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ヘアーサロンでカット料金5万4千円はアリなのか? - 本田康博(証券アナリスト)

先日あるスタイリストが発表した内容が、美容業関係者等の間で大いに注目を浴びた。
都内でおそらく最も流行に敏感でお洒落な人が集まる街、表参道に店を構えるヘアーサロンLily代表の柳本剛氏が、その人だ。「くせ毛・縮毛矯正の匠」(同サロンWebサイトより)と称されるそのカリスマ美容師が新たに設定した新料金が、衝撃だった。

カット料金5万4千円。

これは、都内の平均的なヘアーサロンの平均的なスタイリスト(美容師)によるカット料金の5~10倍、あるいはそれ以上の金額だろう。同じ表参道にある筆者が通うヘアーサロンなら、カット料金は7千円だ。5万4千円というのは、おそらく多くの人にとって、想像の範囲を超えた価格設定ではないだろうか。

■カット料金5万4千円はあり得ない?

この意欲的な料金設定について、当然のことながら賛否両論が沸き起こった。同業のスタイリスト達からは、日本で未だ誰も挑戦していない高みを目指すことを称賛する声が多かったものの、一般からは「高すぎ」「あり得ない」という評価が目立った。

実際、物価上昇の見通しもはっきりしない中、サービス業の賃金が低く抑えられている日本でサービスの値段をこれほど大胆に上げていくのは、普通であれば軽々にはできないことだろう。

民間エコノミストのコンセンサスを調べたESPフォーキャスト調査(2017年11月調査、日本経済研究センター)では、2018年度の最新の物価上昇予測値は0.83%で、2月の同調査予測値1.01%から0.2ポイント近くも低下するダウントレンドだ。

また、年次の消費者物価指数で見ると、直近10年間の物価上昇率(年率換算)は、総合0.27%に対しカット代0.43%。同じ比率で今後一年間のカット料金の物価上昇率が推移すると仮定すると、カット料金の上昇率予測値は、概算で1.3%程度となる。

そうした平均的なカット料金の上昇スピードから考えれば、5万4千円への値上げが「あり得ない」という言い分は、もっともらしく聞こえるかもしれない。それも一つの考え方ではあろう。

■トレンドは「贅沢消費」

この価格設定が本当に妥当であったかどうか答えが分かるのはしばらく先になるが、おそらくLily柳本氏自身は確信を持って今回の価格改定を決めたはずだ。いや、むしろこの価格だからこそ埋められる顧客ニーズがあるのだと、きっとそう考えていたことだろう。大胆な値上げによって、平均的なヘアーサロン利用客ではない、まったく別の層にターゲットを絞ったのだ。

実はいま、富裕層向けの高額商品が人気なのだと言う。

例えば、JR九州が運行するクルーズトレイン「ななつ星in九州」はその最たるものだろう。クルーズトレインとは、文字通り船旅のようにクルーズする列車を意味しており、通常の旅客列車とは一線を画すよう新たに定義されたものだ。従来の鉄道利用料金とは大きくかい離した高額料金が設定されている。

2013年10月に運行開始した「ななつ星in九州」の売れ行きは、今も極めて好調だ。日経トレンディネットによれば、最も高額に設定された3泊4日コースの料金は、最大95万円/人。当初より40万円値上げしたにもかかわらず、倍率166倍と凄まじい人気ぶりだと言う。どんなにななつ星に興味があっても、一般の旅行客には95万円は高嶺の花である。だが、そんなことお構いなしに、どうしても乗りたい客がななつ星に殺到しているのだ。(参考:「贅沢消費を生み出す商品は「自己否定」から生まれる~TREND EXPO 講演レポート」、日経トレンディネット、2017/11/14)

そして、こうした高額な「贅沢消費」を支えているのが、富裕層の劇的な増加である。アベノミクスによる超緩和的な経済環境の下、株式や不動産等の資産価格の上昇により、この数年で大きく資産を積み増した人は少なくない。

野村総合研究所(ニュースリリース、2016/11/28)によれば、2011年に81万世帯だった純金融資産1億円以上の富裕層(5億円以上の超富裕層含む)は、4年後の2015年には122万世帯にまで増加したと推計されている。倍率で言えば、実に1.5倍にもなるのだ。

元々富裕層向けの商品やサービスが充実していない日本で富裕層が激増したことで、良質の「贅沢消費」へのニーズは、想像以上に高まっているのかもしれない。

■富裕層ビジネスはヘアーサロンに馴染むのか?

話をヘアーサロンに戻そう。

上で触れたように、カット5万4千円という価格設定は、主要な顧客ターゲットを、これまでの上位マス層を含んだ比較的大きなグループから、富裕層のみに絞り込むことに主眼を置いたものであろう。対象顧客を富裕層に明確化することで、マス層や上位マス層を顧客ターゲットとする他のヘアーサロンとの競合からの離脱を図っているわけだ。

そして、その上で、ななつ星がななつ星にしかできない体験を提供することで高額料金を可能としたように、高額料金を課すヘアーサロンも、そこでしか得られない体験を提供できて初めて、持続可能なビジネスへと昇華させることができるのだろう。

Lily柳本氏の挑戦は、富裕層ビジネスがヘアーサロンに馴染むのかを検証する社会実験として、大いに意義のあるものだと言えよう。

【参考記事】
■中央競馬の馬主は本当にお金持ちなのか?(本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/51644103-20170707.html
■東京が”世界で一番”生活費が高いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/50265593-20161221.html
■スターバックスコーヒーはドトールに負けたのか?「顧客満足度」の不都合な真実(本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/50623895-20170210.html
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/47352836-20151229.html
■映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/48046767-20160310.html

本田康博 証券アナリスト・馬主

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