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そして伝説へ...羽生善治さんが達成した“永世七冠”はどれだけすごいのか?

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若手の土俵で戦うのが羽生スタイル

羽生さんの壁…と書きましたが、羽生さんには“ラスボス“感がありません。本来であれば、若手の挑戦者こそRPGの”勇者・主人公“で、タイトルを持つベテランが”立ちはだかる魔王・ラスボス“、という構図になるはず。しかし、羽生さんは47才を迎えた今も“若手の壁”として立ちはだかるのではなく、「“若手”という壁を超えてやろう、俺が。」という姿勢でタイトル戦に臨んでいます。それはどういうことか。

羽生さんが「俺の得意戦法攻略してみな!倒してみな!」と待ち構え、挑戦者がどうにか攻略する、のではなく、挑戦者が持ってきた得意な戦法を受けて立つ…受けて立つというよりは“挑んで“いるということです。得意戦法や新しい構想をもってトーナメントやリーグ戦を勝ち上がってきた挑戦者。その挑戦者の土俵で戦うのが羽生スタイル。というのも羽生さんは”これは大得意で必殺技“という戦法は持たず、まんべんなくどの戦法も得意で、同時に”これだけはやめてくれ“という不得意な戦法もありません。

やれやれ。そんな状態なので、普通は”挑戦者が不得意・苦手とする戦法“に持ち込みたくなるところですが、そうしないのが羽生さん。羽生さんいわく「相手の得意戦法を受け止めないことで、その時は勝てるかもしれないけれど、そうすることでそのあとずっと勝てないかもしれない」「毎回、小さなリスクをとっていくことが成長につながる」「小さいリスクを毎回毎回とって、経験値を増やしていくことで、1年後振り返った時、大きく成長している」とのこと。

今期、竜王戦がはじまる前の羽生さんは、3人の20代棋士の挑戦を受けました。6月から7月にかけて行われた棋聖戦においては、「羽生さんの漫画を読んで将棋に興味を持った」という斎藤慎太郎七段、24才と対戦。電王戦で将棋ソフトに勝利したこともある実力者でしたが、この棋聖戦では羽生さんが防衛。

そして、7月から8月にかけて行われた王位戦において、前出の菅井竜也七段(挑戦当時)と戦いました。菅井新王位も電王戦に出場経験あり、22歳の時に勝率1位、最多勝利賞、また新しい手や戦法を生み出した功績から“升田幸三賞”を受賞。このときは、菅井七段が羽生さんを破って“初の平成生まれのタイトルホルダー”になりました。

さらに、9月から10月にかけて行われた王座戦において、中村太地七段(挑戦当時)と対戦。中村新王座は、2011年度に年間勝率.8511(40勝7敗)という記録を打ち立てています。これは、将棋界の歴史の中でも2位の記録。羽生さんが七冠王に向けて勝ち星を重ねた1995年の勝率(46勝9敗 .8364)を上回り、さらに藤井聡太四段の今期の勝率も上回ります(執筆時41勝8敗 .8367)。

どうでしょう?羽生さんに憧れ、羽生さんの本を読んで勉強し、プロになってからは格段に進歩した将棋ソフトも駆使して研究している若手棋士が“挑戦者”です。羽生さんもかつて若手の時代に“パソコンを使って研究している”“個性のない将棋”などと言われたものですが、1980年代~90年代序盤のパソコンでの研究とは“棋譜の整理に役立つ“”研究したい局面をすぐに手元に呼び出せる“といった程度のもので、現代とはまったく異なるもの。

むしろ、泥水をすするような地道な研究をしていたのが羽生さん、そして羽生さんと同学年の”羽生世代“の棋士。そんな羽生さんの “人生経験は盤上に反映されない”“芸の肥やしというのは、遊びたい人の言い訳”という言葉を真摯に受け止めて研究に没頭してきたのが、現代の若手棋士です。

「タイトルを奪われた=弱くなった」に直結しないのが羽生さんの強み

そんな20代の棋士3人と戦い、羽生さんは1つのタイトルを防衛し、2つのタイトルを失いました。20代の棋士から立て続けにタイトルを奪われたことで“いよいよ世代交代か”“羽生さん衰えた”という、この20年で何度聞いたかわからないフレーズが、やはり飛び交いました。

しかし、忘れてならないのは、このハードな戦いをしているさなか、竜王戦の挑戦者になったこと。本当に衰えた棋士ならば、勢いのある若手棋士が最終トーナメントにあがってくる竜王戦で挑戦者にはなれません。

筆者は“真正面から菅井七段、中村七段とぶつかり、新しい構想につきあった結果タイトルを奪われた羽生さん“と、”竜王戦を勝ち上がっていく羽生さん“を見て密かに「今年は竜王位、獲れるかもしれない」と思いました。

羽生さんはこれまで“名人位を失った年“は他の棋戦でタイトル防衛・奪取に成功したり、名人位以外でタイトル失冠・奪取ならずに終わった時は名人戦を防衛したり…というように、大舞台・大勝負において”タイトルを失ったかわりに得たモノ“で、その後タイトルを獲得する、ということが多くみられました。

常にリスクをとって、仮にタイトルを失っても、そこでの経験が次へのステップとなる。この羽生スタイルが、永世七冠を達成した秘訣といえます。「大舞台での勝負を落としてでも自らの成長を選ぶ」というスタイル。この独自の成長曲線はプロゲーマーのウメハラさんも同じような事を言っていました。羽生さんは将棋界のウメハラ、ウメハラさんはプロゲーマー界の羽生さん。ベテランになった今も第一線で居続けるふたりの言葉、立ち振る舞いには説得力があります。

閑話休題。勢いのある若手の棋士と本気でぶつかった直後の“竜王戦挑戦者・羽生善治“は、近年稀にみる”最強の状態“だったと言えます。プロ棋士の将棋の勉強方法のひとつに「研究会」というものがあります。これはプロ棋士同士が実際に向き合って、実際の対局スタイルで有効な手を検討していくというやり方です。

「タイトル戦」という、棋士人生を左右するような場所は、実は「どんなシチュエーション、どんな相手とするよりも、これ以上なく本気で考える”研究会“」。タイトルは失うかもしれませんが、”そこ(タイトル戦の対局)で考えたこと“は、様々な将棋の勉強方法よりも有効ではないでしょうか。今回はタイトルを失いつつも”菅井流の現代将棋感覚”と“中村太地七段のスタミナ、粘り強さ”を得たように見えました。

「タイトルを奪われた=弱くなった」に直結しないのが羽生さんの強み。むしろ、タイトルを失った時は「最強の挑戦者によって、羽生さんがまた強くなったね」と思ってみていると、結果がついてくる。羽生さんは、タイトル戦に出続ける限り、本当の意味で「衰える」ということはない。これが四半世紀、羽生さんを見続けてきた筆者の実感です。

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