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日本の科学技術振興と、アレな人たちをうまく包摂してやる社会~【書評】『面白すぎる天才科学者たち 世界を変えた偉人たちの生き様』~ - 山本 一郎

 文庫というと、とかくライトな読み物で、新幹線でするっと読めてしまって目的地についたらポイというのが洒落た読み方だとするならば、昨今はスマホでの記事配信に押されて文庫が売れなくなったというのも分からないでもないんですよ。この連載を読んでる貴方、そう、あ・な・た、昔と比べて本を読む頻度は減っていませんか? 私は減っています。
 
 でもやっぱり旅のお供に、うんこ中の暇つぶしに、育児や介護でイレギュラーに発生する暇な時間でも眼球から情報を脳内に送り込みたいと考えれば、どこでも手軽に読める文庫をさっと出せる環境って最高に良いですよね。私はわざわざ文庫をいつでも取り出せるようにウェストポーチをつけています。たいてい取り出すのはスマホだったりもするけど。


©iStock.com

「死の商人」とネトウヨ(当時)に煽られたノーベル

 そんな本読みにお薦めするのは本書『面白すぎる天才科学者たち』(内田麻理香・著)です。いろんな文庫を乱読する私ですが、この本があまり売れているように見えないというのは非常に残念なことで、良いから買ってきて黙って早く読めよって思います。

 どこぞの校長も申しておりましたとおり、人間誰しも悩み苦しみ過ち、そして成長し、桃太郎は満州に渡ってジンギスカンになるのであります。この本をするっと読めばあら大変。この世の摂理をここぞと切り拓いた偉人や天才がズラッと並び、ちょっと自分の世界とは縁遠い、手の届かない人たちが如何に凄かったかだけが載ってるように感じるかもしれません。数学や化学や博物学を極めし者共が、時代を超えてその業績を誇るのをただただ眺めるだけの内容に見えるわけですよ。確かに一見、そう見える。わかった、それは認めよう。

 だがしかし。しかしですよ。この本の書評をどうしても書きたいと思った理由があるのです。もっと売れるべき、読まれるべきなんですよ、この本は。ちょっと聞いてくださいよ。本書の素晴らしさは、一貫してこの偉人や天才たちの女性目線から見る下ネタ、ゴシップをきっちりと押さえた上で、偉大なる業績が如何なる私生活によって支えられていたのかに迫ろうというところにある「救い」です。偉大な天才科学者の私生活に焦点を当てる本は過去にもあったけど、女性著者がその天才科学者に対して「女の敵」と言い切りながら人間性と科学的実績を軽妙に語り下ろすというのはなかなかできることではないと思うのです。


2016年のノーベル賞授賞式(化学賞のジャン=ピエール・ソヴァージュ) ©getty

 あの偉大なノーベル賞を創設したダイナマイト発明者のアルフレッド・ノーベルさんは、平和主義者なのに「死の商人」とネトウヨ(当時)に煽られ孤独な人生を送っていたとか。天才の中の天才として日本でも親しみ深いニュートンさんは母親の愛情に飢え執念深く政治家のような動きをなさる御仁であったとか。その人間的バックグラウンドから彼らが呆気に取られるほど私たちのような凡庸な俗物とたいして変わらない存在にすぎないのだということを思い知らされます。貧乏から身を立てて根性で成功した者あり、クソ天才なのに女絡みで揉めた挙句決闘して死んだ者あり。

「家庭的か、浮気性か」「お坊ちゃん育ちか叩き上げか」

 こうライトに書くと、なんか適当な本のように感じられるかもしれませんが、さにあらず。早くから才能を発揮して頭角を現した逸材も、じっくりと知識を固めて老成した巨人も、ただ生まれ持った能力と育まれた環境とで成り立っているものではなく、人間としての心、それも弱い部分も満たされない何かも引っくるめて比類なき「業績」というものが打ち立てられているということが余すところなく解説されているのです。

 イギリスが生んだ偉大な科学者デーヴィ、実績は積み上げられ、科学者としての知名度も最強に強まっているにもかかわらず、製本屋に過ぎなかったファラデーをうっかり雇ったばっかりに「デーヴィの最大の功績はファラデーを見出したこと」とまで言われてしまい、かきむしられるような嫉妬に苦しむ晩年を送ったようであるとか。分かる。分かるぞその気持ち。人として、男として、共感を感じてやみませんが、著者には器が小さいとこき下ろされるという。辛い。没後200年を超えて、遠く日本の地でこんなゴシップを書き散らかされる運命にある科学者たち。どうせ文庫だからお手軽に読み物として甘く書き綴っているのだろうと思いきや、読み進めるほどにのめり込み、前かがみになり、本と眼球との距離がお母さんに怒られるぐらい近くなるような内容に仕上がっているのです。


