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老年学と金融研究を組み合わせ「資産の高齢化」問題の解を探るファイナンシャル・ジェロントロジー - 「賢人論。」第60回駒村康平氏(前編)

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長寿・加齢が社会経済に与える影響を主たるテーマとして研究する、「ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター」が2016年6月に発足した。ファイナンシャル・ジェロントロジー(金融老年学)は米国ではじまった研究だが、世界で最も急速に、そして厳しい側面も備える超高齢社会を迎えた日本において、実地の研究が行われるのは記念すべき出来事だと言えるだろう。同センターは、慶應義塾大学の経済学部経済研究所と医学部(精神・神経科、三村研究室)、および野村ホールディングスが共同で研究を行うもの。今回はセンター長に選任された同大学経済学部教授の駒村康平氏にその取り組みについて話を聞いた。

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

60歳以上の高齢者が全資産の約6割を保有している

みんなの介護 「ファイナンシャル・ジェロントロジー(金融ジェロントロジーとも)」とは、日本語で「金融老年学」と訳されるそうですね。まずは、どんなことを研究しているのか、そのあたりからお話をお聞かせください。

駒村 2017年10月、シカゴ大学教授のリチャード・セイラー氏が「行動経済学」の業績でノーベル経済学賞を受賞したことは記憶に新しいことでしょう。

経済学は「常に自分の利益を最大化するよう、合理的な意思決定をするのが人間だ」ということを前提にしていますが、みなさんもお分かりの通り、実際の人間は必ずしも合理的な存在ではありません。長年の習慣、過去の経験とか、そのときの感情の良し悪しなどに影響されて、合理的とはいえない行動をとることがあります。

行動経済学は、こうした人間の傾向を心理学的に分析し、経済学の数学モデルに取り入れることで経済学を現実の世界に近づけようとする研究手法です。

ファイナンシャル・ジェロントロジーも、行動経済学に似た手法をとっています。人間の老齢化のプロセスを研究するジェロントロジー(老年学)と金融研究とを組み合わせることで、「人間は老いることで認知能力が変化する存在である」ことを金融経済の仕組みに取り入れるのです。

みんなの介護 これまでの経済学は人間の「老い」について考慮することはなかったのですか?

駒村 ええ、考慮されてきませんでした。せいぜい、自分の引退時期や死亡時期を予測して、そこから逆算した貯蓄や資産形成を想定している程度。加齢そのものが経済行動に与える影響までは考慮していません。  

しかし、世界中の先進国の多くで高齢化が進み、特に、日本においてはこれまでどの国も経験したことのない超高齢化社会が到来しています。認知機能が低下した人が増えてくる社会に合った経済や社会政策、社会の仕組みを考える必要があります。その意味で、ファイナンシャル・ジェロントロジーを日本で研究する意義は非常に大きいと思います。

みんなの介護 高齢化した現在の日本経済にはどんな特徴があるのでしょう?

駒村 金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査(二人以上世帯)」によると、全金融資産のうち60歳代が29.4%、70歳以上が28.3%保有していることになっています。国民の金融資産の約6割を60歳以上の人たちが持っているのです。

ここで問題なのは、高齢者の資産の中に、株式や投資信託、外貨貯金、不動産といったリスク性資産、すなわち「購入した金額よりも価値が下がるリスクを含んだ資産」が多く含まれているということ。

本来、こうした資産は若い人が持つべきです。なぜなら、未来のある若い人たちは、投資で損をしても取りもどすだけの機会がありますから。ところが、若い人は資産を持っていないので、結果として高齢者にリスク性資産が集まってしまうのです。

みんなの介護 高齢者にリスク性資産が集まると、どんな問題が生じるんですか?

駒村 高齢者が資産を盛んに運用するなら、それほど問題にはならないんです。ところが、人は加齢とともに認知能力が低下しますので、結果的に運用パフォーマンスが落ちていきます。現金で預貯金を持ちますが、次第に株式投資の能力は落ちていくわけです。すでに海外の研究では、認知機能の低下に比例して資産運用能力も低下することが確認されています。資金の運用が不活発になった預貯金のみの状態では、投資は減少して経済が停滞します。

金融庁は毎年「金融行政方針」というものを公表しているんですが、2017事務年度版の中に「ファイナンシャル・ジェロントロジーの進展も踏まえ、よりきめ細かな高齢投資家の保護について検討する必要がある」という表記が盛り込まれました。金融庁はこれまでも顧客中心の金融サービスを目指し、高齢投資家の保護を販売会社に働きかけていましたが、ファイナンシャル・ジェロントロジーという言葉が用いられたのは初めてのことです。

つまり、「資産の高齢化」による経済の停滞が問題視されるようになったわけです。 一般的に高齢化の問題というと、単に高齢者の数が増えていくという量的な面がクローズアップされがちですが、経済に与える質的な影響は甚大で、決して見逃すことはできないのです。

国の法律や金融機関のサービスは完璧ではない


みんなの介護 内閣府の「2017年版高齢社会白書」によると、2012年の65歳以上の認知症高齢者数は462万人で、これは65歳以上の高齢者の約7人に1人にあたるそうですが、これが2025年には約5人に1人になるという将来推計があるそうです。高齢投資家の認知機能の低下は深刻な問題になりそうですね。

駒村 75歳以降の人は5歳加齢すると認知症の発症リスクが2倍上昇するというデータもありますね。

高齢化の度合いの高い地方銀行では、すでにさまざまな問題が起こっています。口座の利用者が暗証番号を忘れたとか、通帳をなくしたとか、取引そのものを忘れたといった深刻な問題です。

介護の専門家ならこうした問題が起こる前にその兆候に気づくことで適切に対処できるのかもしれませんが、介護の経験がまったくない金融機関のスタッフなどは問題が深刻化するまで気づくことができず、ただ呆然としてしまうのです。

みんなの介護 認知症や障害などによって意思決定が十分にできない人を保護するための「成年後見制度」が2000年4月から施行されましたが、この制度では問題をカバーできないのでしょうか?

駒村 「成年後見制度」は認知能力の低下した高齢者に代わり、第三者が意思決定をするという制度です。

成年後見人には親族や司法書士、弁護士といった人たちを家庭裁判所が後見人として選任。これにはリフォーム詐欺などに遭わないように助けてくれるというメリットはありますが、本人による生前贈与などは制約され、手間も手数料もかかります。

また、親族が成年後見人になった場合、いずれは自分たちが相続するものだと勝手に判断して親の預金を使い込んでしまうというトラブルも少なくないといいます。さらに、手続きの煩雑さや家庭裁判所の対応能力の限界もあり、20万人程度しか利用していないという状況です。

みんなの介護 法律が完璧でないとしたら…どうすればいいのでしょう?

駒村 認知機能の低下した人への対応については、金融機関も動きが出始めています。 例えば城南信用金庫は「城南成年後見サポート口座」という商品を開発しました。 これは「口座を2つに分けて多額の資金を複数の後見人で管理し、月々に使う10〜20万円程度の決まった額を自動振替の別口座に流す」という仕組みです。

また、高齢の顧客や認知症の顧客への対応方法を学ぶ養成講座をスタッフに設けている金融機関も少しずつ増えつつあります。

それから、日本ファイナンシャル・プランナーズ協会も、全国有料老人ホーム協会が開催するセミナーにファイナンシャル・プランナーを派遣し、老後の生活設計や保険の見直し、貯蓄や投資などの相談に応じる取り組みを始めています。

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