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安保法制をめぐる「神学論争」をこえて――PSIと自衛隊の「武力の行使」 - 『「軍」としての自衛隊』著者、津山謙氏インタビュー

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冷戦終結を契機として、自衛隊の任務および地理的な活動領域は徐々に拡大・深化してきた。そして、PSI参加を契機に、自衛隊は他国軍との間で「武力の行使」を含む本格的な軍事演習を繰り広げている。「集団的自衛権の行使」が合法となったいま、「神学論争」から脱却するためにいかなる安全保障論議が必要なのか? 『「軍」としての自衛隊』著者、津山謙氏に話を伺った。(聞き手・構成 / 芹沢一也) 

PSIとは何か?

――PSI(Proliferaction Security Initiative)とは、どのような安全保障レジームなのでしょうか?

PSIとは、核兵器等の大量破壊兵器、あるいはミサイルなどの運搬手段の拡散を食い止めるための国際的な取り組みです。911同時多発テロ事件からイラク戦争に至る「テロとの闘い」の一環として、2003年に米国主導で成立しました。これは米国が新たに提起した「拡散対抗」という考え方にもとづいています。

PSIは同盟でもなく、条約でもなく、国際機構でもありません。大変ユニークなレジームで、それは「行動」であるとされています。参加国にも特段の義務が課されていません。ですが、平時から参加国の軍、それから法執行機関等が継続して協力することで、一定の成果をあげています。また、多国間枠組での共同演習(PSI合同阻止訓練)が盛んに行われるなど、アクティブな取り組みだといえます。現在、100カ国以上が参加する地球大の取り組みとなっています。

――日本がPSIに参加した経緯はどのようなものだったのでしょうか?

日本はブッシュ大統領(当時)がPSI構想を発表した2003年5月31日に、構想への参加を表明しました。以後、11ヶ国しかないオリジナルメンバー(コアメンバー)の一国として、一貫して構想を主導する側にあります。

とはいえ、PSIにおいて具体的にどんな任務が想定されるのか、外務省、防衛庁(当時)をはじめ日本政府の全省庁がほとんど把握していませんでした。にもかかわらず、米国からの呼びかけに条件反射的に賛同し、参加を決めたというのが実態でした。実際、参加決定後に米国から示されたPSIの詳しい青写真をみて、日本政府は大いに躊躇い、悩み、苦慮した姿がうかがえます。

というのも、大量破壊兵器等を拡散する主体は犯罪集団だけではないからです。むしろ、北朝鮮やイランなどの主権国家が拡散をすることが警戒されています。ということは、実際のPSI活動においては、大量破壊兵器を積載したこれらの国の船舶に対して、日本を含むPSI参加国が臨検、押収などをする事態が考えられます。

実際、米国がPSIの必要性を痛感したのは、大量破壊兵器関連物資を積載した北朝鮮船(ソ・サン号)を公海上で停止させたのに、輸出を阻止する法的な根拠も、同盟国間の協力体制もなかったため、野放しにしてしまった苦い経験があったからです。

――これまで外国船に手が出せなかったのに、PSIによって臨検や押収ができるようになるわけですよね。どこに問題があるのでしょうか?

公海上を航行する外国船に対し、同意もないのに臨検を行うことは「武力の行使」にあたりますが、米国の狙いはまさにここにありました。そして、日本政府が困ったのもここです。

それではPSIは「武力の行使のスキーム」となってしまうからです。どの国を害するかわからない物資を封じ込めるために、公海上で他国と共同して「武力の行使」を行うことなど、現行憲法下でできるはずがありません。「テロとの闘い」という大義には賛同した日本政府でしたが、違憲の疑いのある活動には参加できませんし、まして戦争に巻き込まれるわけにはいかないのです。

――なるほど、憲法にひっかかる可能性があるわけですね。

そうです。そのため、日本はPSI構想を固める国際会議において、この構想が参加国に一切の義務を課さない緩やかなスキームとなるよう外交的な努力をしました。また、同様の懸念を抱く他のコアメンバーとも協力し、PSIを「法執行の取組」であると定義することで、日本政府は「法執行活動」の範囲内に限って構想に参画し、「武力の行使」にあたるオペレーションへの参加を回避できる逃げ道をつくりました。

同盟でもなく、条約でもなく、国際機関でもなく、「行動」であるというPSIのユニークさは、こうした日本政府等の外交的努力にも由来します。このような経緯はこれまでほとんど知られていませんでしたが、私は政府から開示された未公開資料を中心に、PSI成立の経緯と日本政府の対応の様子を実証的に解明しました。

――結局、PSIでの自衛隊の活動は「武力の行使」に当たらない、つまり憲法に抵触しない、という理解でよいのでしょうか?

