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平昌オリンピックで浮き彫りになった韓国の反イスラーム感情―「公費による礼拝室の設置」の是非

 平昌(ピョンチャン)オリンピックが開幕した2月9日、室内競技が行われる江陵(カンヌン)市で予定されていた礼拝室(プレイヤールーム)の設置中止が明らかになりました。これは、反イスラーム的な一部の市民団体が強硬に反対運動を行った結果でした。

幻の礼拝室

 今回、設置中止が決まった礼拝室は、今年1月に韓国観光公社がその建設を決定したばかりのものでした。ムスリムには1日5回、聖地メッカの方向に向かって礼拝する義務があります。江陵での計画は、5~6人が一度に礼拝できるコンテナ型で、空調設備を備えた礼拝室を2ヵ所に設置するというものでした。

 韓国は観光産業を振興しており、日本や中国からの観光客がその柱でした。しかし、日韓関係の悪化とともに日本人観光客は減少。さらに、北朝鮮の弾道ミサイルを念頭に、2016年7月に韓国が米国との間で在韓米軍に高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)を配備すると決定して以来、これに反対する中国との関係は冷却化。中国人観光客が減少するにつれ、東南アジアのマレーシアやインドネシアをはじめ、イスラーム圏からの観光客の誘致が重視されてきたのです。

 韓国観光公社は「ムスリム・フレンドリー・コリア」を掲げ、豚肉やアルコールなどムスリムが食べられない食材に配慮した「ハラール認証」の普及などを推進。その結果、2017年段階でイスラーム圏からの観光客は98万人にのぼり、これは前年比33パーセント増の成長ぶりでした。

 ところが、冒頭で紹介したように、江陵で礼拝室を設置する予定が、開会式当日になって中止されたのです。世界中から観光客が訪れる機会でもあるオリンピックで、「ムスリム・フレンドリー・コリア」はなぜ否定されたのでしょうか。

韓国のイスラモフォビア

 礼拝室の建設中止は、一部の市民団体の抗議運動を受けてのものでした。礼拝室設置計画が発表された後、「平昌オリンピック・イスラーム対策江原道民協会」を名乗る市民団体が、これに反対するインターネット上の署名運動を展開。2月8日までに、これに5万6000人以上が署名しました。

この団体は、主に以下の点を強調して、礼拝室の設置に反対しています。

  • 国民の血税を特定の宗教のために偏って支出することは認められない、
  • これまでハラール地区の建設などに反対してきた(江陵市を含む)江原道の住民の意思を無視する決定である、
  • 国民の大多数からの反対にあうだろう、
  • ムスリムのなかにイスラーム過激派もいることを警戒していない、
  • 過激派ムスリムの排除に向かう世界的な流れに逆行している。

 これらの主張には、全体的に閉鎖的な排外主義だけでなく、欧米諸国などでイスラモフォビア(イスラーム嫌い)と呼ばれる差別主義のトーンが濃厚で、思い込みや過剰反応が目立ちます。

 署名活動を行った団体は「キリスト教徒や仏教徒もいるなかで」と強調しています。しかし、コリア・タイムズによると、市民団体は「宗派に関わらず利用できる共用の礼拝室の設置」という観光公社や市の提案も拒絶したといいます。

 「過激派対策」は確かに「世界的な流れ」ですが、最近のロンドン、ソチ、リオデジャネイロなどで開催されたオリンピックでは、アスリートや関係者だけでなく観客も含めて多くの宗教・宗派が支障なく過ごせるようにすることが大きなテーマとなり、これも「世界的な流れ」となっています。しかし、市民団体側はこの点を全く無視しているようです。

 のみならず、国民同士なら「特定の人々だけにサービスすることの是非」も論題になり得るでしょうが、今回の礼拝室はあくまでゲスト向けのもので、観光振興の一環です。もし特定の属性の外国人のみを対象とする配慮やアピールをするべきでないというのであれば、例えば韓国観光公社が日本語(日本語を理解できる人口は全ムスリム人口の約15分の1)を含む他言語のパンフレットの作成すら認められないことになります。

