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なぜトヨタは全車種の"電動化"を焦るのか

クルマの電動化が加速している。トヨタは2025年頃までにエンジン車のみの車種をゼロにすると発表した。豊田章男社長は「生きるか死ぬかの戦いが始まっている」と檄を飛ばす。なにが起きているのか。『自動車会社が消える日』(文春新書)の著者であるジャーナリストの井上久男氏は「ポイントは『クルマのスマホ化とロボット化』だ」という――。

■電子制御化が進むクルマはソフトウェアの塊

トヨタ自動車は12月18日、電動化戦略の説明会を開き、2025年頃までにエンジン車のみの車種をゼロにすることや、2030年までに電気自動車(EV)などに使う車載電池の開発・生産に約1兆5000億円を投資することを発表した。


トヨタ 豊田章男社長

また12月13日には、トヨタの豊田章男社長とパナソニックの津賀一宏社長が共同記者会見を開き、次世代電池の開発に向けた協業検討を発表した。この提携はトヨタからパナソニックに持ちかけて決まったものだ。

最近のトヨタは焦るかのように、立て続けにEVに関する戦略を打ち出している。この背景には強い危機感がある。豊田社長自身も「自動車業界は100年に一度の大変革の時代に入った。次の100年も自動車メーカーがモビリティ社会の主役を張れる保障はどこにもない。『勝つか負けるか』ではなく、まさに『生きるか死ぬか』という瀬戸際の戦いが始まっている」と語っている。

この「大変革の時代」について、拙著『自動車会社が消える日』(文春新書)では「クルマのスマホ化とロボット化」と書いた。

一例を挙げると、世界最大の自動車部品メーカーであるドイツのボッシュは「FOTA(Firmware Update Over the Air)」と呼ばれる、車載ソフトウェアを無線でアップデイトするサービスを2018年末から欧州で始める。

電子制御化が進む現在のクルマはソフトウェアの塊だ。高級車だと、ソフトウェアの分量を示す「行数」は1000万行を超え、ボーイングの最新鋭機「787」の約800万行よりも多い。これが、自動運転技術などの進化によってさらに増え、億単位に到達すると見られている。

これまで車載ソフトウェアは、リコールなどのトラブルがない限り書き替えられることがなかった。それがFOTAによって随時、書き替えられるようになる。スマートフォンの機能を新バージョンにアップデイトするのと同じイメージだ。外部からの情報を自動車に取り込んで最新のコネクティッド・サービスなどを活用していくためにも、アップデイトは欠かせない。

■「自動車ビジネス」が根本的に変わる

また、クルマと人工知能(AI)の融合により、無人で完全自動運転のできるクルマが登場する日も近い。

ホンダが17年1月に米ラスベガスで開催された世界最大の家電見本市で、提携したソフトバンクの子会社が開発した「感情エンジン」を搭載した世界初のコンセプトカーを公開した。所有者や家族とおしゃべりもしながら、その行動を学習して、人間に寄り添っていくクルマ、というコンセプトだ。所有者であるドライバーの表情や声の調子から、体調やストレスを判断して安全運転をサポートしたり、その家族の嗜好を学習して好みの音楽を流したりする。さらに所有者が使用していない時間は、所有者の許可を得て自動運転で移動し、ライドシェアに利用される状況も想定している。

こうした「クルマの電脳化」の進展にともない、消費者には見えにくいが、クルマの内部構造も大きく変わりつつある。いまやクルマはソフトウェアの固まりになっており、それよって設計や製造工程も大きく変化している。いまはスーパーコンピューターなどを駆使して、バーチャルシュミレーション技術を駆使しながら設計する時代に突入している。それにより試作プロセスを大幅に削減して、短期間に多様なクルマを開発する手法が台頭している。こうした点については拙著でも解説した。

開発・製造面だけではない。販売の世界にも大きな変化が見えている。ご存じのように、すでに世界中でウーバー・テクノロジーズの配車アプリのような新しいサービスが生まれている。これに代表されるクルマを所有しない「シェア・エコノミー」が主流になると販売政策も変わってくるだろう。個人にクルマを売る時代ではなくなる可能性があるのだ。

自動車産業に迫る「100年に一度の大変革」とはつまり、開発、製造、販売すべてを含んだ「自動車ビジネス」のあり方が根本的に変わろうとしているのだ。その大変革を加速させているのが、相次いで参入してくる新興企業や他業種の存在だ。

これまで中心に位置していたのは、多数の雇用と豊富な資金力を背景に、政治へ強い影響力を持っていた大手自動車メーカーで、こうした企業が自動車に関する税制や燃費・排ガス規制など業界のルール作りに大きく関与してきた。

■「異端児」が始めた新たなルール作り

ところが電気自動車(EV)の開発で先行しているのは新興企業の米テスラだ。同社のイーロン・マスクCEOは米トランプ大統領の政策助言機関のメンバーも務めていたほどで、政界へ大きな影響力をもつようになった。またIT産業の雄である米グーグルも自動運転の開発を始めている。こうした新規参入組、いわば業界の「異端児」が新たなルール作りに動いている。