まさにそこが難しいところです。その後の日本のPSIへの関与をみると、それが「法執行の取組」にとどまるかどうか疑問を抱かせるものがあります。実際、PSI活動の主役のひとつは自衛隊です。無論、自衛隊が「法執行活動」を実施することは可能ではありますが、しかしその根拠法や執行手続きなどはすべて曖昧なままです。そもそも、臨検など「武力の行使」にあたらないかたちで、どんなPSI阻止活動が可能なのかはまったく不明です。

さらに、自衛隊は2005年から他国軍との共同訓練(PSI合同阻止訓練)に繰り返し参加し、また自らすすんで主催もしています。これは自衛隊が初めて参加した「本格的で実質的なオペレーション」の多国間演習です。

特筆すべきは、自衛隊、とくに制服組の強い要望があり、さらには、彼らによる米海軍等への「軍・軍関係」をテコにした働きかけもあって、自衛隊のPSI参加が実現した可能性が非常に高いということです。「武力の行使」の可能性が排除されない安全保障レジームに、自衛隊の強い意向と自衛隊による他国への働きかけがあって参加が実現したという事実は、戦後の安全保障政策史のひとつの転機であった可能性があるといえます。

――どういった点で、安全保障政策の転機だったのでしょうか?

PSI参加以前の政府解釈では、自衛隊は「多国間共同演習には参加できない」ということになっていました。日米安全保障条約にもとづかない他国軍との共同軍事行動は、「集団的自衛権の行使」につながる恐れがあり、憲法上も、また、政治的にも困難だからです。

かつてリムパック演習に自衛隊が初参加した際に大問題になりましたが、そのときは「多国間演習が行われているなかで、たまたま日米の二国間演習が行われている」という、信じられないような説明がなされ、以後、歴代の政権にこの政府見解は踏襲されてきました。

しかし、PSI合同阻止訓練への参加を皮切りにして、自衛隊は多数の多国間共同訓練に参加し、むしろ、積極的に主催するようになっています。そして、かつては「日米の二国間演習」と説明されてきたリムパック演習にも、今や堂々と「多国間共同訓練」として自衛隊が参加しており、そこでフルスペックの軍事演習をしています。

しかし、なぜ、従来の政府見解が変化したのか、今に至るまで何の公的な説明もありません。そして、これら多国間枠組での軍事演習を通じて、自衛隊は立派な「軍」としてオーストラリア、インド、英国などの「軍」と、「準・同盟関係」ともいえる緊密な協力体制を構築するに至っています。こうしたことの契機のひとつとなったのがPSIであったことは、これまでメディアでもアカデミアでもあまり注目されなかったことです。

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「武力の行使」と「武器の使用」

――「集団的自衛権」の行使とみなされかねない多国間演習への自衛隊の参加が、いつのまにか常態化しているということですね。ところで、先ほどから出ている「武力の行使」ですが、「法執行活動」における「武器の使用」との線引きが問題になります。このふたつはどう使い分けられているのでしょうか?

