記事

『ナショナリズム』に鈍感な韓国の大学キャンパス - 崔 碩栄 (ジャーナリスト)

 現代社会において、過度なナショナリズムや民族主義は、どの国家においても警戒対象とみなされている。国家間の往来、交流、移住などが特別な出来事ではなくなった現在、民族や国家を強調することは時代錯誤で、利己的な思想だという意見が多勢である。

 日本においてもこれは例外ではなく、国粋主義的な、あるいは民族の優位性を語るような発言をする人が居たとすれば、テレビや雑誌が批判を繰り広げるのが常である。近年、「レイシスト」という単語が頻繁にマスコミに取り上げられ、問題視されていることがこの実例である。
韓国においても、この風潮については同様である。ナショナリズムであったり、民族主義については、マスコミでも問題視され、知識人たちが敏感に反応するキーワードとなっている。

 だが、韓国のそれには、他国とは大きな差異があることを指摘したい。つまり、韓国社会が敏感に反発するナショナリズムや民族主義は、「韓国人に向けられた、他国におけるナショナリズムや民族主義」であって、韓国社会が外国人に対して示すそれについては、相当に、鈍感であるということだ。これを如実に物語る例を、大学のキャンパス内でみることができる。

外国人をざわつかせる大学スローガン――「民族」「愛国」「解放」

 韓国では大学ごとに学生会が作り、大学をあげて使われている「スローガン」がある。日本でも、例えば甲子園の高校野球の応援などをみていると「常勝軍団●●高校」であったり「絶対優勝 ××高校」といった、短くインパクトのある文言の横断幕が掲げられている。

 組織の目標や方向性を示したスローガン、韓国では運動部だけではなく多くの大学において一般的に存在しているのだ。

 これらのスローガンは、横断幕やポスターなどで宣伝され、キャンパス内のいたるところで目にすることが出来る。キャンパスを歩けば当然目に入って来るこれらのスローガンは、学生たちはもちろんのこと、大学とは無関係な一般の人々にも広く知られている。それだけこれらのスローガンは様々な場面で謳われているのだ。大学のスローガンは、その大学、そしてそこに通う学生たちのイメージそのものといってもいい。
 
 ところで、これらのスローガンの中には、外国から来た留学生たちが読んだらぎょっとするであろう内容が多い。「民族」や「愛国」などナショナリズムを強く押し出したようなスローガンである。驚かれるだろうが、韓国には全国数十の大学でこれらの言葉をスローガンに用いている。フィギュアスケートで有名なキムヨナが卒業した高麗大学のスローガン「民族高大(高麗大学)」や、韓流スター、イヨンエの卒業した漢陽大学のスローガン「愛国漢陽」は代表的な例である。


キャンパス内の階段に大きな文字で書かれている『愛国漢陽』という文字

 仮に、日本の大学がこのようなスローガンを掲げている状況を想像してみて欲しい。「愛国 慶應」、「民族 早稲田」といったスローガンが、それぞれの大学キャンパスのあちらこちらで宣伝され、早慶戦の応援席で学生たちがそのスローガンを叫んでいる姿を。少なくとも私は日本の大学においてこのようなスローガンを見たり、聞いたりした記憶はない。万が一、私がそのようなものを目にしていたのなら、ものすごい違和感を覚え、同時にその国粋主義的な、民族主義的なフレーズに嫌悪感を覚えていただろう。そして、スローガンに書かれた国、民族の外部の人間として、不快感を覚えていたに違いない。

 問題は、韓国の大学生の大部分が、この問題の深刻性を認識さえしていないということだ。特別に愛国主義というわけでもなく、ナショナリズム性向というわけでもない学生たちですら、抵抗感どころか違和感さえも覚えずに、当たり前のように大学祭や体育大会でこれらのスローガンを叫んでいるのだ。「民族」だとか「愛国」というスローガンが、朝鮮民族以外の人々に、韓国人以外の人々に、どのような印象を与えるかということに対して「鈍感」であると言わざるを得ない。

 実のところ、私自身も韓国に居た頃には、いくつもの学校の名前に「民族」や「愛国」といった単語が含まれるスローガンを見たり、聞いたりしていたわけであるが、問題意識を持つどころか、何の違和感も覚えずにいた。第3者、つまり外国人の立場から見たら、それがどんなにおかしな風景なのか、考えたことがなかったのである。

私が、この問題について考えるようになったのは、日本の大学で、外国人留学生という立場でキャンパスの中を歩いた経験からだ。日本の大学キャンパスでは民族とか愛国のような言葉を強調する表現を一度も目にしたことがないことから、韓国に来ている外国人留学生たちはどんなふうに感じているのだろうか? 他の国にもこのようなスローガンを掲げている大学があるだろうか? そんな疑問が芽生えたのだ。

 ドイツに留学した経験を持つ韓国の友人にこの疑問をぶつけてみた。ドイツの大学で韓国の大学にあるようなスローガンが掲げられているのを見たことがあるか、と。彼は「ありえない」と首を振りながら答えた。あんなスローガンを掲げたら、極右かナチス追従者だと疑われて、社会問題になる、と。アメリカに留学した経験を持つ知人に聞いてみても答えは同じだった。

