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猿の移動用に3億円のヘリを購入!「日光猿軍団」創業者の驚きの人生

 栃木県日光市にある日本を代表するエンターテインメント施設「日光さる軍団」。劇場でサッカーをしたり、玉乗りをしたり、約20匹の猿たちが芸を披露する。これまで何度もテレビで紹介され、"日光といえば猿軍団"と言われるほどの名物になり、海外からの来場者の姿も。

 このテーマパークは1982年に創業者の間中敏雄が2匹の猿に芸を仕込んだところから始まった。世界でも珍しい猿集団を作り上げ、世に広めた芸こそ、前代未聞の"集団芸"「お猿の学校」だった。1992年には世界初の"猿のテーマパーク"として現在の場所にオープン。2011年には東日本大震災の影響で一度閉園を余儀なくされ、「反省猿」で有名な村崎太郎さんが引き継いでいる。

 猿たちに愛情を注ぎ、共に歩んだ間中の人生は驚きの連続だった。

 1948年に、埼玉県の7人兄弟の家に生まれた間中。中学を卒業後、定時制高校に通いながら郵便局員となるが7年で退職。そこから猿と出会うまで、約40種類の職を経るという波乱の人生が始まる。

 鬼怒川ライン下りの船頭や、バンドマン、水商売の客引き、タクシー、観光案内、電気店、下水道工事などさまざまな仕事を体験。時にはマルチ商法も行った。とくに思い出深いのは廃品回収だという。「当時はマイクを買うお金がないから『古新聞ありますか』と一軒ずつノックしていく。そうすると"ない!"って言われる。そこで"無いはずはないでしょ。昨日のでも、2、3枚でも…"と食い下がると、"面白いやつだな"となる」。

 「猿」にたどりついたのは、1982年、34歳の時だった。「カネ儲けするためじゃなくて、好きだから。猿を見てて、おめえら面白い顔してんなー!と思ったから」。

 それにしても、なぜ猿に芸を仕込もうと思ったのか。「夕方テレビをつけたらら"猿回し"っていうのをやってた。これだって思った」。妻の清子さんに告げたところ、「悪いけど、猿は嫌いだからね」と言われてしまう。

 まずは3匹飼い始めた。だが、何をすればいいのかさえ分からなかった。「玄関に繋いでおいたら履物はうんこだらけになるわ、下駄箱はぐちゃぐちゃになるわ」。だが、誰かに弟子入りしようとは思わなかった。「それで勉強しちゃうとその人と同じ型になっちゃうかな、と思った。今までにない猿回しをやろうかなと思った」。

 目の前に座らせるだけでも時間がかかった。根気よく褒めながら頭を撫で、ミカンをえさに覚えさせていった。時にはビニールハウスの中にわらを敷き、生活を共にした。「冬は寒いから、ビニールハウスの中で一升瓶飲んじゃった」。

 そのうちに、"猿の心を捉えた"と感じる瞬間が訪れる。「夜、自分が寝てたら体が重い。見てみたら全部の猿が自分の体の上に寝ていた。"シメシメ"と。そこから懐いたと思う」。

 一人では猿を管理できず、清子さんが赤ちゃん猿の世話をした。ミルクをあげ、半年したらオリに行く儀式を行う。人間の子どもと同じように愛情をかけることに気をつけ、丁寧に育てていった。

■テレビ関係者が訓練を目撃、まさかの大ヒットに…8億円の"猿御殿"も

 当初は日光江戸村で芸を披露、お客さんが投げてくれるお金だけが稼ぎだった。しかしある時、「猿がこんなに増えたけど、お客さんの誰もが覚えていて、懐かしいものはないかな」と娘に相談を持ちかけた。そこで娘は「学校をやったら?」と即答。これが「お猿の学校」の始まりだ。

 「すぐに机を作ったんだけど座らない。座ってもガリガリひっかくから四角いテーブルが丸くなっちゃった。タバスコを塗ったりしたけどダメで、最後はステンレスの鉄板にしたらようやく諦めてくれた」。鬼怒川グランドホテルの隣にある敷地で、毎日訓練した。

 ある日の夕方、猿を整列させていた様子を目にしたのが、ホテルに宿泊していたテレビ関係の団体旅行客だった。「テレビに出していいですか?」と、すぐに放送が決まった。宣伝効果は絶大で、次の日から電話はパンク状態だった。視聴者は「猿回しなのに猿を繋いでおくヒモがない。自主的に座っている!」という点に驚いたのだった。

 手応えを掴んだ間中は劇場の建設を目論む。しかし前代未聞の計画に、銀行は融資を渋った。救いの手を差し伸べたのは、知り合いの建設業の社長だった。「絶対成功するから!」と勇気づけてくれ、建設費1億8000万円を全て負担してくれた。

 「5年で返済するという約束をしたけど、半信半疑だった」というが、結果は驚異的だった。珍しさから1日1万人が訪れ、「オープンして2カ月で返しちゃった。とにかく満員だったから、450席のところに1500人入れて、1日8回公演。借りたお金は何割か付けて返した」。

 話題が話題を呼び、全国各地からイベントに招待されるようになった間中と猿たち。移動のために、なんと3億円のヘリコプターも購入した。オーストラリアで大型のヘリコプター免許を取得するほどの熱の入れようだった。「現代版の孫悟空だよね。孫悟空は雲に乗ってたけど、ヘリに乗ってるわけだから」と豪快に笑う。

 さらに8億円の"猿御殿"を建設した。「ホテルみたいな豪華なベッドもつけた。妻には"また子どもできちゃうぞ"って言ってね(笑)。でもそのベッドでは一回寝たきり。猿のことが気になるから、リビングの暖炉の前で寝てるんですよ」。

 しかし、2011年の東日本大震災では、中国、韓国、台湾から来た調教師たちが皆、国に帰ってしまった。「日光周辺のホテルも休みだったから1年間、誰もこなかった」。結局、2013年に閉園を余儀なくされた。

 "猿のテーマパーク"という未知のビジネスで成功を収めた間中は今、キャンプ場を経営している。バーベキューや釣りが楽しめ、間中自らが育てた野菜を食べることもできる。もともとはこのキャンプ場の敷地も、猿たちのために少しずつ買ったもので、7万坪以上にも及ぶという。

 今では8億円の猿御殿に帰ることもなくなりつつあるという。「猿の声が聞こえないと落ち着かない。家には帰ることはないよ」と笑う。そんな間中の人生哲学は「人生にバックギアは要らない」だ。「猿は家族です。人間と変わらないよ」。これからも猿とともに歩んでいく。(AbemaTV/『偉大なる創業バカ一代』より)

▶次回『偉大なる創業バカ一代』は13日(土)夜10時から「もうウンチは漏らさない!」排泄予報の先駆者・中西敦士を放送!

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