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「正確な情報に基づく健全な世論」を形成することが改革を進める鍵 - 「賢人論。」第58回権丈善一氏(後編)

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「日本の公的年金は早晩、破たんする」、「5年以内に見直さなければならない」──。2004年ごろに年金不安をあおる政治家の発言、メディアの報道、それを支える年金論者が世間を賑わせていたとき、在野の研究者としては孤軍奮闘で反論ののろしをあげはじめた権丈氏だが、当時をふり返ると「今は年相応に丸くなった」と笑う。そんな権丈氏に、裏づけのない珍論・暴論がなぜ世にはびこってしまうのか、今後の日本の介護・医療制度はいかにあるべきかについて聞いてみた。

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

国民すべてが「正確な情報」を得るのはムリ

みんなの介護 最近、ネット世論が入り乱れ、既存のメディアに対する不信感が叫ばれています。そのような状況の中、私たちは何を信じればいいのでしょう?

権丈 わかりません(笑)。学生には「僕の言うこともあんまり信用しない方が良いよ」と言うくらいしかアドバイスのしようがない。そこで彼らが僕を信用しなくなるというのも、僕の言うことを信じたことになるわけだから、あんまり良いアドバイスではないですかね(笑)。

2004年に、「(現行制度は)間違いなく破綻して、5年以内にまた替えなければならない」と言っていた政治家を、過去のことなどすっかり忘れて、いや知らないままにか、今、熱狂的に支持する人たちが出てくるわけだから、政治家の世界はモラルハザードの世界であり続けるでしょう。世論が牽制力になりそうもない。研究者に対してもそうだから、モラルハザード蔓延の無責任な世界が続く。でも、年金報道に関していえば、2004年の頃と比べるとメディアは捨てたもんじゃないと思わされることもありますよ。

2016年、オプションⅠの「マクロ経済スライドの見直し」、つまり現受給者から将来世代への仕送りの話が国会で議論されていた頃、民進党(旧・民主党)の国会対策委員長は、「年金カット法案」と呼ぶネガティブ・キャンペーンを展開しました。このときメディアは、民進党のキャンペーンに総攻撃をしかけていました。僕は、2015年に出した本に、次のように書いていたんですよね。

彼ら野党の政治家がわかっていないのは、9年前の2004年頃と比べてメディアが賢くなっているということですね。9年以上も年金のことを眺めてきた記者たちは、野党の政治家たちよりも圧倒的に年金まわりのことを理解しています。この人たちの存在はこの国の立派な財産だと思います。(出所:権丈(2015)『年金、民主主義、経済学』

なのに、年金を政争の具に使おうとするから、メディアから総攻撃される。そういう牽制力がないと、民主主義は機能しない。きわめて希なことが、2016年の年金改革の時に起こっていたわけです。そのあたりは、『ちょっと気になる社会保障 増補版』知識補給「年金どじょうは何匹いるのかな?」にあります。年金どじょう…何を言いたいのかわかりますよね?

みんなの介護 そうそうウマい話が転がっているものか?と。

権丈 付け加えますと、「年金カット法案」と言って2016年改革を批判していたのは民進党の衆議院だけで、参議院では「これを我が党は、年金カット法案、衆議院で言っていたわけですが、ご案内のように参議院は、私含めて5人おりますが、年金カット法案と一言も言っていません」(足立信也参議院議員 厚生労働委員会2016年12月9日)と発言されていたりもする。

実は、2004年7月の参議院選挙の時以来、選挙の度に野党が争点に掲げていた年金の抜本改革は、2017年10月の総選挙で、はじめて旗が降ろされていました。当時の民進党の前代表が2017年10月に、「生活の支えとなる年金カット法案を強行裁決した」と新潟の方で話したり、北海道の方で希望の党の新人が「年金カット法案」と言っていたという報道はありましたけど、国民の耳には届いていなかったと思います。そういう意味で去年の総選挙を、僕は、2004年以来はじめて年金が政争の具とされなかった選挙として記憶しています。

みんなの介護 良きにつけ悪しきにつけ、メディアが取り上げることもなくなってしまったわけですね。

権丈 前編「理想の社会を具体的に設定すれば目の前の課題も具体的に見えてくる」で話した2014年財政検証から2016年年金改革までが動いていた2016年の春。当時、残念ながら、オプション試算という言葉さえも世の中であまり取り扱われなくなっていたので、僕は「平成26年財政検証の歴史的文脈の中での意味は大方の年金論者には理解されず、いつの間にかオプション試算という名の政策提言に関する議論は世間では聞かれなくなってしまった。厚労省は、そうした誰も味方がいない孤軍奮闘の環境の中で、なんとかキャリーオーバー方式をメインとする年金改革法案の提出にこぎ着けたというところであろうか」(「将来世代のために今やるべき公的年金の改革」21頁)と書いています。

