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歴史修正主義と「言語ゲーム」――学術の力を信じるために / 『歴史修正主義とサブカルチャー』著者、倉橋耕平氏インタビュー

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ディベートという詐術

――歴史修正主義者はディベートという形式を好むとのことですが。

「歴史ディベート」は「つくる会」の藤岡信勝が、教育学の分野で実践を始めました。「歴史」を対象に「ディベート」することは、はっきり言って「詐術」です。

――詐術ですか!

というのは、歴史ディベートは討論や議論とは異なり、二項対立図式のゲームだからです。参加者はトピックに対して個人の主張とは関係なく「賛成派」と「反対派」に分けられ討議を行いますが、この方法のおかしなところは2点あります。

第一に、一方のチームに「通説」を論じさせ、他方のチームに「俗説」を論じさせます。たとえば、「大東亜戦争は自衛戦争であったか」をディベートするために肯定派と否定派にわかれます。通常、通説は科学的に実証と専門家の議論を経て形成されるものであるので、俗説(この場合は肯定派)は相手にされませんよね。でも、この方式はあらかじめ俗説を通説と「対等」のものとして扱わせることができます。

――けっして同じ地位にない言説なのに、同じ土俵に上げてしまうんですね。

ええ。つまり、論題を設定する時点で、俗説は「下駄を履かせてもらっている」状態なのです。

第二に、ディベートである以上、必要とされるのはディベートに勝つだけのアドホックな知識や論理のみであり、その他の情報や資料は無視してよいのです。意図的に無視することも、以前の発言との一貫性を覆すことも容易に可能としてしまう「言語ゲーム」です。そんな不誠実な歴史の論じ方ありますか?

――確かにその通りです。

歴史修正主義者がこれを好む理由は明白です。通常メイン・ストリームの歴史記述に対して、珍説を出しても誰も聞いてくれない。だけど、「ディベートだ!」といえば、必然的に議論のアリーナに他者を引きずりこむことができる。おっしゃるように同じ土俵に上げることができる。

そして、その場で勝てば、こちらの説が正しい、という印象を観客に与えることができるからです。いま、インターネット上で「論破論破」「完全論破」と騒いでいる人がいますが、まさにこの「言語ゲーム」の末裔です。

――ディベートという方法そのものに問題があるということでしょうか?

やはりこの方法の「知」には問題があります。先に述べた以外にも、「論破」自体が目的化して、歴史の「真実」「事実」の追求という態度からは逸脱するからです。また、その場で相手をやりこめればよいというコミュニケーション・モードですので、公文書・資料・証言・証拠など、それぞれ「重み」の違う対象を、論破のために用いる道具として同列で扱ってしまうことの問題性も指摘できます。

「歴史」の「ディベート」は歴史学にどのような貢献を果たすのでしょうか。私には歴史の解明とは全くかかわりのない営為のように見えます。この「論破」の形式的側面だけが継承されているのが現状ではないでしょうか。

読者参加と共同意識

――歴史修正主義的な言説と「読者」との関係について教えてください。

参加意識と共同意識だと思います。通説の歴史への違和感を共有する仲間を想像できる空間をメディアを使って作り出しました。その顕著な例が、保守論壇誌である『正論』(産経新聞社)と小林よしのりの『新・ゴーマニズム宣言』(小学館)だと思います。どちらも歴史問題を扱う際に重視したのは、読者投稿でした。

90年代までの雑誌文化では、読者の投稿は重要な文化でありコンテンツでした。読者が雑誌に参加し、それを編集部が取り上げるといった相互作用があり、またその読者投稿自体を独立して単行本で出版しました(宝島社の『VOW』のように)。

『正論』は、90年代の大島信三編集長時代に売り上げを伸ばすのですが、大島編集長がしたことは、全400ページ前後の雑誌の約10%を読者欄に当てたことでした。そんな論壇誌なんて他にありません。ですが、この時期、『正論』は、朝日の『論座』の倍数近く売っています。読者投稿をもとに、侵略戦争論争も起きます。

――『ゴーマニズム宣言』も読者の扱いに長けていましたよね。

小林は、読者投稿を自ら積極的に募集し、「慰安婦」問題で歴史問題を描き始めると、「われわれで答えを出そう」と呼びかけます(本書第4章参照)。この点では、読者の意見に沿うかたちで小林作品は作られました。小林は読者を失いたくないからです。その意味において「われわれで答えを出そう」というときの「われわれ」とは、小林に肯定的な意見を送る「われわれ」でしかないのです。

自分と同じ価値を信じる「狂信的な他者」の存在がつねに可視化されることで、歴史修正主義的な言説は、読者にとって自らも参加して守るべきフィールドとなっていきました。そして作り手と受け手のあいだで作られた「集合知」としての言説を自己強化していったのです。

なぜ「朝日新聞」を攻撃するのか

――そうしたなかで、歴史修正主義者たちはなぜ好んで「朝日新聞」を攻撃したのでしょうか?

