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出版社が電子書籍に積極的になれない「もうひとつの理由」

電子書籍の現在についての追記です。

『電子書籍の衝撃』(佐々木俊尚著・ディスカヴァー新書)より。

 歴史にイフが許されるのであれば、本の流通が雑誌流通とは別のかたちで、独自に存在していればよかったのかもしれません。
 実際、アメリカやヨーロッパでは本と雑誌の流通はきちんと区別されています、
 アメリカでは本の出版社と書店の間では、電話などでの直接注文が行えるしくみが完備されています。また取次のような流通会社も存在していますが、出版社と書店が互いに在庫を確認し、すぐに注文できるような体制になっています。
 これはヨーロッパも同様です。本は雑誌とは別の流通システムになっていて、出版社直営か代行業の卸売会社が全体の70%の流通を司っています。取次は存在していますが、補助的な流通プラットフォームでしかありません。
 さらに重要なのは、アメリカやヨーロッパでは、本は書店の買い切り制になっていることです。
 だから欧米では、無駄にたくさんの本が書店に送り込まれるようなことはありません。書店が必要する本だけが注文され、出版社から書店に送られているのです。

 ところが日本では、「どうせ委託だから売れなければ返本すればいいから」とバカみたいにたくさんの本が毎日毎日、出版社から取次を経由して書店に集中豪雨のように流し込まれています。そして書店の側は、アルバイトを雇ってせっせと毎日毎日、バカみたいにたくさんの本を取次に返本しています。
 資源の無駄遣い以外の何ものでもありません。

 しかし、資源の単なる無駄遣いだけであれば、まだよいのです。この委託制による大量配本は、別の重要な問題を出版業界に引き起こしています。
 出版業界に詳しいライターの永江朗さんが「本のニセ金化」と呼んでいる重大事態です。

 どのような意味でしょうか。
 書店と取次、出版社の間でのお金のやりとりは、さまざまな条件があって非常に複雑なのですが、ここではすごく単純化して説明してみましょう。

 たとえば新書で考えてみましょう。定価700円ぐらいの新書の場合、出版社から取次に卸す金額(業界用語では「正味」といいます)は500円ぐらいになります。この本を1万部刷って、出版社が取次に卸したとします。
 この際、重要なのは、売れた分だけ取次からお金をもらうのではなく、取次に委託した分すべての金額をいったん取次から受け取れるということです。
 だからこの新書を取次に卸すと出版社はいったん取次から500万円のお金を支払ってもらえます。

 でも仮に、1万分のうち書店で5000部しか売れず、残り5000部は返本されたとしましょう。そうすると出版社は、この5000部の代金250万円を、取次に返さないといけないことになります。
 そこで出版社はあわてて別の本を1万部刷って、これをまた取次に卸値500円で委託します。そうするといったん500万円の収入になるので、返本分250万円を差し引いても、250万円が相殺されて入ってくることになります。
 これこそが、本のニセ金化です。出版社は返本分の返金を相殺するためだけに、本を紙幣がわりにして刷りまくるという悪循環に陥っていくのです。
 本章の冒頭で、本の出版点数は80年代と比べると3倍近くにまで増えているという数字を紹介しました。「本が売れなくなっている」と言われているのにもかかわらず、これだけ点数が増えてしまった背景には、実はこのニセ金化現象があったのです。
「本が売れない」「返本が増える」「取次に返金しなければならない」「だったら本をとにかく出し続けて、返金で赤字にならないようにしよう」「ますます刷る」「ますます売れない」「いよいよ赤字が心配」「だったらもっと刷ろう」……。
 こういうバカげた自転車操業的な負のスパイラルが延々と繰り返されて、無間地獄に落ちていっているのがいまの日本の出版業界なのです。
 これは1年半くらい前に出版された本に書かれていた話なのですが、出版業界の景気が上向いたという話は聞きませんから、この「本のニセ金化」は、まだ「慣習」として続けられているのでしょう。

