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「キモくて金のないおっさん」を救うために、本当の正義の話をしよう - 佐々木 俊尚

 正義というものが、いまの日本ではとても厄介になってしまっている。

 以前、大手海外通信社の記者が「私達記者は正義。がんばる」とツイートして話題になったことがあった。

 この記者の言う「正義」(私はこの日本的な正義は本来の正義と違うと思うので、区別するためカギカッコつきにしておく)は、善悪の善や正しさのようなものを意味しているのだろう。儒教でいう義(正しいこと)から転じた言葉なのではないだろうか。でもここで何が正しくて何が正しくないかという基準は、いったい誰に決めることができるのだろうか?

 ここに「正義」の自分勝手さという難しい問題がある。自分勝手な「正義」は、いくつもの問題を引き起こす。たとえば、「正義」は弱者を勝手に選別してしまう。

©iStock

弱者として認定されない人たち

 LGBTや女性や障害者や少数民族は弱者として認定されることが多いけれども、弱者に認定してもらえない人たちもいる。典型的なのは、中高年で貧困層に陥って肥っていて、でも生活保護は受けていないような非正規の男性だ。これはネットの中では「キモくて金のないおっさん」問題と呼ばれていたりする。

 他にもある。福島第一原発事故で、郡山市や福島市、さらには関東地方など避難区域に入っていない土地から怖くて逃げた自主避難者は、弱者として認定された。じゃあ、地元に残って生活している郡山や福島の人たちは弱者じゃないのだろうか? 本当はどちらの人たちも、包摂されなければいけなんじゃないだろうか?

 いったい選別する権利を握っているのは誰なのか? 選別の正しさは、どこで担保されているんだろうか?

「正義」はつねに暴走してしまう

「正義」にはもう一つの問題がある。つねに暴走するという問題だ。善にもとづく「正義」は、最初は抑圧や人権侵害、貧困などに抵抗するために、悪と戦う。もちろんこれらの戦いにはとても正当性があるだろう。しかしつねに戦い続けなければ、「正義」は成り立たないというジレンマにいずれ陥って行く。だから悪が敗れたりいなくなったりすると、「正義」は戦う相手をなくして宙に浮いてしまう。そこで戦える相手を探し、なければ悪を無理やり作り出し、戦いを永遠に続けようとする。悪は勝手に決めつけられていて、ここにも選別の問題が見え隠れしている。

 そして、気がつけば「正義」は、悪に対抗するために戦うのではなく、自分が自分として動き続けるためだけに戦うようになる。自己目的化するのだ。これが「正義」の暴走だ。

 歴史を振り返ると、独裁者はたいていの場合、最初から独裁者だったわけではない。最初は抑圧への対抗者として現れ、人々から人気を集め、そして政権を握ったとたんに自己目的化し、独裁になり、抑圧の側へと回る。ヒトラーも毛沢東もポルポトも、みんなそうだった。

 このように「正義」はとても危うい。ではどうすればいいのだろうか?

本来の正義の話をするために

 そこで私の提案は、本来の正義の話をしようということだ。本来の正義とは何かといえば、20世紀アメリカの偉大な思想家であるジョン・ロールズが著書「正義論」などで唱えた正義である。

 ロールズの本の原題は「A Theory of Justice」。justiceは日本語のニュアンスとしては、正義というよりも「公正さ」という意味に近い。「フェアであること」と言い換えてもいいかもしれない。実際、「正義論」における正義は、「フェアであることとしての正義(Justice as Fairness)」とも説明されている。

 これを正義と訳してしまったために、悪を懲らしめる超越的な「正義」と、フェアである正義がごっちゃになってしまったのが、日本で正義についての誤解が広まる原因になってしまったのではないかと思う。儒教的な日本の「正義」にはフェアというニュアンスは乏しい。

 だからロールズは、正義に基づいて悪を懲らしめよ、などというようなことはいっさい言っていない。「正義論」はどこまでも、フェアであることをどう担保するのかというその一点について議論しているのだ。