「朝日新聞」を叩くと雑誌が売れます。この文化は、80年代頃に定式化します。その文脈で考えると、「慰安婦」問題は恰好の的なんです。日本で初めて元「慰安婦」の金学順さんの告発が取り上げられたのは91年の「朝日新聞」紙上でした。

歴史修正主義者たちは、95-96年ごろから「慰安婦」問題をめぐる議論に対して攻撃を始めます。ただし、現在も批判を続ける「読売新聞」も「産経新聞」も初期の頃には「慰安婦」問題について「普通」に報道していたんです。論調を一転させ始めるのは90年代中盤から00年代頭にかけてです。とりわけ、96年のクマラスワミ報告以降は攻撃を強めた傾向があります。

――具体的な批判について教えてください。

彼らの批判の中心は、2点あります。1つは、「「朝日新聞」の誤報が拡散された」というものです。もう1つは、「吉田清治の嘘の証言を「朝日新聞」が広げた」というものです。しかし、朝日が2014年に取り消し、謝罪した記事は16本ですが、「朝日の嘘」を謳う新聞・雑誌記事はそれ以上に大量に蔓延しています。

この状況がどういう意味を持つのか。森友問題でも同型の批判が繰り返されています。たとえば最近、「朝日の捏造」「朝日のウソ」や「朝日新聞に立証責任がある」と訴える本や雑誌が出版されていますが、財務省が改ざんを認めた事実をみると、結局のところ朝日の「捏造」ではありませんでした。

彼らがしたいことは、自分たちの「党派性(われわれ/敵の関係)」の維持なのです。本書でも分析したように、朝日の記事が「慰安婦=性奴隷」を作ったなんて痕跡は確認できませんでした。それは、英語表記(sex slaves, sex slavery)で追っても同様です。つまり朝日が「国際的に発信した」という主張も無理筋なんです。

――「慰安婦」問題を韓国との問題に限定するのもお決まりですね。

そうです。彼らは「慰安婦」問題について、他国で起きた強制連行の事実を無視し、日韓二国間関係に限定して論じるのですが、このことにも「相応」の理由が考えられます。

――といいますと?

すでに指摘されていることですが、彼らには、被害・加害の歴史を矮小化し、1965年日韓基本条約を盾に「慰安婦」問題を終わったとして片付けるという思考があります。さらにその他のアジア諸地域における「慰安婦」問題については恣意的に捨象し、このことによって、「敵」を「朝日新聞」と韓国とに焦点化するのです。議論を小さくし、「論破」だけできればよいというディベートの思考です。

――2015年の日韓合意も多くの問題が指摘されていますね。

安倍政権と朴槿恵政権は、2015年の暮れに突然日本軍「慰安婦」問題に関する日韓合意を発表しました。しかし、これは「政治判断」であり、合意に至る協議に被害者を関わらせませんでした。その意味において、やはりこの政治的営為は、被害者を消す歴史修正主義なのです。

そのうえ、彼らは加害主体である日本の国家責任を認めていないという意味で、加害者の消去も行った(中野敏男・板垣竜太・金昌禄・岡本有香・金富子編『「慰安婦」問題と未来への責任』、大月書店、2017年参照)。これが歴史修正主義なのです。

サブカルチャーと対抗の文化

――90年代に成立した基本的なフォーマットは、インターネット時代には日常的に観察されるものになっています。

端的にいうと、90年代に広がったものは「文化消費者による評価」の重視、という知的態度に関わるものだと思います。たとえば、以前は料理本もグルメ本も文化生産者側の評価が重視されるものでしたが、現在は「クックパッド」や「食べログ」のように文化消費者の集合知が重視されています。私もよく使います。これは知のステータスが変わったことを意味するのでしょう。

00年代に入って、インターネットという技術が大衆に膾炙し、文化消費者による情報発信やコンテンツへの参加の欲望が大量の情報となって可視化されるようになりました。広告の出資先もどんどんインターネットに移っていきました。そこで、ある種の民衆的な知と専門家的な知のステータスがフラットになっていく。

