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これからアニメ監督は"儲かる仕事"になる

公開から1年以上たった現在も上映が続いている映画『この世界の片隅に』。アニメ史に詳しい岡田斗司夫氏は「ジブリ映画に対する強烈なアンサーとなる画期的な作品」といいます。そしてその新しさはビジネスモデルにも及んでいます。岡田氏が「これから日本のアニメ業界には未曾有のゴールドラッシュがやってくる」という理由とは――。


(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

■戦争に負けたとわかった途端、すずだけは怒り出す

前編では、アニメーションとしての『この世界の片隅に』について語りました。今回は『この世界の片隅に』の深層構造、そして制作プロセス自体が、ジブリに対するアンサーになっていることを解説していきましょう。

まずは、深層構造から。

映画の冒頭では、森永のチョコレートの看板が出てきますし、街はクリスマスで賑わっていました。それが戦争が激しくなるにつれ、豊かな社会からどんどんモノがなくなっていく。それでも、すずたち庶民は工夫して代用食をつくったりして、一所懸命耐えています。

砂糖は手に入らない、魚も手に入らない。雑炊は水っぽくて米なんかほとんど入ってもいない。すごく丁寧に日常を描きながら、そういう状況を笑いとともに紹介していきます。観ている間はけっこう楽しいけれど、すずたちは理不尽さを笑うことで耐えようとしている。楽しいわけがない、じつは誰にとってもすごくイヤなことなんです。

天皇陛下による玉音放送を正座して聞いていたすずの家族たちは、戦争に負けたとわかった途端、「はあ、終わった終わった」と事実を受け入れます。ところが、すずだけは1人立ち上がって、ものすごい勢いで怒り出す。

「最後の1人まで戦うんじゃなかったんかね! 今ここはまだ5人おるのに! まだ左手も両脚も残ってるのに!」と。

■理不尽を乗り越えて大人になった「すず」

すずも本当は耐えるのはイヤだったんですよ。では、なぜ彼女は理不尽さに耐えていたのか。

それは、自分にはわからないけれど戦う理由や正義があると思っていたから。そんなことは全部嘘であり、自分たちが数年間重ねてきた我慢は全部無駄だったと知って、すずはすごいショックを受けます。

家の外に出て街を見てみると、太極旗(朝鮮独立運動のシンボルで、のちに韓国の国旗となる)が翻っている。ついこのあいだまでそこら中に挙がっていた日本の旗なんか、誰も挙げていない。戦争に負けたから。

そんな光景を見て、すずは「あーっ!」と気づく。今自分たちは力に負けて支配されようとしているけど、それはこれまで自分たちが誰かを力で支配していたからなんだと。自分たちが負けたことを喜んで旗を立てる人もいるんだ、そんな本当のことを知らずに死んだほうが幸せだったかもしれない、とすずは言います。

この理不尽さの具合が、もう本当に言葉にならないくらい、心に迫ってくるんですよ。でも、そういう理不尽さが人を大人にするわけです。

物語の最後、すずが戦災孤児の女の子を拾って、自分の家に連れて来ることができたのも、すずがそういう理不尽さをどんどん呑みこんで大人になったからなんです。

■『魔女の宅急便』、『おもひでぽろぽろ』への強烈なアンサー

戦災孤児の女の子が味わった困難は、この作品において最もリアルでグロテスクに描写されます。

女の子は母親と暮らしていたのだけど、戦争が起こって2人で逃げ出します。母親は原爆の爆風を受けて右手がちぎれ、全身にガラスの破片がささって、ただれた状態になってがれきに腰を下ろすけれど、すぐに死んじゃうんですね。女の子は母親の左手にずっとしがみついたままですが、母親の体はどんどん腐ってハエもたかってくる。女の子も何とかハエを追い払おうとしていたんだけど、母親の首がごとんと落ちたところで逃げ出してしまいます。

広島の駅前ですずと夫の周作が話をしている時、すずはうっかり海苔むすびを落としてしまい、これを女の子が拾います。不思議なことに、女の子はこの海苔むすびをすずに返そうとするんですよ。戦災孤児ですから、今日1日を生きるのも大変なはずなのに。