 さらに、近年ソフトターゲットを対象にしたイスラーム過激派のテロが頻発していることは確かで、オリンピックに先立つ2017年12月、韓国政府は「過激派と関係がある」と目された17人の外国人に国外退去の処分を下しています。ただし、「礼拝室を建設しないこと」が過激派対策としてどれほど効果があるかは疑問です。むしろ、ヨーロッパなどでみられるパターンは、観光客など一時滞在者として入国した者も、現地在住の協力者がいて初めて大規模なテロを起こせるということです。「一部に過激派がいるからムスリム全体を危険視し、差別的に扱う」という傾向は、国内のムスリムの反感や憎悪の温床となりやすく、それこそ「テロ対策に反する」ものになりかねません。

キリスト教徒の政治力

 このように多くの難点を含む主張が、それなりに支持を広げた背景には、キリスト教徒の影響があるとみられます。

 ピュー・リサーチ・センターによると、韓国の人口のうちムスリムの占める割合は0.2パーセントにとどまります(この統計によると日本の割合も同じ)。韓国国内には8つのモスクを含む13の宗教施設がありますが、いずれもソウル、プサン、インチョンなどの都市部にあり、今回のカンヌンを含む北東部では確認できません。

 これに対して、韓国の人口のうちキリスト教徒の占める割合は29.4パーセント。日本(1.6パーセント)、中国(5.1パーセント)、香港(14.3パーセント)、台湾(5.5パーセント)などを大きく上回ります。文大統領をはじめ、李明博氏など歴代大統領にもキリスト教徒は多く、教会は選挙において大きな影響力をもちます。

 キリスト教徒の団体、とりわけ保守的なプロテスタント系団体は、これまでにも「ムスリム・フレンドリー・コリア」を批判する活動を行ってきました。イスラーム圏からの観光客誘致という韓国政府の方針を受けて、テグやイクサの地方政府はムスリムのための食材加工などを行う「ハラール地区」の設置を進めようとしていましたが、これに対するキリスト教団体の抗議活動で取りやめに追い込まれています。

 また、2017年11月には、ソウル駅の近くで数百人が「ムスリム・フレンドリー・コリア」に反対するデモを実施。あるデモ参加者はコリア・タイムズの取材に対して、ヨーロッパでのテロの頻発を念頭に「イスラームの影響が強くなることへの懸念」を強調しています。

東京はどうするか

 念のために補足すれば、平昌のオリンピック村には選手、関係者が利用できる、多宗派共用の礼拝室があり、今回建設が中止されたものはあくまで観光客用のものです。そのため、国際オリンピック委員会のガイドラインに反したものとはいえません。

 とはいえ、今回の出来事が韓国の底流に広がるイスラモフォビアを浮き彫りにしたことは確かです。これは信仰の自由という観点からだけでなく、イスラーム圏との関係からみても疑問の多いものです。

 ピュー・リサーチ・センターによると、2015年段階で世界全体のムスリム人口は約18億人にのぼり、世界全体の24.1パーセントを占めます。その人口増加のペースから、2060年までに約30億人、世界全体の31.1パーセントにまで増加するとみられます。その経済成長も手伝って、これと良好な関係を築くことは、世界中の多くの国にとって重要な課題でもあります。

 礼拝室の建設中止に関して、アル・ジャズィーラのインタビューにムスリムの観客は「ホテルなど他の所でも礼拝はできる。ただ、反対運動をした人々は礼拝室が建設されなかったことで得られるものがほとんどないことを理解してもらいたい」と述べていますが、今回の出来事がイスラーム圏からみて心地よいものでないことに、疑う余地はありません。

 そして、これは2020年にオリンピックを控えた日本にとっても無縁ではありません。個人的にはそもそもオリンピックを開催することに懐疑的ですが、今さら返上できない以上、大過なく実施する必要があります。

 韓国と日本では、キリスト教団体の影響力を含め、さまざまな条件が異なります。しかし、ムスリムに対する認知度が低く、排外主義的な気運が高まりつつあり、世論が気まぐれである点では同じです。仮に東京都を含む開催自治体が「オリンピックのために礼拝室を建設する」と発表した場合、批判的な反応は皆無でないと想像されますが、短視眼的かつ狭隘な排他主義はむしろその国にとってマイナスとなります。韓国の事例は、それを示しているといえるでしょう。

※Yahoo!ニュースからの転載

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