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横田創「埋葬」はスゴ本

 事実へのかかわり方で世界がズレる、これは初感覚ナリ。
埋葬
 読んでるうち、世界がでんぐり返る瞬間は体感したことがある。だが、これはその先がある。でんぐり返った所が真空となり、そこが物語を吸い込み始めてしまうので、穴をふさぐために自分が(読み手が)解釈を紡ぎなおさなければならない―――こんな感覚は、初めてだ。

 若い女と乳幼児の遺体が発見された。犯人の少年に死刑判決が下されるが、夫が手記を発表する。「妻はわたしを誘ってくれた。一緒に死のうとわたしを誘ってくれた。なのにわたしは妻と一緒に死ぬことができなかった。妻と娘を埋める前に夜が明けてしまった」―――手記の大半は、妻と娘を「埋葬」する夫の告白なのだが、進むにつれ胸騒ぎがとまらなくなる。

 なぜなら、おかしいのだ。冒頭で示される記事と、あきらかに辻褄があわないのだ。「信頼できない語り手」の手法は小説作法でおなじみだが、夫は嘘は語っていない。妄念と真実の混合でもない。さらに、この事件を取材される側のインタビューがモザイク状に差し込まれる。どれも核心に触れながら、微妙にズレている。インタビュアーの会話で芥川の「藪の中」が出てくるので、おもわず現代版「藪の中」と評したくなる。

 しかしこれは罠だ、あの短篇とはまるで違う。むしろ正反対の問題を差し出している。「藪の中」の本質は、「真実は一つ、解釈は無数」だ。死者も含む登場人物の数だけ解釈はあるものの、ただ一つの真実は「藪の中」にしたいから、タイトルでそう伝えている。ところが「埋葬」は、事実へのかかわり方(深度と密度)によって、事実のほうがズレてくる。インタビューと手記の穴が食い違ってくる。

 そして、だれかの"語り"だけを選べない。選んだ瞬間、選ばれなかった"語り"が埋めていた空虚をふさぐため、読み手が再解釈しければならなくなる。その余地が大きすぎで、選んだ"語り"が空虚に飲み込まれてしまうほど。あたかも、地の文であるインタビューの記録と、表の文である夫の手記が、角度を変えると入れ替わってくるかのよう。

 たとえば、わたしが写真を「見る」とき、プリントされた被写体を見ているのか、写真という媒体物を見ているのか。どちらかを選ぶことはできない。なぜなら、被写体を見ずに媒体を眺めることも、媒体物を目に入れないように被写体だけを見ることも不可能だから。この、見るものと見ているものの境界線は、みるみるうちに、やすやすと超えられてゆく。

 そして、ある到達点で、地の文と手記が逆転するかの感覚に呑み込まれる。地の文も手記も、記述として完全に独立に示されているのに、互いにロックインされていることに気づく(ここで、わたしはもう一度読み直した)。さらに、「地の文と会話文」、「見るものと見られるもの」、さらには「他者と自己」のダブルミーニングが、隠喩となって作中のあらゆる場所に埋め込まれていることに気づく。だまし絵のように巧妙堂堂としているので、気づいた瞬間にぎょっとなる。

 このとき、わたしはこの物語を外から見ている読者なのに、どう読むの? どう再解釈するの? と急かされている気分になる。見ているのでなく、見られている。読んでいるはずなのに、読まれている。物語に見かえされているのだ。わたしが"語る"のを待っているのだ。

 わたしは、読み手「わたし」であることを放棄して、物語そのものにならなければならない。折りしも、登場人物たちは、気味が悪いほど本質的に同じことをしている―――「あなた」のように考え・行動する「わたし」が語られ、「他人のためになにかを言うということは、他人をわたしにすることである」と主張される。

 読み手を語り手に逆転させること、これこそ、この作品のホントのねらいだったんだね……気づいたときには手遅れで、読んだ人に"語り"たくなる。そういう、麻薬的なスゴ本。読むのなら、注意深くどうぞ。くれぐれも、流し読んで、「○○○ワンアイディアのミステリ」なんて評さないように(もったいないぜ)。

 本書は、The Red Diptych 「2010-12-10 横田創『埋葬』を再読したが……」(ネタバレ有)で知った。HowardHoaxさん、ありがとうございます。

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