また、アマチュアの参加という特徴が際立ってきます。それは今のtwitter上の議論をみればわかります。日々歴史問題をめぐって、歴史の専門家である学者や研究者がユーザーから議論を吹っかけられています。歴史学者に口汚く「頭大丈夫か?」などと絡んでいくのは、まさにこういう知的なものの変化を象徴しています。

――ご著書のタイトルは『歴史修正主義とサブカルチャー』です。あらためてこのサブカルチャーについて教えてください。

「サブカルチャー」という言葉は非常に曖昧で使いにくい言葉です。「文化」とは何なのか、という問いすら非常に曖昧なところがあるゆえ、「サブ」すなわち「下位に」「副次の」といった言葉がつくので、定義するのが余計に難しい。

ただ、一般的にはマンガやオタク文化的なものが想像されますよね? 

――そうですね。

本書ではそうではなく、言葉の原義的な意味で、「正当な文化的評価を得にくいもの」というニュアンスで用いています。あるいは、「文化的に一段落ちると評価されるもの」を指しています。

――なるほど。先ほどお話しいただいた「知」の序列の違いですね。

おっしゃる通りです。歴史修正主義の著作は、図書館には入れられない「サブ」に位置付けられています。そこにはアカデミア側の規範や知的なものへの秩序が存在します。アカデミアは、その手続きや様式において、自らをハイカルチャーに位置付けています。

その分、見落としてきたものもあったわけです。大学図書館は自己啓発書を買わないですよ。だからこそ、商業メディアにおいて歴史修正主義の言説は展開されたのです。それは、インターネットが始まってからもそうです。YouTuberもフェイクニュースの生産者は、この観点から見れば、よりサブ、アンダーグラウンドという感じでしょうか。

そして、この知の規範や序列付けこそが、彼らの「対抗の文化」を生み出します。彼らが教育再生に熱を注ぐのも、戦後民主主義社会の代表的な知とそのイデオロギー(と彼らが思っているもの)そのものへ対抗・抵抗だからです。だから、教科書運動に熱心であるし、「朝日新聞」への批判も苛烈に行われるのです。

歴史修正主義に対抗するために

――歴史修正主義に対抗するにはどうすればよいでしょうか?

まずは、本書が示したように、彼らの「言語ゲーム」を理解する必要があると思います。言説の価値は必ずしもフラットではありません。「容れもの」であるメディア自体にそもそも価値付けがされており、そのジャンルの規則に沿って言説は形作られます。これを理解することで、私たちの現状理解は変わります。

そして、彼らが熱心に攻撃を仕掛けるのは「事実」と「教育」であることに注意してください。歴史修正主義の蔓延は学問の営みにかかわるだけではなく、私たちの身体や生命そのものに関わります。実際に、排外主義運動は「在日特権」という史実を無視したデマに依拠して人々の尊厳を傷つけ、身体や生命を脅かしています。

運動や批判の継続はどこまでも重要であります。私の研究はそうした活動の延長線上で可能になったものでした。しかし、歴史修正主義者とは建設的な議論ができないように思われてしまうのも事実です。これに対して私は、本書を通して(もう一度)「学術的な手続きを使って、まだ闘える」ことを証明したいと考えてきました。

――「学術」はまだ闘える。あるいは、「学術」によってこそ闘えるのだとぼくも信じたいです。

本書は、彼らの主張を批判的に検討していくことでも、揶揄することでもない対抗の方法を考え、歴史修正主義の思想とそれを普及させるコミュニケーション・モードや「知の形式」を検討の対象にしました。また、問いや視角は、メディア論とカルチュラル・スタディーズの基礎に準じました。複雑で難しい理論・手法などは採っていません。

対抗とは、必ずしも真正面からだけではなく、さまざまな角度や側面からも行うことができます。そのための方法はすでに私たちの手元にあります。いま、歴史修正主義的な言説への抵抗のためにこそ、学術的な思考と手続きの力を信じることが必要なのではないでしょうか。

歴史修正主義とサブカルチャー (青弓社ライブラリー) 歴史修正主義とサブカルチャー (青弓社ライブラリー)書籍
作者 倉橋 耕平
発行 青弓社
発売日 2018年2月27日
カテゴリー 単行本
ページ数 240
ISBN 4787234323
Supported by amazon Product Advertising API

倉橋耕平(くらはし・こうへい)
社会学・メディア文化論・ジェンダー論
1982年生まれ。関西大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。立命館大学ほか非常勤講師。専攻は社会学・メディア文化論・ジェンダー論。共編著に『ジェンダーとセクシュアリティ――現代社会に育つまなざし』(昭和堂)、共著に『現代フェミニズムのエシックス』(青弓社)など。

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