 近年ずっと「本が売れない」と言われているにもかかわらず、「出版点数が増えている」ことには、こんな理由があったんですね。この話を読むと、こんな「赤字国債の積み重ね」みたいな自転車操業で、よく今まで出版社や書店は生きのびてきたものだなあ、と感心してしまうくらいです。まあ、こういう体質は、出版業界に限ったことではないのかもしれませんが。

 ただ、本が書店の買い切り制になってしまい、「無駄にたくさんの本が書店に送り込まれるようなことはなく、書店が必要する本だけが注文され、出版社から書店に送られるようになる」と、「売れる本」「売れそうな本」ばかりが書店に積み上げられるようになるようにも思われます。

 書店側としては、「委託性」だからこそ、「万人向けではないけれど、こういう本を好きな人もいるはず」ということで、棚に並べられる場合もありそうですよね。日本の一般的な書店が、ベストセラー中心ながらも、それなりにバリエーションのある品ぞろえができるのは、この制度のおかげなのでしょう。
 海外の書店は、同じようなペーパーバックが並んでいて本の種類が少なかったり、特定のジャンルの専門書だけを追求していたりするところが多くて、僕のような「雑食系」にとっては、あんまり楽しくないんですよね。

 そもそも、「これは出版すべき本なのか?」というのを、誰が決められるのでしょうか?
 「こんなのを刷るなんて、資源の無駄!」と言いたくなるような本は僕にだって少なからずありますが、その本だって、他の誰かにとっては「心に残る一冊」になるかもしれない。

 それでも、いまの世の中には、「とにかくたくさん出して、書い手が価値を判断すればいいじゃないか」というほどの余裕がないのも事実でしょうし、こんな「本のニセ金化」を続けていけば、いつか出版業界が破綻するのは目に見えています。実際に、末端の小型~中型書店は、バタバタと潰れていっていますし。
 どこかで歯止めをかけなければいけないのだろうけど、こういう「負のスパイラル」に陥ってしまうと、「立ち止まれば潰れるしかないから、行けるところまでこのまま行く」しかない。
 こんな状況で、いつまでもつのか……「本」は無くならないと信じたいのですが……

 実は、ここまでの話は、1年半前に書いたものです。
 これを1年半前にはあまり意識していなかったのですが、大手出版社が新刊書の「電子書籍化」に対して消極的な理由のひとつに、電子書籍では、この「本のニセ金化」が不可能になることもありそうです。

 電子書籍を「読者が買った分だけ配信する」ようになれば、当然ながら「あらかじめ余計に刷っておいて、その分のお金を先に受け取る」ことはできません。
「売れた分だけ儲かる」というのは合理的ですし、資源の節約という意味では、紙の本より電子書籍のほうがメリットが大きいはずなのですが、「それでは困る」という、自転車操業の出版社もあるのでしょう。
 しかし、日本の国債と一緒で、「いま、お金がないから」といって、買う人もいないような本を刷り、未来の「借金」を増やし続けるような組織に、バラ色の未来が期待できるでしょうか?
 出版社も、まだ、内部に資産が残っているうちに、少しでもはやく「リセット」してしまったほうが、身軽になれるはずなのに。
 実際にそれを行うのには、ものすごく勇気がいるでしょうし、もしかしたら、それが可能なくらいの資産は、もう残っていない可能性もありますが……

 電子書籍というのは、「本を必要な人に素早く届けることができて、ロスが少ない」という大きなメリットがあります。
 ところが、「まともな商売をしたら困ってしまう構造」を、いまの出版産業はつくりあげてしまっているのです。

参考リンク:「作家と読者をつないできた人たち」の話(琥珀色の戯言)

 ↑で紹介したように、日本の「本」に関わる現場の人たちは、すばらしい技術を持っていますし、彼らの力が、これからも良い本を作り続けるには必要です。
 でも、「出版産業全体」として考えると、このような「本のニセ金化」を漫然と続けていくかぎり、「お先真っ暗」という未来予想図しか描けません。

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