こうした新規参入組の特徴の一つは、クルマを移動手段と割り切っているところにある。これまでクルマとは所有欲を満たすものであり、自分の個性や感性、時には資産の有無を示すものだった。移動するだけではなく、運転そのものを楽しむものでもあった。だが、クルマを「移動手段」と割り切ることで、乗り心地よりも価格重視、所有するよりもシェアしたいといった、これまでになかった消費者の価値観が表れている。こうしたユーザーが増えれば、これからもどんどん新しい技術やサービスが生まれるだろう。もしかしたら『西遊記』に出てくる、空を飛んで自由に移動できる「キン斗雲(きんとうん)」のようなクルマも登場するかもしれない。

このようにさまざまな局面で変化が進みつつある状況では、伝統的な自動車メーカーの価値観や理屈にとらわれていると、時代の変化に付いていけないし、肝心の消費者の心をつかむこともできない。拙著の問題意識はこうした点にもある。自動車会社のエンジニア、営業、人事、企画といったあらゆる職種の働き方も大きく変わってくるのではないだろうか。

エンジニアの働き方については、世界ではこんな動きも起こっている。

「ユダシティ(UDACITY)」という会社をご存じだろうか。どこかの街の名前ではない。日本ではまだ知る人は少ないと思われるが、これは企業名である。

2011年に設立され、米カリフォルニア州のシリコンバレーに拠点を置くオンライン教育のベンチャー企業だ。ベンチャー・キャピタルから、これまでに200億円近い投資を受けている。主な事業内容は、人工知能やセンサーなど自動運転に関する教育コンテンツをオンライン上で提供することだ。

創設者はグーグルで自動運転担当役員を務めたセバスチャン・スラン氏だ。氏はスタンフォード大学で人工知能を研究する教授だったが、グーグルに転じ、革新的技術開発を狙う専門チーム「グーグルX」を立ち上げたことで知られている。グーグルでは眼鏡型端末(グーグルグラス)や自動運転の開発に取り組んだ。

ユダシティの目標は世界中から優秀なエンジニアを集め、教育することにある。現在、約200のカリキュラムがあり、初級から上級まで幅広く約400万人が登録しているという。その内容はといえば、自動運転カリキュラムでは、人工知能のソフトウェア開発やセンサー技術、位置測定技術、走行経路検索技術などが中心となる。

受講に当たっては、英語で講義が進むので、TOEIC600点以上、線形代数学、物理、プログラミングの基礎知識が必要になるとされる。認証制度も設けており、9カ月程度の受講期間が終われば修了証が発行される。人材サービス会社と提携しているため、米国だと、このカリキュラムを修了したエンジニアは転職などによって、より高い賃金を得やすくなるという。受講料は2400ドルだが、無料のコースもある。企業からの要望に応じて、育成プログラムを個別に組むケースもあるという。

■EV普及でガソリンスタンドは不要になるか

ユダシティが有望なビジネスだと見られている理由の一つには、技術革新の流れが速くなっていることがある。進化のスピードが速いため、クルマの開発現場で求められる技術水準と、大学で教えられる教育内容にギャップが出始めている。ユダシティはそのギャップを埋めることがビジネスになると判断したのだ。

これはエンジニアに限った話ではないのだが、情報や知識が速いスピードで変化していく現代では、いったん大学を卒業したら終わりというのではなく、常に最新の情報を学んでおかなければならない。自分の知識が古びて、技術革新に付いていけなくなると、職を失うリスクが高まる。いまや絶えず勉強を求められる時代になった。

いずれにせよ、変化を恐れ、これまでの価値観に縛られていると時代の流れから落伍してしまうことは間違いないだろう。

日産自動車で最高執行責任者(COO)を務めて現在も同社取締役として残る産業革新機構会長の志賀俊之氏も自動車産業の流れをこう予測する。

「2050年に消えるものは、ガソリンスタンド、運転免許証、信号機、自宅の駐車場ではないでしょうか」

その心はこうだ。EVの普及によってガソリンスタンドは不要になる。自家用車を使わない時間はシェアカーとして貸し出す。インターネットに常時つながっているので指示を受けて無人の完全自動運転によって借りたいお客のところに勝手に動いていけば、自宅の駐車場は要らなくなる。優れた予知機能を持つAIが搭載された完全自動運転車であれば信号の指示に従わなくても事故は起こらない。そして人間が運転しないので、免許証も要らなくなるといった具合だ。


『自動車会社が消える日』井上久男著・文藝春秋刊

この動きは「CASE」というキーワードで端的に象徴される。Connected(つながるクルマ)、Autonomous(自動運転車)、Shared(配車サービスなど)、Electric(電気自動車)の頭文字を取ったもので、独ダイムラーが使い始めたキーワードだ。

こうした動きが進んでいけば、大衆車向けの自動車メーカーは、性能・デザインの良いクルマを作るだけでは生き残れないだろう。付加価値は、作ることからサービスに移る。消費者がクルマをいかに快適に利用できるかを意識した「モビリティサービス」を提供していかなければ、自動車会社の存在感はなくなってしまう時代が近づいている。

(ジャーナリスト 井上 久男 撮影=宇佐見利明)

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