 ではロールズの語る正義とは、具体的にはどのようなものなのだろうか。

ロールズが掲げる3つの正義の原理とは

 ロールズの本はけっこう難しくおまけに死ぬほど分厚い。ややこしい説明も多いのだが、それらをすっ飛ばして、シンプルに紐といてみよう。

 ロールズは、正義の原理を掲げている。意訳すると、

 第一に、みんな自由であるということ。
 第二に、不平等は良くないけれども、不平等が許される場合もある。それは、最も不利な人たちが「現在のところ不平等であっても、そのほうが平等であるよりも暮らし向きが良くなるから、不平等でもかまわない」と考えた時。
 第三に、機会の平等が大切であるということ。

 二つめがポイントだ。格差があっても、お金のある幸運な人たちが一生懸命働くことによって、貧困層の人たちを幸せにする結果を生むのだったら、そのような場合だけは、格差は正義にかなっているということ。

 ロールズのまなざしは、「最も不利な人たち(worst off)」にそそがれている。暮らし向きが、いちばん良くない人たちと言い換えてもいい。つまりは「キモくて金のないおっさん」なのだ。ロールズはこの原理で、弱者は選別されるべきではないと言っているのだ。同時に、上から目線ではなく、キモくて金のないおっさん目線でフェアかアンフェアかを見なければならないと言っているのだ。

自由と平等、どちらを取るべきか問題

 ロールズが正義論を書いたのは、1971年。この時期は冷戦の真っ只中で、社会主義と資本主義がきびしく対立していた。アメリカはベトナム戦争の泥沼に落ち込んで、反戦運動も盛り上がっていた。資本主義の限界が言われ、市場の自由がいいのか、それとも社会主義の平等がいいのかという二極対立で意見は真っ二つに割れていた。

 しかしどちらかが正しいとは言えない。市場の自由は経済を成長させるかもしれないが、格差は放置される。キモくて金のないおっさんは救われない。じゃあ、なんでも平等にすればいいのかと言えば、すべてを平等にしたら競争が働かなくなり、経済は成長しなくなってしまう。それはその後の社会主義の失敗によって証明された。

 だから、自由と平等のバランスを取ることが大切だ。それに対する真正面からの答えたのが、ロールズの正義論だった。自由と平等を見事にバランスよくまとめ、自由でもあり、平等でもあるというバランスが可能だということを、彼は正義の原理によって示した。市場の自由は大切だけれども、キモくて金のないおっさんのことも忘れちゃいけないよ、彼らも包摂されないといけないよ、とロールズは説いたのだ。

「アンダークラス」の格差は広がるばかり

 ロールズの本が出てから半世紀近くになろうとしているけれども、この哲学はいまの時代だからこそ再び重要性を増していると思う。私たちの社会に、他人に鉄槌を下す「正義」ではなく、フェアであり、みんなが暮らしていける正義を、取り戻さなければならない。

 キモくて金のないおっさん問題は、見えにくいけれどもとても深刻で大きくなっている。早稲田大学教授の橋本健二さんは著書『新・格差社会』(講談社現代新書)で、非正規雇用が新たな階層になってきていることを指摘している。同書は現代日本をさまざまな面から分析し、激増する非正規労働者が「『階級以下』の存在、つまり『アンダークラス』」という新たな階層になっていることを解き明かしている。

 同じ労働者でも、正規労働者と非正規であるアンダークラスの間の「異質性」は大きくなっている。収入は2倍も離れ、貧困率はなんと5倍もの差がある。健康状態、ストレス、人間関係、不安など何もかもが両者のあいだではかけ離れている。

「それは、文字通りか、あるいはそれなりにかの違いはあっても、安定した生活を送り、さほど強い不安もなく、満足や幸せを感じながら生きることのできる人々と、これができない人々の違いである」(「新・格差社会」)

「いまや資本家階級から正規労働者までが、お互いの利害の対立と格差は保ちながらも、一体となってアンダークラスの上に立ち、アンダークラスを支配・抑圧しているといえないだろうか。これは、いわば四対一の階級構造である」(新・格差社会」)

 このひどい状況を終わらせるためにこそ、いま新しい正義が求められているのだ。

(佐々木 俊尚)

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