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もしも「もしドラ」の作家がもうすこしドラッカーを読んでいたら

書籍を裁断し、スキャナーで電子化する、いわゆる「自炊」の代行をやっている業者に作家たちが業務差し止めの訴訟を起こし、論議を呼んでいます。

問題のすべては、日本で本格的な電子出版が遅れていることです。だから、PCやタブレットPCなどで読むために、書籍をバラしてスキャナーで「自炊」するのでしょう。実際にやってみたことがありますが、なかなかバラすのが手間でうまくいきません。それを代行しようという業者がでてくるのは自然です。

ややこしいのは、その是非をめぐる議論に、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の作家、岩崎夏海さんが、やはり自炊は反対とブログで参戦したことです。ひさびさにお目にかかる炎上ネタです。

本は、購入した人の所有物ではありません。そもそも、太陽とか土とか水でできた紙を使ってできた本を、数百円払ったくらいで「所有」しているという考え方がおこがましい。
(略)
それを破いたり捨てたりしたら、作家のみならず、誰でも、この世界そのものの一員として(一部として)、それを咎め立てすることができます。と言うより、咎め立てするべきです。


佐藤秀峰さんの本やマンガへの考え方について - ハックルベリーに会いに行く :

そうだとするなら、岩崎さんは食品を食べ残し廃棄することも、古くなったモノをゴミとして処分することもしてはならないことになります。自宅の立つ土地も自分のものだと主張することすらおこがましいことになってしまいかねません。

もし、岩崎さんが、ドラッカーの他の著書も読んでいたら、態度が違っていたように感じます。たとえば、『新しい現実』のなかで、ドラッカーはこう書いています。

学問の世界では、印刷されたものを知識と定義する。しかしそのようなものは、知識ではない。生のデータにすぎない

作品も同じで、書籍はただの紙の束にしかすぎず、作品そのものではありません。また、自炊についてもあてはまるだろうということが、『イノベーションと企業家』のなかにあります。

生産者や販売業者が提供していると思っているものを買っている顧客はほとんどいないのである。彼らにとっての価値や期待はほとんど常に供給者の考えているものとは異なる

つまり、代行業者を使って自炊している人たちは、「印刷された書籍」を求めているのではなく、「コンテンツとしての作品そのもの」を求めているのであって、それは決して作家としてのプライドを傷つけることどころか、作家にとってはむしろ名誉なことです。


すぐにブックオフに売ってしまうのではなく、わざわざ代行業者に料金を支払ってまで自炊を依頼し、電子化させたい読者に、作家はむしろ感謝すべきで、その代行業者を訴訟することは、読者軽視以外のなにものでもありません。しかも代行業者が電子書籍の時代を切り開く存在とはとうてい思えません。みせしめの訴訟としか映りません。まったくの驕りです。しかも怒りの矛先は、携帯向けだけをやって、本格的な電子出版に遅れてしまった出版業界にこそ向けるべきです。

電子書籍は時代の流れであり、しかも読者に親切です。好きな場所で、いつでも読み返すこともできるし、何冊も持ち運べます。実際、自宅に置いている書籍、会社で置いている書籍など別の場所にある書籍で調べたいと思っても、紙の書籍はいちいち取りにいくか、調べること、読み返すことを諦めるかになってしまいます。

この年齢で老眼鏡は不要なのですが、それでも目は疲れやすくなっており、疲れてくると視力は落ち、紙の書籍を読むことが苦痛になってくることがあります。電子書籍の場合はそれがありません。おそらく高齢化がもっと進んでくると、文字サイズを選ぶことのできる電子書籍が重宝されるようになるでしょう。電子書籍はほんとうに楽で、もうながらく読まなくなっていた古い作品も、昨今はiPadで「青空文庫」を時々読んでいます。


もともと筆を使い、お経や物語を写していた時代、木版の時代からすれば印刷という技術で書籍が広く普及し、その工業化文明のうえに乗って、作家も稼げるようになりました。作家も技術の進展と無縁ではありません。いつの間に工業製品こそ最高だという錯覚をしてしまったのでしょう。
このあたりは、マーケティングの大家、レビットの有名な一節、「4インチのドリルが売れたのは、顧客がドリルを求めていたからではなく、4インチの穴を求めていたからだ」にも通じるところです。まさか紙の束を作家は売っているつもりなのでしょうか。


しかも、先に触れたように、自宅に蔵書として大切に置いておくのではなく、読み終われば、古書籍店に売ってしまうことが一般化し、紙の書籍はいまや消耗品化してしまっています。買い取り価格も、昔のように、希少性や人気度など、いちいち作品価値を吟味する時代ではありません。書籍をいわば紙の束のモノとしか扱われていないという現実を、提訴した作家の人たちはどう考えているのでしょう。

代行業者に自炊を依頼するのであれ、電子書籍として購入するのであれ、電子化は再び書籍を消耗品から所有する蔵書へ、読み終われば売ってしまうから長く愛読するへと変えるのです。


しかも、自炊業者がバラす書籍の数は知れています、裁断されバラされることが不本意なら、売れ残った書籍を大量に裁断して処分している出版社に怒りをぶつけるべきです。

提訴した作家だけでなく、この訴訟のバックに出版社もなんらかの関与をしているのかもしれませんが、もしそうなら、そういった出版社はやがて衰退していきます。むしろ市場から退場してほしいものです。なぜなら、現代はユーザーにとっての価値をいかに広げていくかの競争の時代であり、それに反した供給側のおしつけ、供給側の利益しか考えない産業は衰退してきています。


著作権で自らの将来をがんじがらめにしてしまった音楽業界も、衰退の一途をたどりはじめたようにです。自炊業者を提訴した人たちの荒んだ心になにか哀れさすら感じますが、そういえば、集合住宅向けの録画サーバー「選撮見録(よりどりみどり)」を販売していたクロムサイズという会社をテレビ局の著作権等を侵害しているとして,機器の販売の差止め,廃棄などを求めた裁判がありましたが、そんな機器も、テレビ局がオンデマンドビジネスをやらなかったから生まれただけのことです。


やはりドラッカーが、『未来への決断』のなかで企業の5つの大罪について触れています。日本の放送業界や出版業界にあてはまりそうなのは、そのなかのふたつの大罪,「明日の機会の無視」と「機会の軽視」です。
とくに「機会の軽視」では、「問題に餌をやり、機会を飢えさせることである」としていますが、放送業界が放送利権をかたくなに守るために裁判を起こしたこと、また今回の自炊代行業者を提訴したことは、「問題に餌をやる」行為そのものではないかと感じます。


みずからの怠慢を人の罪に転嫁する、自らの利益しか考えない、価値を分かち合わず、自らの手から離さない、いつの間に日本はそういった卑怯でせこい精神を生み出してしまったのだろうかとただただ呆れるばかりです。

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