当時、永田町、霞が関の動きを眺めながら、もし、年金研究者をはじめとした国民の多くが、やらなければならない年金改革の意義をしっかりと理解していたら、厚労省は孤軍とはならず、将来の給付水準を高めるために、もっと実効性のある改革を進めることができたのに、と思っていたんですね。

でも考えてみると、かつてトンデモ論を言っていた年金論者にとっては「平成26年財政検証の歴史的分脈の中での意味」など、受け入れたくもなく触れられたくもない苦い過去なんだと思います、人間ですからね。そうしたことがあって、僕はそれまで関わりたくなかった年金学会に入ったりして、年金を積極的に論じる人間になってしまった。

「あれだけ年金の世界を嫌っていたのにどうしたの?」と聞かれると、「雷に打たれたからだ」と答えていますけど。年金学会に入るときには、入会の理由をA4で1枚書かなければならないそうで、僕は、「仕事でときどき年金に関わるから」と1行書いただけだったのですが、入会を認めてくれました。その数ヵ月後に幹事(役員)に選ばれてるから、入会を待っている人も結構いてくれたみたいで(笑)。

みんなの介護 (笑)。ところで、どうして年金の世界が嫌いだったんですか?

権丈 だって、年金の世界の混乱って、ずっと人災なんです。バカバカしくってですね。官邸のホームページに、過去にどんなトンデモ論があったのかを紹介した文章がアップされていますので、ご参照下さい(第20回社会保障制度改革国民会議で権丈委員追加提出資料をクリック)。

みんなの介護 なるほど、そういうことですか。年金に留まらず、国民一人ひとりが社会保障について判断をするには、自ら勉強して、正しい知識を得ることが重要なんですね。

権丈 理想はそうだけど、ムリですよね(笑)。僕がもう何十年と言い続けていることに、「投票者の合理的無知」というのがあります。どんな人にとっても、1日は24時間と有限です。その24時間を自由に使って良いですよというときに、公共政策を勉強しますか?

みんなの介護 よほど興味がある人でないと無理、でしょうね。

権丈 仮に時間やお金というコストを費やして公共政策に詳しくなったとしても、選挙の時には1票しか投票権がない。でも投票者はみんな、公共政策の勉強に使うコストを、リターンが確実に見込めることに使うこともできるわけです。だったら、合理的に判断すれば、普通は、公共政策を勉強しないで、そのコストを他に使うのではないでしょうか。そうなると、投票者が合理的に選択をすると公共政策に無知になる。

投票者の合理的無知が常態となれば、民主主義社会というのは、実は、うまくいく方が珍しいくらいに、かなり危ない基盤の上に立っているのが常態だということになる。さらには、この民主主義の中に組織化された団体があって、しっかりと情報を収集、分析して、合理的無知な状態にある未組織有権者に情報発信したり、政治家に圧力をかけたり、選挙協力をしていたりもする。そして政治家は、自らの失業を恐れて、正しさというよりも得票率を極大化できるような方になびきがちなのは自然の理。こういう状態の根幹は、投票者が合理的無知な常態にあり正確な情報を持っていない側面が強いからで、そうしたことがわかっていないと、地に足のついた公共政策論を考えることができません。

だから僕の社会保障の授業では、僕が授業を始めた20年ほど前から「民主主義の情報問題」という話をしていますし、投票者の合理的無知は、社会保障論のテストで毎年でてくるキーワードでもあります(勿凝学問387の「民主主義と情報、および持続可能性への視界」参照)。

みんなの介護 「合理的無知」の状態にある国民が、政治家や利益集団が自分の都合の良いように流すフェイクな情報に惑わされないためには、どうしたらいいのでしょう?

権丈 あんまり悲観する必要もないわけで、「不正確な情報に基づく不健全な世論」を少しでも「正確な情報に基づく健全な世論」に変えていくために、「明日に向かって、打つべし、打つべし」で情報発信をして、正確な情報へのアクセスを限りなくゼロ・コストにする。できれば教育に組み込むことでマイナス・コストにすることですね。とにかく今までは、正確な情報にアクセスしようにもコストが高かった。対して、珍論、暴論、トンデモ論は、直観的で難易度低いし、メディアにとっても国民にとってもアクセス・コストが低かった。

みんなの介護 打つべし、打つべし、あしたのジョーですね。

権丈 うん、明るくやることが大切だね(笑)。

中編「年金は刀折れ矢尽きるまで改革をやる そのために正確な情報の発信が重要」で話したように、去年12月のユース年金学会の時に、ゼミの3年生が「短時間労働者に対する厚生年金保険の適用拡大」を報告したんですが、僕は彼らに、「もし、日本中の有権者が君らと同じ情報を持っていたとすると、どうなると思う」と尋ねると、「未組織の有権者の数は、組織化された団体に属する有権者よりも圧倒的に多いわけですから、きっと世の中はいい方向に進むと思う」と。ならば、明るく、どんどんやって大いに遊ぼうということになりますよね。それが、彼らが作った年金動画であり、文章(勿凝学問397)なわけです。


民主導で発展してきた日本の医療体制の特殊性

みんなの介護 医療制度の改革についても、財源の調達をどうするのかという問題があると思いますが、どのようにお考えですか?

