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幸福な後期高齢者になるために必要な5つのこと

ここのところたて続けに、話題の人生の大先輩の方々の本を読みました。

全員が後期高齢者。曽野綾子さんだけが現在86歳と80代ですが、91歳で亡くなられた夫、三浦朱門さんと過ごされた最期の日々を書かれています。

それぞれご活躍される分野で素晴らしい業績を残されてきた方々ですが、読んでいるうちに、後期高齢者と呼ばれる年齢になってもこのように現役で活躍され、私たち後輩に力強いメッセージを送っておられる皆さんに共通する項目がみえてきたので、それを5つのポイントにまとめてみました。

1.好奇心

曽野さんは、夫の三浦朱門さんのお棺の中に、その日の朝刊を入れられました。朱門さんは亡くなる9日前に入院されるまで1年強を自宅で療養されましたが、その間の愉しみが読書。不自由な体になりながらも、自宅のベッドで熱心に本や雑誌、新聞を読まれていたそうです。

佐藤愛子さんも、新聞の人生相談を読んだり、テレビを観たりしては、内容についてあーでもない、こーでもないと考え、辛口のエッセイを書き、家族や友人と一緒になって悪口を愉しみます。

瀬戸内寂聴さんの愉しみは「食」。ご自分でプロデュースした大吟醸酒をたしなみ、今でも盛んに肉を食べられているそう。相変わらずメディアへ登場する機会も多く、何度も大病をされたにもかかわらず、95歳にしてまだまだ現役で、週刊誌だけでも4種類は読んでいるそうです。そして、今年には、88歳に寝たきり生活を経験してから始めた俳句の句集を自費出版されています。

そして、今年亡くなられた生ける聖人のような日野原医師も、なんと105歳になってから絵の勉強を始められたとのこと。「運動不足」より「感動不足」のほうが深刻だ、と書いておられます。

自分がまだ知らないことを知りたい、世の中の変化を知りたい、感動したい、新しいことに挑戦したいなど、旺盛な好奇心をもっていることが、病気や身体の衰えによる無力感や、老年期うつを克服する秘訣のようです。

2.ユーモア

あなたにもおすすめしたいのは、ユーモア、つまり笑いの効能です。

なぜなら一緒に笑うということは、何より人と人との一体感を深めてくれるものだと思うからです。

日野原さんは、ご自身の人生を変えたというよど号ハイジャック事件のときも、人質になった乗客が笑いを忘れず、事件が解決して飛行機を降りるときに、犯人に向かって「これから頑張れよ」と声をかけた人もいた、と書かれています。

佐藤愛子さんの毒舌に含まれたユーモアは有名ですが、どちらかというと厳格な印象のある曽野綾子さんも、夫の朱門さんの̪死の床でも冗談を言い合い、亡くなられてからは機知に富んだ夫の言葉が書かれたメモを読み返したと言います。

瀬戸内寂聴さんの法話では、5千人もの方々を前に話されることもあるそうですが、やはりウィットにあふれたお話で聴衆を魅了し、法話を聞き終えた人たちが帰るときには、みな大変晴れ晴れした明るい顔になっているそうです。

ユーモアがあれば、自分だけでなく周囲の人々も明るくできます。老年期になれば多くの人々が多少なりとも人の力を借りて生活をするのが普通ですが、周囲から好かれる老人になるという意味でも、ユーモアは重要でしょう。

3.仕事とお金

佐藤愛子さんは、長編小説『晩鐘』を88歳で書き上げてから、もうこれで仕事はたくさんと感じ、のんびり老後を過ごす予定だったといいます。

しかし、実際にその「のんびり」生活に入られた後は、気力がなくなり、訪ねてくる人も少なくなり、気が滅入ってきて「これは老人性ウツ病」だな、と思うほどになってしまいました。

