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マニラの慰安婦像、「日本の立場」とは一体何か 冷静さ失った対応は国益を損なう - 澤田克己 (毎日新聞記者、前ソウル支局長)

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 マニラに設置された慰安婦像に関する一部メディアの報道には首をかしげざるをえないものがあった。新たな慰安婦像の出現に「またか」とうんざりする気分はわかるのだが、釜山の日本総領事館前に新たな少女像が設置されたのとはわけが違う。「そんなに居丈高になってよいものだろうか」という違和感を否めなかった。

 像は高さ2メートルほどで、目隠しされたガウン姿の女性が悲しげな表情を浮かべている。ソウルの日本大使館前にある少女像とは異なるデザインだ。現場ルポを掲載した産経新聞によると、マニラの慰安婦像は台座正面の碑文に「日本占領下の1942〜45年に虐待を受けたフィリピン人女性犠牲者の記憶」などとタガログ語で書かれている。「慰安婦」という言葉はなく、産経新聞は「表現は穏当だ」と評した。台座裏には寄贈者である5個人・団体名と、英語で「フィリピン人慰安婦の像」と刻まれているという。

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 私が引っかかったのは、在マニラ日本大使館がフィリピン政府に「『日本政府の立場と相いれない』と抗議した」(読売新聞12月13日朝刊)と書かれていたことである。日本はこれまで韓国に対して、歴史に対する捉え方は立場によって違いうると説いてきたはずだ。だから、韓国が主張する「正しい歴史認識」を日本に押し付けるなという意味だ。それなのに、フィリピンには日本の立場を押し付けて当然だというのだろうか。

 日韓関係の文脈で有名なのは、2013年2月の朴槿恵大統領就任式に日本政府代表として出席した麻生太郎副総理兼財務相のエピソードだ。就任式後に朴氏と会談した麻生氏は「米国内でも南北戦争に対する評価は北部と南部で違う」ということを例に出して、歴史認識とは相対的なものであると説いた。朴氏はこれに激怒した。お祝いの席でわざわざ相手を怒らせるのはほめられた話ではないが、歴史の見方は相対的なものだという点への異論は少なくとも日本国内では多くなかった。

東京大空襲や原爆の慰霊碑も問題になるのか?

 それだけではない。そもそも、この記事でいう「日本政府の立場」が何かという大事な点が理解できないのである。釜山の少女像の場合には、2015年の日韓合意の「精神」に反していることは明らかだ。だから日本政府は大使召喚などという厳しい措置に踏み切ったわけだが、当然ながらフィリピン政府は日韓合意の当事者ではない。この場合に問題となる「日本政府の立場」というのは意味不明なのだ。

 不思議だったので、「読売新聞に出ている日本政府の立場とは何を意味するのか」と外務省に問い合わせてみた。

 返ってきたのは「フィリピンとの間ではサンフランシスコ講和条約で法的責任に関する問題はすべて解決済みというのが日本政府の立場だ」という答えだった。それはそうなのだが、サンフランシスコ講和条約では日本も対米請求権を放棄し、法的責任の問題を解決させている。法的責任の問題が解決された後に慰霊碑を建てたらいけないという理屈だとすると、東京大空襲や原爆の犠牲者を慰霊する碑を建てることも米国政府から文句を言われかねないことになってしまう。

 空襲や原爆の慰霊碑を建てるなと日本が米国に言われる筋合いはないはずだ。それが分かっているからなのか、菅義偉官房長官の記者会見での答えはそれほどストレートなものにはなっていない。

 マニラの慰安婦像建立について質問された菅氏は「諸外国における慰安婦像の設置は極めて残念」だという一般論を述べつつ、「フィリピン政府と相談して対応したい」と語った。記者からさらに「撤去を求めるという理解でいいか」と問われると、菅氏は「まず諸外国における慰安婦像設置はわが国政府の立場と相いれない極めて残念なことだ」という一般論ともいえる発言を再びしてから、「外務省からフィリピン政府に対してすでに申し入れを行った」と答えたのである。「わが国政府の立場」という言葉が出てくるものの、やはり明快なものではない。 

 外務省関係者に聞くと、「抗議と書いた新聞があるのは事実だが、政府として『抗議』という言葉を使っているわけではない。フィリピン政府に『残念だ』という思いを伝えたということだ」と話す。官邸周辺に「撤去させろ」と息巻いている人がいることは想像に難くないが、そんなに簡単な話ではないのである。

フィリピンでは暴力的拉致の慰安婦集めも

 さらにフィリピン特有の問題がある。「南方の占領地域では、フィリピンの第十四軍は軍紀が乱れているとの定評があった」(秦郁彦『慰安婦と戦場の性』新潮選書)。他の占領地と比べても日本兵によるレイプが多発していたことが、当時の軍法会議の記録などから明らかになっている。慰安婦の募集にしても、フィリピンやインドネシアといった占領地では強制連行としかいえないケースがあった。日本の植民地として行政機構が整備され、業者に任せておけばよかった朝鮮とは全く事情が異なる。

 「日本政府が撤去を求めたのは当然だろう」と論じた読売新聞社説(12月15日)も、「1942年から45年までの占領で、フィリピン各地に慰安所が設けられた。一般女性が一部の現地部隊によって暴力的に拉致されたケースも報告されている」と書いている。

 事情を知る外務省幹部は「フィリピンでは日本軍は本当にひどいことをやった。現地にはその記憶がある。『悲劇を忘れないために慰霊碑を作ろう。おカネは私たちが出す』と言われたら、現地の人たちは『ぜひ』となる」と話す。

 幸いなことに1990年代に設立されたアジア女性基金による元慰安婦への「償い」事業は、フィリピンでは順調に進められた。かつては反日感情が強かったが、近年の日比関係は極めて良好だ。そうした関係に慰安婦像が波紋を巻き起こすのは残念だが、それだけに日本側としては不幸な歴史に目配りをした慎重な対応をしなければならない。

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