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櫻井よしこが106歳の母を介護して考えた「日本的家族のあり方」

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 定年後をどう過ごすかが話題になっている。寿命が延びたことは喜ばしい半面、さまざまな問題が浮かび上がってきた。超高齢化社会を前に、私たちが取るべき対策とは。ジャーナリストの櫻井よしこさんが自身の体験を基に提言する。(出典:文藝春秋オピニオン 2018年の論点100)

長寿社会は望んだ姿か 

 今、日本は超高齢社会を目の前にして、大きな負担にあえいでいます。国民医療費は42兆円を超え、毎年ほぼ1兆円のペースで増加中です。国民1人あたりの医療費をみると、75歳未満は約22万円なのに対し、75歳以上のいわゆる後期高齢者は約93万円です。高齢化によって財政支出は膨張しており、医療費の国庫負担は年間11兆円、年金、介護などを合わせた社会保障関係費は32兆円超と、いまや歳出総額の3分の1を占めるほどです。

 苦しいのは国の財政だけではありません。高齢者を抱えた家族、それに高齢者自身にも大きな不安があり、少なくない負担に直面しています。年金の減額、貯蓄の少なさ、介護にかかる費用と手間、仕事との両立のことなど、考え始めれば、前向きに対処しようと努力しても、齢をとるにつれ、不安になります。

 私たちの国、日本は戦後、長寿社会の道を選び、寿命を延ばし続けてきました。しかし今、眼前の長寿社会の実態を見つめ、それが私たちの望んできた社会だったのかどうかを考えるときだと思います。


©iStock.com

最大の犠牲者は高齢者自身 

 日本は四季の豊かさに恵まれ、食生活から医療・衛生に至るまで、優れた伝統文化を維持してきました。その伝統を背景に、世界に冠たる長寿国となりました。お年寄りの知恵に学びながら共同体を維持し、文化を継承する仕組みも機能していました。自分を後回しにしてでも困っている人を皆で助け合う「互助の精神」も根づいていました。伝統的な日本は、高齢者に優しい国だったといえます。 

 ところが、世界有数の長寿国になったとき、老後は必ずしも幸せなものではなくなりました。私たちは「どのようなかたちで長生きするのか?」という根源的な問題を十分考えないまま超高齢社会に突入し、思いがけない矛盾を抱え込むことになってしまったと思います。

 超高齢社会が抱え込んだ矛盾の最大の犠牲者は、お年寄り自身です。介護施設ではお年寄りをプライバシーもない大人数の部屋に押し込めざるを得ません。介護士の数が足りず、少人数のスタッフで目が行き届かない、お風呂やトイレのお世話もおざなりな劣悪施設は、珍しくありません。また、デイサービスの延長で高齢者を預かる「お泊りデイ」や、近郊の民家をそのまま介護施設に転用している例など、脱法的な施設も多くあり、厚生労働省も実態をみきれていません。

1年間に300件、虐待が倍増している

 虐待も大きな問題です。厚生労働省の調査結果(平成26年度)によると、特別養護老人ホームや介護老人保健施設、介護療養型医療施設など高齢者用の介護施設に勤める職員が、利用者を虐待したとする案件が、平成26年度の1年間で300件もあったと報告されています。これは前年度と比較して約35%増であり、かつ直近の2年間では倍増しています。もの言えぬ高齢者が、まさに社会的弱者になっているのです。

 若い頃は立派な仕事を成し遂げた人々、善き家庭人として子育てや家事を支えてきた人々が、人間性を否定されるような環境で人生の最終期を過ごすのかと考えると、胸が痛みます。表面化したものはごく一部であって、人知れず耐えている高齢者は全国各地にいると思います。

 今の日本を築き上げてきた方々をこのような劣悪な状況に置いたままで、私たち日本人は本当によいのか。また、自分自身もいずれそうなる運命であることに、私たちは納得できるのか、厳しく問題提起したいと思います。

106歳の母を介護して得た教訓

 私には、今年で106歳の母がいます。明治生まれの母は若い頃に多くの苦労を重ねながらも、私たち子供を育ててくれました。90歳を過ぎても元気で、兄の家族と一緒に暮らしながら、好きな日本舞踊の稽古(けいこ)に打ち込んでいました。

 ところが12年ほど前、突然くも膜下出血で倒れたのです。幸いなことに、緊急搬送された千葉県救急医療センターには脳神経外科部門に優秀な医師が多く在籍していました。難しい手術に成功し、母は一命を取り留めました。

 しかし、母は意識こそはっきりしていて言葉も出ていたものの、身体は思うようには動かせなくなってしまいました。さらにその翌年に髄膜炎を患い、言葉が出なくなってしまったのです。要介護5の認定を受け、医師からは「自宅で介護するのは難しい。施設に入れたほうがよい」と勧められました。

 介護という現実が、私の前に突然あらわれた瞬間でした。

人手不足の施設か億単位の高級施設か

 兄を中心に、病院や介護施設をいくつか見学しました。ところが、現場を見れば見るほど、暗い気持ちに陥るばかりでした。聞けば、夜間は2人のスタッフで数十人のお年寄りのお世話をするなど、常識的に考えればありえない態勢で回しているのです。それでは満足に目が行き届くわけがありません。

 また、いいなと思える施設があったとしても、そうしたところは驚くほどお金がかかります。入居金だけで数千万円、しかも10年経ったらもう一度、入居金を支払わなければならない施設もあります。加えて月々の費用は数十万円からかかる。最終的には億単位のお金が必要な世界です。たしかに、このような施設もあってよいと思います。人生は結局、自己責任ですから、余裕のある人が喜んで入れる施設もあるのがよいのです。

 でも私は覚悟を決め、母に私の自宅に来てもらうことにしました。幸い、母が倒れる1年ほど前に私は自宅をバリアフリーにしていました。玄関から室内までの段差をなくし、2階へもエレベーターをつけ、お手洗いも車椅子で入れるようにしました。実は母がまだ元気だった頃、「お母さん、もし病気になっても私がちゃんとお世話しますから大丈夫よ」と約束していたのです。そんなこともあり、自宅で母と暮らし始めました。

専門家を頼りながら生活を組み立てる

 そのときから、仕事と介護の2つに挑戦してきました。自宅は仕事場を兼ねていますので、仕事の合間合間に、母の介護をするつもりでした。母は自力では寝返りも打てないため、24時間態勢で見守る必要があります。また、誤嚥性肺炎などを起こさぬよう、食事も喉に通りやすく、しかも栄養バランスまで細心の注意を払って作らなければなりません。最初の頃、私はとにかく持てるだけの力を振り絞って頑張りました。

 しかし、いくらひとりで頑張っても、自分自身の生活を整えなければ、私自身が参ってしまうことに気がつきました。私が倒れたら、元も子もありません。

 そこで、専門家に任せられるところはお任せし、私は母の様子を全体的に把握することに集中するよう、発想を切り替えました。母には泊り込みでお世話をして下さる介護士の方をつけました。夜中も何回か起きて必要なお世話をして下さいます。私が出張で朝早く家を出たり、夜遅く帰って来たりするときも安心して任せられる人たちです。食事は専門の方が栄養バランスを考えながらメニューを組み立て、調理もしてくれています。私は毎日こまめに母の様子を見に行き、声をかけます。母の顔を見ていると、どこか異状がないか、何か足りないものはないか、自然とわかってくるのです。

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