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「加工」してない「正直」は食えたモンじゃない

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 リンク先の記事は、結局、世の中で得をするのは「正直を積み重ねてきた者だ」という主旨で、それはそのとおりだと思う。ただし、「正直」はただ積み重ねれば得をするものではない。むしろ、愚直に正直を積み重ねてまずいことになったり、社会的に損をする場面も多いように思う。

 じゃあどうすれば良いのか?

 私は、正直ってやつはそのままではロクなもんじゃないと思っている。
 「加工」してないと「正直」は食えたモンじゃない、ということもあるように思うのだ。以下をご覧いただきたい。
www.pipipipipi5volts.com

 このリンク先は、3カ月でゲーム実況を1000時間やった人のブログ記事だ。このブログ記事のなかに、「日夜、行われる、キッズの罵り合い!」という小見出しのついたパートがある。これを引用してみる。
とある日の生放送中、5分休憩から戻ってモニターに目をやった瞬間、寒気がするほどの罵詈雑言の数々が、殺意を持って画面上から這い出てきた。

『ピピピは生きている価値ないよ』
『ピピピはなんのために生きているの?』
『はよ消えろ』
『ピピピはゴミクズ』
『存在価値ないよ』

5分足らずで100件近く、この類いのブラックワードが立ち並び、僕に襲い掛かった。
中には通報したら逮捕されるのではないか、という度を超えたものも存在したため、数人をその場でBAN制裁した。

するとすかさず、
「あれぇえええ~~~? BANしないんじゃなかったのwwwww」
「ダサw負けてんじゃんwwwバーカ、俺のこともBANに出来るもんならしてみろよ、サブアカだってあるから意味ねぇけーどなwww俺は18個の顔(アカウント)を持っている。やってみろよ、出来ねぇのかwwwwビビっちゃったのー? ダセーなww」

と、挑発&嘲笑の冷たい風に吹かれるはめになった。
 ここに書かれている反応は、きわめて「正直」なものだ。子どもの正直はときに残酷で、ネット実況のコメント、ましてや無法地帯宣言したYouTuberのコメントではその残酷さが剥き出しになる。小学校の教室などに比べれば、正直のリミッターたりえるものが何もなく、正直を社会的に適切なかたちに加工する必要性も無いからだ。

 しかし、このような汚い反応は社会的には許されるものではない。たとえ「正直」でも、こういう物言いを繰り返している人は損をするし、子どもはそのことを学んでいかなければならない。キッズがネット実況に書き込む時の「正直」と、中学高校、さらに大学や社会人となった時に求められる「正直」には大きな違いがある。

 もちろんこれは、何かを非難する時だけに限ったことではない。「カネが欲しい」「女(男)が欲しい」「承認が欲しい」といった正直な欲求は世の中に溢れているが、その「正直」を無加工でゴロンと目の前に差し出すと、人はしばしばドン引きする。少なくとも、そういった正直な欲求をなんらかのかたちで「加工」しなければドン引きされる場面はあるだろう。

 ちなみに、「正直」の「加工」とは、「嘘」をつくことではない。

 嘘をつくことは、他人に対して隠し続ける難しさに加えて、自分自身に精神的・記憶的負荷をかけつづけるという難点がある。だから「正直」の「加工」のつもりで嘘をつく人は早晩行き詰まることになる。これは、冒頭リンク先にあるとおりである。

 「正直」の「加工」とは自己欺瞞であってはならない。そうではなく、自分の内心にある正直の一番似つかわしい部分を取り出したり、正直の社会的に最も似つかわしい姿にフォルムチェンジさせたりするものでなければならない。

 人のなかにある正直は、一面的なものであることは少なく、たいてい多面的だ。そのことを利用すれば、「加工」は決して無理ではない。

 たとえば「カネが欲しい」の場合も、カネが欲しいという正直を無加工でゴロンと差し出すのでなく、自分が社会に対してできることや、自分が誰かにできることと関連付けて語ったほうが良い場面がある。そうした関連づけを自分の内心に矛盾しないかたちでできる人と、関連づけできずに無加工で転がしてしまう人では、同じ正直でも得をする確率は変わってきてしまう。「加工」に失敗して嘘をつかざるを得なくなってしまう人など論外だ。自分自身や他人に嘘をついてしまう人のなかには、「正直」の「加工」が身に付いていない人が一定の割合でいるように思う。

 「女(男)が欲しい」「承認が欲しい」なども同じだ。これらの正直を、無加工で出して良い場面も無いわけではないが、多くの社会的場面では、適切な加工ができていなければむしろ損をしてしまう。自他に嘘をつかないかたちで、これらの正直をうまく加工して出せる人ほど、異性や承認にアクセスしやすい。嘘をつくことなくモテる人は、だいたい正直の加工やフォルムチェンジがべらぼうに上手い。彼らが正直を積み重ねて得をしているのは事実だが、その正直とは、まるで精密機械部品のようにしっかり加工されていて、しかも、正直の積み重ね方もメチャクチャ上手いのである。

 逆に、どれほど正直を積み重ねていても、無加工の欲求を無分別に吐き出しているだけの人は、絶対にモテない。異性や承認から遠ざかってしまうのがオチだろう。世の中は、だいたいそんな風にできている。

「正直」の社会化

 ここまで、正直を加工するという表現を使ってきたが、もう少しそれらしい表現をするなら、正直の社会化、ということになるだろう。

 太古的な欲求やエモーションを生のまま出すのでなく、場面や相手のTPOを弁えて適切なかたちに加工してはじめて、正直は人間関係のなかで受け入れられるものになる。あるいは、受け入れられる確率の高いものになる。社会的動物としての人間は、そういった正直の適切な加工を幼少期から学び始めて、生涯をかけて学び続けていく。

 こうした正直の社会化は、年齢が高くなったり社会的立場が変わったりすると求められる度合いが高くなるため、小学生のキッズに求められる度合いと大学生の若者に求められる度合いと50代の大人に求められる度合いはかなり違う。twitterなどでも、フォロワー数が10人の1000人と10万人では違うだろう。正直を適切に出していくための技量がついていけない場合は、年齢や社会的立場の変化にあわせることができず、得がしにくくなってしまうかもしれない。とりわけ、ライバル達がみんな正直の社会化をハイレベルにやってのけている集団やコミュニティにおいてはそうだ。

 しかし、社会人の生え抜き集団は、えてして、そういうことを平然とやっていたりする。なるほど、彼らは正直を積み重ねて得をしている。だが単に正直だから得をしているわけではなく、正直を精密機械部品のように加工し、しかも社会関係のなかで適切なかたちに積み上げられるから得をしているのである。

 古い言い回しに、「正直者が馬鹿を見る」というものがあるけれども、私はそんなことはないと思う。馬鹿をみやすいのは正直の社会化がうまくやれない人や、正直の社会化に失敗したあげく嘘をついてしまう人だ。正直の社会化が適切な人は、着実に得を積み重ねて、そうそう馬鹿をみることがない。

 正直の社会化の程度が、たえず、万人に問われているのだと思う。

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