「武力の行使」とは本来、「武器の使用」のなかに包摂される概念ですが、日本政府は一貫して、ふたつを別の法的概念として区別してきました。端的に言えば、「国家間の紛争」が「武力の行使」にあたり、それ以外は「武器の使用」となります。

憲法9条は「自衛権の発動」以外の「武力の行使」を認めていませんから、自衛隊の海外活動において銃火器等の使用が想定される場合は、それが「武力の行使」にあたるか「武器の使用」にとどまるのかという点が、合憲性の観点から最大の焦点となります。

――「軍」としての活動か、「警察」としての活動かが、そこで分かれるわけですね。

そうです。「国家間の紛争」という場合、紛争をする相手のことを「国又は国に準ずる組織」といいます。略して「国準(くにじゅん)」と呼ぶこともあります。

相手が夜盗や山賊である限り、自衛隊がやむを得ず彼らに発砲することになっても、それは警察が強盗にピストルを撃つのと変わらない「武器の使用」となります。これは現行憲法下でも容認される「法執行活動」となります。

しかし、一定の要件を備えた武装集団は「国準」にあたることがあります。その場合、PKO任務が「国家間の紛争」に発展する恐れはあるわけです。もっとも、国連決議に基づくPKO活動が「武力の行使」に発展しても、それはあくまで「国連のミッション」であり、日本政府が「国権の発動」として「武力の行使」をしたことにはならないとする議論もあります。

しかし日本政府は一貫して「国」あるいは「国準」と交戦する可能性を、きわめて慎重に避けてきました。先の南スーダンからのPKO部隊の撤収をめぐる議論も、この文脈で考えるとわかり易いでしょう。

――同様の観点から、海外での自衛隊の活動を評価する道具立てとして、「同盟深化アプローチ」と「国際貢献アプローチ」が駆使されていますね。

はい。本書では「同盟深化アプローチ」と「国際貢献アプローチ」というふたつの解釈軸を使用しました。それは自衛隊の活動、とくに海外任務に関わる政策類型を、「武力の行使」を前提としたものか、「武器の使用」にとどまるものかという、法解釈の観点から分類したものです。

非常に簡単に言えば、「同盟深化アプローチ」とは「国家間の紛争」つまり「戦争」を前提にしたものであり、「国際貢献アプローチ」は主に国連等の要請によって国際法、国内法等の「法執行」を行うもの、といえるでしょう。

現行憲法は「自衛権の行使」しか認めておらず、また、国会(参議院)が「海外派兵を認めない」とした決議は今も生きています。したがって、戦後の自衛隊の海外任務は、国連PKO活動や災害救助活動などの「国際貢献アプローチ」に属するものから始まりました。

1992年にカンボジアに自衛隊がPKO任務に派遣されて以来、今や国連平和活動への協力活動は自衛隊の本来任務のひとつとなっています。また、世界各地で頻発する大規模災害等での救助活動でも、自衛隊は大きな存在感を誇っており、こうした活動の内容と地理的領域は一貫して拡大を続けてきました。これらは「武器の使用」にとどまる限り、少なくとも合憲性の観点からは問題とならない、というのが一貫した政府解釈です。

――「同盟深化アプローチ」の方はいかがでしょうか?

冷戦終結後、1990年代から日米同盟が世界規模で再定義されたことから、「同盟深化アプローチ」による自衛隊の海外活動も模索されてきました。2000年代には「テロとの闘い」という「戦争」をする米国を支援すべく、インド洋での補給活動などの取り組みも行われました。日米同盟が「価値観外交」あるいは「自由と繁栄の弧」といった権力政治的な大戦略(グランド・ストラテジー)と関連して説明されたのもこの頃です。

また、日米同盟が多国間枠組へと発展する傾向もあらわれ、2010年代には先に述べたオーストラリア、インド、英国などと、事実上の「準・同盟」を志向する動きも広がりました。自公政権から民主党政権、そしてまた自公政権へという政権交代を経ても、「同盟深化アプローチ」の拡大・深化は継続してきました。

2014年の「集団的自衛権の行使」容認、そして、2015年の安保法制の成立を経た今、安倍政権は「インド太平洋戦略」を軸に、同盟国および「準・同盟国」に、安全保障政策のグローバルな連携を呼びかけています。これも「同盟深化アプローチ」に分類される政策類型となり得るものといえます。

ただし、安保法制の成立によってもなお、無制限の「集団的自衛権の行使」が容認されたわけではありません。少なくとも現行憲法下においては、「同盟深化アプローチ」はつねに合憲性の観点から慎重な判断が要求され、政策的な制約が課せられると考えられます。

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