その女の子がすずに海苔むすびを渡すと、すずは笑ってその女の子に「あんたがお食べ」と海苔むすびを返し、女の子はそれからすずの右腕をずーっとつかんで離しません。

すずは困ったねえという顔をほんのちょっとだけしてから、女の子を呉の自宅へ連れて帰る。そして、新しい家族が増えたというところで、物語は終わります。

■右手を失ったからこそ、周りの人と向き合えた

僕には、これが高畑勲の『おもひでぽろぽろ』や、宮崎駿の『魔女の宅急便』へのアンサーになっているように見えるんです。カギとなるのは、すずの右手です。

映画の最初から、すずはお兄ちゃんのことをマンガに描いたり、美しい海を描いたりしています。彼女の右手が何を表しているか? それは、『魔女の宅急便』のキキの魔法と同じなんですよ。ほかの女の子と違う個性であったり、自分のなかの純粋さや子供っぽさの象徴です。

宮崎駿作品では、そういう魔法にこだわり、残すことが大事なんだと主張しています。

でも、そんな魔法の右手を理不尽に奪われてしまったすずは、日常をきちんと生きることで、まわりの人との関わりを取り戻すんです。

もし、すずにずっと右手があったら、彼女はしょっちゅう絵を描いて現実逃避をしていたでしょう。右手を失ったからこそ、彼女はきちんと周りの人と向き合えたし、最後に戦災孤児の女の子を連れてくることができました。途中、すずは自分の右手を失うと同時に、義理のお姉さんの娘も失いますが、それらも取り戻す話になっているんですよね。

その点は、高畑勲の『おもひでぽろぽろ』とも大きく違います。『おもひでぽろぽろ』は、言ってみれば田舎に帰れというようなメッセージを出していたのですが、『この世界の片隅に』はまったく異なる文法を使って日常を取り戻しました。

映画やアニメは残酷です。たった1本の『この世界の片隅に』という作品は、それまでの作品を過去のものにしてしまった。『この世界の片隅に』はアニメーションの最前線で日夜表現に挑んでいる人には、大変なショックを与えたことでしょう。

■これからアニメ業界に訪れるゴールドラッシュ

『この世界の片隅に』を観て、頭のいいクリエイターは、これから何をやればいいのか、どっちの方向に向かって行けばいいか、わかってしまったはずです。


岡田斗司夫『大人の教養として知りたい すごすぎる日本のアニメ』(KADOKAWA)

宮崎駿に影響を受けたクリエイターはたくさんいますが、その方法論は天才による個人技が要求されます。もちろん、『この世界の片隅に』は本当にすごい作品で、片渕須直監督もある種の天才です。けれども、宮崎駿や庵野秀明、押井守といったタイプの天才ではありません。『この世界の片隅に』は1人の天才の個人技というより、1つ1つの仕事をきちんと積みあげてできている。

宮崎駿はいわば、マリオみたいなものでしょう。高いところにあるコインをものすごいジャンプ力を使って、いきなりポーンと取ってしまう。でも、片淵監督は1番下から足場を丁寧に組んで作っているのがはっきり見えます。

そうやって真面目にアニメを作り、クラウドファンディングなどを活用して資金調達すれば、世界に通じる傑作ができることを『この世界の片隅に』はしっかり証明しました。

■ヒットするほど監督に興行収入が配分される仕組み

さらに、『この世界の片隅に』の真木プロデューサーによれば、この作品はヒットすればするほど監督にも興行収入の一部が配分される契約になっているそうです。世界的に見たら当たり前なんですが、こういう仕組みはこれまで日本ではなかなか実現できませんでした。

日本のアニメ業界は「神様」手塚治虫があまりにも安価な制作費で『鉄腕アトム』を始めたことから、作り手になかなかお金が回らない歪(いびつ)な構造になっていたんですね。宮崎駿はこうした状況に危機感を抱き、スタジオジブリではアニメーターらを正社員として採用していたわけですが、自らの引退とともに制作部門を解体することになってしまいました。

けれど、『この世界の片隅に』や『君の名は。』の成功によって、これからは数人しかいない小さなアニメスタジオでも、世界のエージェントと交渉して大きな成功報酬が得られる可能性が出てきました。

『この世界の片隅に』というアンサーは、アニメ業界に未曾有のゴールドラッシュをもたらす、ビジネスモデルでも画期的な作品になったのです。

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岡田斗司夫(おかだ・としお)
社会評論家
1958年大阪府生まれ。1984年にアニメ制作会社ガイナックスの創業社長を務めたあと、東京大学非常勤講師に就任、作家・評論家活動を始める。立教大学や米マサチューセッツ工科大学講師、大阪芸術大学客員教授などを歴任。レコーディング・ダイエットを提唱した『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)が50万部を超えるベストセラーに。その他、多岐にわたる著作の累計売り上げは250万部を超える。
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(オタキングex社長、作家、社会評論家 岡田 斗司夫)

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