマー・スクール(公立進学校)に進み、バーミンガム大学で化学を学んだ。入学時の成績はビリから2~3番目。卒業後、エネルギー大手BPに採用されたが、アレルギーを理由に3日でクビになってしまったという。

石油大手エッソで勤務し、ロンドン・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)を取得。1998年にイネオスを設立。水浄化から歯磨き粉、抗生物質、食料品パッケージまで22カ国でビジネス展開し、売上高を年450億ポンドに伸ばした。

資産1億5700万ポンド(約234億円)でランキング744位につけた人材派遣業の女性起業家ペニー・ストリーター氏(50)は22歳の時、ルクルート・ビジネスを起業するが失敗して離婚。ホームレス(路上生活者)の施設で暮らすシングルマザーに転落したことがある。

サンデー・タイムズ紙のインタビューに、ラットクリフ氏は「学生時代から、いつかミリオネア(数百万ポンド以上の資産を持つ人)になりたいと思っていた」と話した。

一方、ストリーター氏は15歳の時、マーガレット・サッチャー英首相時代に導入された若年職業訓練で「週25ポンド稼いだ。心地良かった」と振り返った。

起業家がスーパーリッチになる時代

イギリスのスーパーリッチは、1980年代の地主階級から90年代のヘッジファンド、不動産開発業者を経て、ようやくサッチャーが種をまいた起業家に移行してきた。

起業家がスーパーリッチになるのは悪いことではないのだが、若者を中心に支持を広げる最大野党・労働党党首の強硬左派ジェレミー・コービン氏の側近ジョン・トリケット影の内閣府閣外相はこう攻撃する。

「スーパーリッチのエリートたちが他の誰よりも得をする歪んだシステムをテリーザ・メイ首相(保守党)が作り出している」

「労働者階級の普通の人たちから富が何年もにわたって搾取されている。保守党が必死に擁護する不正な経済を労働党がひっくり返す」

コービン氏は鉄道・郵便・エネルギー・エネルギー供給・水道事業の再国有化を唱える筋金入りの社会主義者。スーパーリッチは絶好の攻撃対象で、公共住宅育ちのビリオネアも許せないようだ。

世界のビリオネアは新自由主義(ネオリアリズム)の推進役でグローバリゼーションの先頭を走ってきたアメリカとイギリスに集中している。

共産主義とは看板だけで経済成長を最優先にし、今や保護主義的なドナルド・トランプ米大統領に代わり自由貿易の旗を振る国家資本主義の中国が世界第二のビリオネア大国なのだ。


1%対99%

イギリスの年間所得は1999年以降どのように変化してきたのか――。政府統計から納税者の年間所得推移をパーセンタイルで見てみよう。最小値から数えて50%に位置するなら50パーセンタイル(中央値)という。

最低所得者層の1パーセンタイルでは所得は1999年の4600ポンドから2015年には1万800ポンドと6200ポンド(2.3倍)増えた。一方、最富裕層の99パーセンタイルでは9万6400ポンドから17万ポンドと7万3600ポンド(1.8倍)も増えた。


増加率でみると最低所得者層(1パーセンタイル)の所得が一番上昇しているが、金額では圧倒的に最富裕層(99パーセンタイル)が多くなっていることが分かる。

今年3月に公表された英下院図書館の報告書では、可処分所得総額(住宅費を支払う前)の41%がトップ20%の富裕層によって稼ぎ出されていた。これに対して、ボトム20%の低所得者層は可処分所得総額の8%しか稼げていない。稼ぐ力に圧倒的な貧富の格差が生じている。


可処分所得(住宅費を支払った後)で見たジニ係数は1960年代の25%から40%まで上昇し、格差を拡大させている。

押し寄せるロボット・AI課税の波

輸送、通信能力が飛躍的に向上し、ベルリンの壁崩壊でグローバリゼーションが一気に進んだ。人・モノ・金の移動が加速して、市場が地球規模に拡大。ビジネスチャンスは広がったものの、途上国に生産拠点が移り、先進国の工場労働者は仕事を失った。

世界金融危機で金融機関を救うために公的資金が投入され、教育や社会保障費が削られた。景気刺激策としての量的緩和が株や土地の資産価格を押し上げる一方、住宅費の上昇となって家計にのしかかってきた。

今度は、ロボットや人工知能(AI)の波が押し寄せている。

野村総合研究所(NRI)が英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授らと共同で日本国内601種類の職業についてロボットやAIに取って代わられる確率を試算したところ、10~20年後に日本の労働人口の約49%が就いている職業で代替が可能という推計結果が出た。ちなみにアメリカは 47%、イギリスは35%と日本より低くなっている。

起業は経済成長の原動力だ。しかし起業に成功したグーグル、アマゾン、フェイスブックといったテクノロジー会社に世界中の人材と資本が集中し、富と所得の格差をさらに広げていく。

テクノロジーが資本、労働者、データのすべてを支配する時代がすぐそこにやって来ている。勝者総取りの21世紀、生活費を給付する所得保障制度の一つ、ベーシックインカムやロボット課税はもはや絵空事ではなくなった。

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