権丈 医療の場合は、財源の問題もあるのですけど、仮に所与の財源の下であっても、やらなければならないことがある。僕が2013年4月に社会保障制度改革国民会議で報告をした際のテーマは、「国民の医療介護ニーズに見合った提供体制改革への道筋――医療は競争よりも協調を」(報告スライド)でした。そして今進められている改革は、国民の医療介護ニーズに見合った提供体制に向けてのものですね、「医療は競争よりも協調を」のスローガンの下に。

みんなの介護 医療介護の改革は、社会保障国民会議の報告書に基づいていて、その報告書の中の「医療・介護分野の改革」の部分を、先生が起草されたんですよね。

権丈 いや、またよく勉強してこられましたね。年金ばかり質問されるから、このままで終わるのかとハラハラしてました(笑)。

みんなの介護 「自己負担率を上げよ」とかジェネリックの利用促進なんかの話ならばよくわかるんですけど、提供体制の改革というのは、いきなりわからなくなるんです。もう後編になってしまいましたから、手短にお願いできますか。

権丈 了解。話をナイチンゲールが『看護覚書』を著した1860年にさかのぼりましょう。この本には、「病気とは回復の過程である」と書いてあります。当時、病気というのは基本的に治るものだと考えられていて、看護教育も医師の養成も、そして医療を提供する病院制度も、急性期の患者を治すために合目的的に組織化されていきました。

みんなの介護 今でも病院は、「病気を治すための機関」だと思っている人は多いと思いますが…。

権丈 それ自体、おかしくはないんですけどね。ただ。人類というのは随分と頑張りまして、治すことのできる病気はある程度克服してきたんですね。そうすると、急性期向けに整備された病院の中に、複数の慢性疾患を抱えた高齢者が多くいるようになりました。これがニーズと提供体制のミスマッチの根本です。

死は敗北だと教えられてきた医師が急性期病院で複数の慢性疾病を抱えた高齢者に誠心誠意向き合うと、残念ながら誰も嬉しくないようなことが起こる。こうした問題は、20世紀半ばには多くの先進国で意識されるようになって、多くの国は改善を図っていきました。ところが日本は、なかなかうまくいかなかった。なぜだと思います?

みんなの介護 そこ、予習してきています。国民会議の報告書には、「日本の医療政策の難しさは、これが西欧や北欧のように国立や自治体立の病院等(公的所有)が中心であるのとは異なり、医師が医療法人を設立し、病院等を民間資本で経営するという形(私的所有)で整備されてきた歴史的経緯から生まれている」とありますよね。

権丈 そのあたり、僕が書いているから読み上げるけど、「公的セクターが相手であれば、政府が強制力をもって改革ができ、現に欧州のいくつかの国では医療ニーズの変化に伴う改革をそうして実現してきた。医療提供体制について、実のところ日本ほど規制緩和された市場依存型の先進国はなく、日本の場合、国や自治体などの公立の医療施設は全体のわずか14%、病床で22%しかない。ゆえに他国のように病院などが公的所有であれば体系的にできることが、日本ではなかなかできなかったのである」なんですよ。

みんなの介護 民主導で整備した日本の医療システムは、世界的には珍しいケースなんですね。

権丈 ヨーロッパ諸国と比べると、珍しいと言えるでしょう。戦後、国家財政に余裕のかけらもなかった貧困の時代、他の国では公や教会が整備してきた病院や、今で言う福祉施設などを、民に頼って整備してきたと言えば良いでしょうか。数年前のNHKの連続テレビ小説「梅ちゃん先生」で描かれたような小さな診療所が、近隣の医療機関と競争しながら規模を拡大していって提供体制が整備されていったわけですね。民ゆえに、けっこう安価で効率的に運営されてきたということはあったのですが、所有が民間であるという性格上、医療提供体制の計画的整備はとてもむずかしかったわけです。

みんなの介護 難しいからといって諦めるわけにはいかない話ですよね。

権丈 だから、国民会議では改革の準備をしていくことになります。まずは、医療の定義を変える。つまり、「救命・延命、治癒、社会復帰を前提とした病院完結型の医療」から、「病気と共存しながらQOL(Quality of Life)の維持・向上を目指す医療」へと。こうした医療は、「かつての病院完結型から、患者の住み慣れた地域や自宅での生活のための医療、地域全体で治し、支える地域完結型の医療、実のところ医療と介護、さらには住まいや自立した生活の支援までもが切れ目なくつながる医療に変わらざるを得ない」というようにね。

