クリスマス前後からISによるテロが世界各地で頻発しており、ISが犯行声明を出した主なものだけでも以下があげられます。
- 12月11日 ニューヨーク、タイムズスクエアを標的にしたIS支持者によるテロ予告(ISの公式発表なし)
- 12月17日 パキスタン、クエッタでキリスト教会を襲撃(5名死亡)
- 12月25日 アフガニスタン、カブールで諜報機関を狙った自爆テロ(5名死亡)
- 12月27日 ロシア、サンクトペテルブルクでスーパーマーケット爆破
- 12月28日 アフガニスタン、カブールでシーア派集会所などを爆破(41名死亡)
- 12月29日 エジプト、カイロのキリスト教会を襲撃(11名死亡)
これらを受けて、年末のカウントダウンが行われるタイムズスクエアでは警備が強化されており、年末・年始にイベントが予定されている他の国でも警戒が高まっています。
キリスト教徒にとって最大の行事であるクリスマスがISの標的になることは不思議ではないものの、そのテロ事件の発生が急激に増えていることも確かです。そこには12月6日の米国トランプ大統領による「エルサレム首都認定」だけでなく、その後のイスラーム世界におけるライバル抗争の影響を見出せます。
グローバル・ジハードの飛散
2014年にイラクとシリアにまたがる領域で「建国」を宣言したISは、2017年に大きな節目を迎えました。
イラクでは6月にイラク最大の拠点モスル、10月に北部ハウィジャを、それぞれ米国を中心とする有志連合に支援されるイラク軍が制圧。一方、シリアではロシア軍によって支援されるシリア軍が、8月に中部ホムス、10月にはISが「首都」と位置づけていたラッカ、そして11月には同国におけるIS最後の拠点とみられた東部デリゾールを解放しました。
もともとISは「グローバル・ジハード」を掲げるアルカイダの方針に飽き足らないメンバーが分離し、「イスラーム国家樹立」を大方針にしてきました。しかし、シリアとイラクでの征服地が減少するにつれ、両国を追われた「落ち武者」は各地に飛散し、グローバル・ジハードの色彩を強めていきました。その結果、例えばフィリピンでは2017年5月にISに忠誠を誓う現地勢力「マウテ」などがマウテ一帯を占拠し、フィリピン軍との内戦に突入しています。
ISの困窮
各地でテロ活動を活発化させることは、ISにとって「資金や人材を調達する」という意味もあります。シリアやイラクを追われたことで、ISは重要な資金源であった油田を失いました。そのため、ISはこれまで以上に、支持者からの支援をあてにしなければならなくなっています。
ところが、ISは海外からの支援も失いつつあります。ISはもともと、アルカイダなどとともに、王族を含むスンニ派諸国の官民から資金を調達していました。しかし、2015年に即位したムハンマド皇太子のもと、サウジ政府は従来のISやアルカイダとの関係を見直す方針に転じ、むしろ米国とともにこれを積極的に取り締まり始めています。2017年6月にサウジがカタールと断交した一つの理由は、カタールがISなどスンニ派過激派組織への支援を続けていたことでした。
この環境のもと、ISは様々な違法行為で資金を調達しているとみられるだけでなく、ビットコイン取引にも手を出しているといわれます。
もともとISは、アルカイダなどとのライバル抗争を勝ち残るために、目立つテロ事件を引き起こして資金や人材を集めてきました。しかし、追い詰められ、なりふり構わなくなっているISにとって、宣伝材料として「派手なテロ行為」はこれまで以上に必要になっているといえるでしょう。
「エルサレム問題」への沈黙
これを加速させているのは、トランプ大統領によるエルサレム首都認定です。ただし、それはISが「エルサレム問題」を、テロ活動を正当化する理由に利用している、という意味ではありません。
エルサレムはイスラームにとっても聖地であり、ユダヤ人国家イスラエルとの対立のシンボルでもあります。そのため、トランプ氏によるエルサレム首都認定の直後、それがテロ組織を触発するという懸念を抱く人は少なくありませんでした。例えば、マルタの穏健派イスラーム指導者サディ師は12月7日、トランプ大統領の決定が「ISISへの素晴らしい贈り物になる」と警告しています。
ところが、オール・イスラーム的な課題であるはずの「エルサレム問題」に関して、ISは奇妙なほど静かです。ISの宣伝機関であるAmaqニュースはこの件についてほとんど伝えていません。冒頭に示したタイムズスクエアの爆破予告では、確かに「エルサレム問題」が理由にあげられましたが、これはあくまで「支持者」によるもので、ISは肯定も否定もしていません。
「エルサレム問題」の主役
イスラーム世界内部での「宣伝」に追われているはずのISが「エルサレム問題」にほとんど言及しないままにテロ活動を続けることは、一見奇妙に映ります。しかし、「エルサレム問題」をめぐるイスラーム世界の内部分裂と力関係の変化を考えると、これは不思議でもありません。
トランプ大統領のエルサレム首都認定を受けて、12月13日に開催されたイスラーム協力機構の会合で、一際大きな声で米国批判を展開してきたのはトルコのエルドアン大統領でした。トルコの視線の先にはスンニ派の大国の座を争うサウジアラビアがあり、エルドアン大統領は「エルサレム問題」を自らの立場を強めるうえで利用しているといえます。
これと連動して、イスラーム世界で存在感を強めてきたのが、「エルサレム問題」の当事者でもあるパレスチナのイスラーム組織ハマスです。「エルサレム問題」が発生してからはパレスチナ人に抗議活動を呼びかけるなど、ハマスは認知度を引き上げています。パレスチナ自治政府を握り、「パレスチナの代表」と国際的に認知されているファタハと2017年10月に積年の内部対立を解消する合意をしたことも、ハマスの国際的立場を改善させる一因となりました。
もともとエルドアン大統領はハマスを支援してきましたが、「エルサレム問題」をきっかけにトルコ‐ハマス同盟がイスラーム世界における世論に大きな影響力を持ち始めているのです。