ファラデー ©iStock.com

 というのも、著者も書いているとおりこの本のテーマは「現代日本を生きる女性からみて、過去の天才科学者はどういう人物か」という話ですから、各科学者の分類は業績の偉大さではなく「家庭的か、浮気性か」と「お坊ちゃん育ちか叩き上げか」とで構成されています。いいですね。この有無を言わせない圧倒的かつ暴力的な女性目線によるテーマセットというのは。

 もともとこの著者の内田麻理香さんは『カソウケンへようこそ』で家庭に見られる科学について語るというテーマが面白かった人で、それこそ本書で取り上げる天才科学者の一人、ファーブルが著した『身のまわりの科学 ファーブル博物記』(岩波書店)のように、ありふれた身近な家庭や暮らしの中にも取り上げるべき科学的視点ってあるよなあというネタが印象的でした。


©iStock.com

「人物全体を味わえる」というのは最高

 んで、本書のオチはファインマンです。ええ、あの天才科学者ファインマンなんですが、ファインマンは科学者としてだけでなく、科学の講義と科学的手法の伝導者としても広く知られ、日本でも『ご冗談でしょう、ファインマンさん』(岩波現代文庫)で知られる魅力的な人物です。

 ここで、著者がなぜこの本を著すにいたったかという驚愕の事実が明らかになり、この本全体が実はファインマンに対するリスペクトの産物であり、時代を超えたラブレターであったことに気付かされます。脇目も振らず何か目指すべきものに熱心に取り組み、研究に命を捧げて実績を上げ、歴史に名前を残した人たちの苦悩も屈折も含め、この本のように「人物全体を味わえる」というのは最高です。いまさら科学に関心を持ったところでノーベル賞なんて手は届かないけど、そういう人たちの不断の努力があってこそ現代社会があるのだと思いを馳せるだけでも良いので是非つまんでみていただけると良いなと思います。


妻とダンスするファインマン ©getty

非常にアレな科学者と全地球凍結の謎

 類書というわけではないのですが、同じくいろんなタイプのアレな科学者が出てくる本という意味では、2004年に出ていまは文庫もある『スノーボールアース 生命大進化をもたらした全地球凍結』(ガブリエル・ウォーカー・著 ハヤカワ・ノンフィクション文庫)もお薦めです。次から次へと人間的に非常にアレな科学者が出てきてああでもないこうでもないと言いながら先カンブリア紀に起きたとされる全地球凍結の謎を解き明かす壮大なノンフィクションである一方、出てくる人物が主人公格のカナダ人(かなりアレ)ポール・ホフマン教授以下みんなアレで、科学的な偉業を達成する人はたいていアレなのだなあという思いを強くするのであります。


©iStock.com

 もしも全地球凍結のところだけ知りたいぞとか地質学を学びたいということであれば、『スノーボールアース』監修の川上紳一さんによる『宇宙137億年のなかの地球史』(PHPサイエンス・ワールド新書)を、また『凍った地球 スノーボールアースと生命進化の物語』(田近英一・著 新潮選書)をお薦めしたいのであります。っていうかうちらの住んどる地球ってほんとどうなってるんだよ。

アレな人たちを社会的にうまく包摂してやる

 なお、内田麻理香さんがあますところなく描ききった、17世紀以降のヨーロッパで花開く科学サロンと発見の時代が芳しい世界観は、Steamから出ているシミュレーションゲーム『プリンキピア』で追体験ができます。せっかくすごい研究をしているのに他の天才が人脈駆使して業績を横取りしていって歯噛みするロバート・ボイルとか最高です。

 やっぱさあ、日本も科学技術振興しようって話なら、まずカネをつけるだけじゃなくてアレな人たちを社会的にうまく包摂してやる、余計なこと言って炎上してもみんなで「でもあいつは良い奴だから」って言ってやれる社会って大事だと思うんですよね。どんな科学者も、やはり挫折したときに穴から引っ張り出してくれる奥さんや友人がいて……というのは大事な要素なんじゃないかと思うので。

 他にも「驚異の一年半」とか「奇跡の年」とか「エロス(性愛)の爆発」など、結構重要なキーワードがちりばめられている本書をぜひ楽しんでいただければと思います。

(山本 一郎)

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