みんなの介護 病院で治す病院完結型医療から、地域で治し、支える地域完結型医療へ、ですね。

権丈 うん。後者は、「治し、支える」。だから要注意。「支える」だけじゃ医療の実態にそぐわないですから。続けて、改革の目的を次のように規定します。すなわち、「救急医、専門医、かかりつけ医(診療所の医師)等々それぞれの努力にもかかわらず、結果として提供されている医療の総体が不十分・非効率なものになっているという典型的な合成の誤謬(ごびゅう)ともいうべき問題が指摘されていたのであり、問題の根は個々のサービス提供者にあるのではない以上、ミクロの議論を積み上げるのでは対応できず、システムの変革そのもの、具体的には「選択と集中」による提供体制の「構造的な改革」が必要となる」。合成の誤謬は前編にも出てきてまして、公共政策を論じる際の最大と言って良いほどのキーワードですね。

みんなの介護 壮大な話なんですね。

権丈 さらに「高齢化の進展により更に変化する医療ニーズと医療提供体制のミスマッチを解消することができれば、同じ負担の水準であっても、現在の医療とは異なる質の高いサービスを効率的に提供できることになる」。これが、先ほど話した、「仮に所与の財源の下であっても、やらなければならないことがある」ということです。

そして日本の政策環境については、「医療政策に対して国の力がさほど強くない日本の状況に鑑み、データの可視化を通じた客観的データに基づく政策、つまりは、医療消費の格差を招来する市場の力でもなく、提供体制側の創意工夫を阻害するおそれがある政府の力でもないものとして、データによる制御機構をもって医療ニーズと提供体制のマッチングを図るシステムの確立を要請する声が上がっていることにも留意せねばならない」と論じる。市場の力でも政府の力でもなく、「データによる制御」も、今、この国で進められている医療改革の重要なポイントです。

みんなの介護 介護についてはどうですか?

権丈 そこは、「医療から介護へ、病院・施設から地域・在宅へという流れを本気で進めようとすれば、医療の見直しと介護の見直しは、文字どおり一体となって行わなければならない」。さらに「この地域包括ケアシステムは、介護保険制度の枠内では完結しない。医療・介護サービスが地域の中で一体的に提供されるようにするためには、医療・介護のネットワーク化が必要」という感じで、医療と介護の一体改革を進めていきながら、地域包括ケアというネットワークを構築しようと唱えています。

みんなの介護 新春の、先生と横倉義武日本医師会会長、国民会議の事務局長だった中村秀一さんの鼎談(ていだん)を読んで、「緩やかなゲートキーパー機能」というのは興味深かったです(新春鼎談 2025年の医療と介護――「国民会議」3氏が語る)。

権丈 国民会議ではそのあたりは次のように書かれています。「ともすれば“いつでも、好きなところで”と極めて広く解釈されることもあったフリーアクセスを、今や疲弊おびただしい医療現場を守るためにも“必要な時に必要な医療にアクセスできる”という意味に理解していく必要がある。そして、この意味でのフリーアクセスを守るためには、緩やかなゲートキーパー機能を備えた“かかりつけ医”の普及は必須」として、「まず、フリーアクセスの基本は守りつつ、限りある医療資源を効率的に活用するという医療提供体制改革に即した観点からは、医療機関間の適切な役割分担を図るため、“緩やかなゲートキーパー機能”の導入は必要となる。 こうした改革は病院側、開業医側双方からも求められていることであり、大病院の外来は紹介患者を中心とし、一般的な外来受診は“かかりつけ医”に相談することを基本とするシステムの普及、定着は必須であろう」と。

みんなの介護 鼎談の中では、「緩やかなゲートキーパー」を、「相談・紹介者」と訳していて、このあたりの改革の必要性が、まだ広まっていないと話していますね。

権丈 緩やかなゲートキーパー機能という名言は、日医の今村副会長の言葉です。国民会議で、僕がフリーアクセスについてどう思われますか?と質問したとき、「やはり日本の医療の最大の利点であるとは思いますけれども、それが権丈先生のおっしゃるようにいろいろな問題点が生じているのは間違いないと思います。私は強制的にゲートキーパーでここを通らなければ次にいけないというようながっちりしたものではないと思います。“緩やかなゲートキーパー”の機能というものをかかりつけ医が持って、必要なときにはきちんと最終的に必要な医療につながるという意味でのフリーアクセスというものがきちんと維持できていければ良いのではないかと思っています」。この発言に基づいて、先ほどの「いつでも、好きなところで」から「必要な時に必要な医療にアクセスできる」という報告書の文章が生まれます。

みんなの介護 なるほど!そのあたりが、先生からみれば、まだあまり広く知られていないというわけですね!

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