 一般社会よりも、思想について自由で寛容だといわれるキャンパスだが、そこですら、ナショナリズムを謳うようなスローガンを掲げたならば、レイシストと見なされることは免れないというのだ。はっきり言えば、韓国の多くの大学が当然のように掲げているスローガンは多くの先進国の常識に照らし合わせれば「非常識」だということだ。


韓国の大学の学生会が掲げているスローガンの例

軍事政権時代の学生運動の痕跡

 このような「非常識な」スローガンは何故韓国の大学で使用され、定着しているのか? 私の考えでは、これらは、長い間、韓国を支配してきた「反共」意識、そして軍事政権に抵抗した学生運動の「歴史」を反映しているのではないかと思う。

 朝鮮戦争以降、北朝鮮に対する嫌悪、つまり、強烈な「反共」意識が韓国社会を支配していた。北朝鮮の侵攻により100万人以上の死傷者が出た韓国の立場とすれば、当然の反応だ。そして、その状況下において北朝鮮に対抗するためには、国民の心を一つにする必要があると掲げられたのが「愛国」であったり「団結」といったスローガンである。

 休戦協定が結ばれた後も、いわゆる冷戦の期間、韓国は軍人出身の大統領が政権を握り続け、「愛国」を語ることは、「善」であり「正義」であった。小学校で毎週月曜日の朝に開かれる朝礼は「愛国朝礼」と呼ばれるほどに、当時それはごく当たり前の光景だったのだ。

 一方で、軍事政権下における弾圧的な雰囲気に、当時の大学生たちは反発した。反共を強調していた軍事政権に反発した大学生による学生運動は、北朝鮮との友好、関係回復、統一を目指す方向へと進んだ。結果、彼らは「民族」を強調し始めた。朝鮮半島を統一する、つまり北朝鮮と一つになるために「民族」の同一性を強調し親密感、同質感をアピールしたのである。同時に、韓国がアメリカ帝国主義の支配下にあるとみる立場からは「解放」といったスローガンが生まれた。

 これらのスローガンは70年代から学生運動が盛り上がりを見せた80年代末までデモが繰り広げる現場に現れた。そしてこれらのスローガンは学生会、そして学校のアイデンティティとして定着、現在まで継承されているのだ。

 実のところ、今の韓国の若者層の間には「民族」や「愛国」を強調することに対して拒否感を持つ者が少なくない。私が残念に思うのは、社会的な風潮はそうであるのに、キャンパスの中のスローガンに対して異議を唱えたり、懸念を示す声がほとんど無いということだ。私が、この問題を大学生たちにぶつけてみると、まず一番に出てくるのが「今まで考えたこともなかった」という反応である。そして、どう思うかと聞いてみると「いわれてみればおかしいですよね」という反応が大部分だ。大学の中にいる「進歩的」だと自称する学生や学者たちもなぜかこの問題には「鈍感」だ。

韓国社会は国際化、多文化ブームそれでも、キャンパス内に染み付いた国粋主義には「鈍感」

 学生運動の嵐が吹き荒れていた80年代までの韓国はまだ海外旅行や留学は自由ではなかったが、今は21世紀だ。短期の語学研修、交換留学生制度などを通じて、韓国の若者が世界各国に出かけている。最近では中学や高校の課程を海外で修める幼い学生も少なくない。

 一方で、韓国の大学や企業もグローバル人材を受け入れ、採用する方策をとっている。そして韓国政府もこの流れを支援するため、多文化共生や差別問題への対応など、外国人に対するケアを行うと同時に、国民の意識改革を推進している。

 だが、依然としてキャンパスの中に染み付いた「民族」や「愛国」といったスローガンは健在だ。何よりも深刻なのは、国際化社会を生きているはずの若者たちが、そこに問題があるということにすら気付けずにいるという、笑えない惨状だ。

 このような意識のまま、このような環境で教育を受けた彼らが、やがて国際社会に出たときに、その社会の一員として敬意をもって受け入れてもらえる日はくるのだろうか?

あわせて読みたい

「韓国」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    小池氏の辞任劇は「死んだふり」

    NEWSポストセブン

  2. 2

    ユニクロの闇は日本企業の行く末

    fujipon

  3. 3

    よしのり氏「杉村太蔵見直した」

    小林よしのり

  4. 4

    朝日新聞は憲法改正の認識が甘い

    小林よしのり

  5. 5

    「アベ辞めろ」入らぬ流行語大賞

    NEWSポストセブン

  6. 6

    希望 支持率2.7%で下げ止まらず

    三浦博史

  7. 7

    大阪市長の正論を非難する朝日

    木走正水(きばしりまさみず)

  8. 8

    進次郎氏 総理を縛る国会に指摘

    宮崎正

  9. 9

    三田佳子次男 元乃木坂に暴行か

    女性自身

  10. 10

    改名して出馬 「最強の無所属」

    畠山理仁

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。