そこに「女性セブン」の編集者が訪れて連載を依頼し、大ベストセラー『90歳。何がめでたい』が生まれ、ウツ病からも回復されたといいます。

人間は「のんびりしよう」なんて考えてはダメだということが、90歳を過ぎてよくわかりました。

日野原さんは、生涯現役の医師として活躍され、全国で講演会をなさり、また、韓国人テノール歌手ベー・チョチュルさんのプロデューサーとしても、精力的にお仕事をされました。

瀬戸内さんは僧侶としての活動はもちろん、今も作家活動を続けられ、2011年、89歳のときには『風景』で泉鏡花賞を受賞されています。

曽野さんが保守の論客として、やはり活発な文筆活動をされていることは周知のとおりですが、そんな彼女が、仕事によってお金を稼いでいたからこそできたこと、について何度か触れています。階段を上がる簡易エレベーターや、室内物干しなど、決して贅沢をしたいわけではないけれど、お金にほんの少しゆとりがあってできることも、蓄えを食いつぶすだけの生活ではなかなか思い切ってできないことでしょう。それができたのは、仕事を続けてきたこと=お金にゆとりがあることだと説明されるのです。

仕事を続けることによって社会に貢献し、お金のゆとりも増えるという意味で、体力の許す範囲でできる限り仕事を続けることは二重に意味があると思います。

4.家族

『95歳まで生きるのは幸せですか?』で一番驚いたのは、瀬戸内さんが、若いときに出奔して婚家に置きざりにした娘さんの家族(ニューヨーク在住の孫とひ孫)と交流しているということでした。

すべてを捨てて仏門に帰依したはずの瀬戸内さんですら、老年になって家族との交流を復活されています。

夫の両親、自身の母親、そして夫と、多忙の中4人もの介護をされた曽野さんの奮闘はもちろんのこと、佐藤さんも文句をいいつつ娘さん一家と二世帯住宅に暮らし、日野原さんも最期まで次男の妻の献身的な介護を受けられたそうです。

施設での介護も、ヘルパーさんも、もちろん必要ではありますが、やはり物理的なサポートだけでなく、身近で心の支えとなり、老年の生を支えてくれるのは、自分自身の家族ではないでしょうか。

5.信仰

瀬戸内さんは言うまでもなく仏教の聖職者、曽野さんはカトリック教徒、日野原さんはプロテスタントのキリスト教徒です。

佐藤さんは特定の宗教に帰依しているわけではないようですが、以前の記事にも書いたように、老年になってから霊感が強くなってあの世との交流をもたれるようになり、この世で徳を積まなくてはいけないということを繰り返し書かれています。

皆さんに共通するのはやはり、自分自身の力だけでなく、もっと大きな力に生かされているという信仰が、言葉の端々に表れていることです。

何かあったとき、やはり宗教をもっている人は強いでしょうね。何も持っていない人よりは。だけど、便利だから信仰を持ちなさいというわけにもいかないですしね。

と、瀬戸内さんは語ります。

お釈迦さまは、人間の不幸の源は「生老病死」と言われましたが、後期高齢者になればこれがすべて襲ってきます。「ピンピンコロリ」をいくら願っても、死なずに生きれば生きるほど病気になり、痛みに襲われ、自分が生きていることの意味がわからなくなってくるのだと思います。そして100歳を越えた日野原さんでさえ、いつか必ずやってくる自分の死を「恐ろしい」と断言するのです。

だからこそ、朝起きて自分が生きているということが、心から嬉しいのです。生きているからこそ、新しい一日をスタートできる。様々な出会いがある。105歳という年齢を迎えてもなお、僕にはまだ自分でも知らない自分がたくさんあり、その未知なる自分と出会えるということに、心からわくわくしているのです。

日野原さんのこの言葉は、おそらく、聖書の「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」(コリントの信徒への手紙Ⅱ 4章16節)にインスパイア―されているのではないかと思いますが、死を目前にしてこのようなお話ができるのは、やはり長年の信仰に裏打ちされた生活の果実だと思います。

瀬戸内さんではありませんが、功利的な意味でも、100年生活を生き抜くのに宗教は「便利」なのではないでしょうか。

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