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中越地震から13年 異例の全村避難を決断、そして帰村を実現させた村長の言葉



 今から13年前の2004年10月23日午後5時56分、最大震度7を記録した新潟県中越地震が発生した。死者68人、重軽傷者は4795人に上り、余震の中、避難者は最大12万人を超えた。また、建物への被害は全壊3175棟、半壊・一部破損が11万8429棟に達した。



 そんな状況下にあって、命を守るために力を尽くした人々がいた。山古志村の村長を務めた長島忠美氏もその一人。地震によって村へと通じる道は全て寸断され、14の集落が完全に孤立した。壊滅的な状態を目の当たりにした長島氏は、2167人の全ての村民を長岡市に避難させる"全村避難"をいち早く決断する。再び帰ることができるかどうかさえ分からない状況の中、村を捨てるも同然の、異例の措置だった。

 着の身着のまま村を後にした住民たちは、長岡市内の避難所での生活を余儀なくされた。長島氏は村への一時帰宅を要請し、貴重品などを持ち出すために2時間限りの帰宅が許された。車に乗り込み山古志村へと向かう村民の誘導も、長島氏自ら行った。



 アルパカと触れ合えるということで人気の観光スポット・山古志アルパカ村の村長、青木勝氏は、長島氏のことをよく知る人物の一人。当時、山古志村の企画課長として、長島氏と共に全村避難に尽力した。 

そんな青木氏は、「多分、長島は全部の被災状況を確認して、避難を決断したのではない。多分、本人が考えたのは、ここでこの人たちを守れるかどうかだ。村から外に通じる道路は全部使えなくて、集落同士の連絡も取れなくて。そういう状況の中で、どうすればいいかってことを決断する。苦渋の決断というが、本人からしてみれば、それ以外ないという決断だと思う」と振り返る。



 元経産省官僚でコンサルタントの宇佐美典也氏は「一日で決断したというのは重い。官僚組織はトップが言ってくれないと、全員一丸で動けない。東日本大震災の時に比べても早いと思う」と、長島氏の決断を評価する。



 さらに長島氏が村民のために提言したのが「集落コミュニティーの再構築」だった。いくつかの避難所にバラバラになっていた村民を、元々住んでいた集落ごとにまとめ、同じ避難所で過ごせるようにしたのだ。顔見知りの"ご近所さん"たちと、震災前の生活に少しでも近づけるように努めたのだ。

 東京大学大学院の澤田康幸教授によると、阪神淡路大震災の時には、震災前のコミュニティーを考慮しないまま、仮設住宅への入居を抽選で進めた結果、孤独死・自殺の問題が顕在化したという。長島氏の提案によって、山古志の人々はコミュニティーの人間関係・家族関係を維持することができた。



 2005年4月、山古志村は長岡市に編入合併した。村長を退任した長島氏は市の復興管理監に就任した。さらにその5カ月後、2005年の衆議院議員選挙の比例代表北陸信越ブロックから立候補、初当選を果たした。



 国会議員になった長島氏は、東日本大震災後の国会で「仮設住宅の生活をどう支えるのか。仮設住宅に移すだけではない。仕事がない。生業ができない。この人たちの生活をどう支える覚悟があるのか。劣悪な環境の中に置いておいて、これ以上犠牲者が増えてきたら、私も責任を取らないといけない立場だ。国会議員だから、全員がそうだ。だから言っている」と当時の、菅総理に詰め寄った。

 2014年9月には復興副大臣にも就任、2016年8月に退任するまで、山古志村での経験を活かし、東北の復興に取り組んだ。



 「帰ろう山古志へ」を合言葉に、住民が3年で帰村するという目標を掲げていた長島氏。最終的に完了したのは目標から1年2カ月遅れの2007年12月だったが、道が寸断されていたこともあり、現場の担当者が「短くても5年から7年、下手をしたら10年はかかる」と言われていた中での実現だった。

 旧山古志村では、錦鯉の養殖「養鯉業」が盛んだった。地震では多くの鯉が死に、産業は壊滅的な打撃を受けた。しかし、生き残った鯉を繁殖させ、見事に復活。今では海外からの客も多いという。「中国や台湾、イギリスからもバイヤーが来て、"いくら?"と(笑)」(養鯉業の星野吟二さん)。



 また、内閣府の調査によると、衛星携帯電話がある集落は2005年には1.5%だったが、2013年には7.4%に増加している。山古志地域でもそれぞれの集落に衛星携帯電話が設置され、年に1度通信訓練が行われている。


 長島氏と復興について語り合ったことがあるという青木氏は「長島が最初に言ったのは、中山間地域である山古志が復旧・復興するのは、阪神淡路みたいに住宅を作ってやればそれでいいということではないんだと。そこで暮らす歴史・文化までちゃんと復興しなければ、山では暮らせないと。その中にはに闘牛や錦鯉もある。山古志の人たちのモチベーションきっちりと確保されなければ絵に描いた餅になるということを理解していたということ」と振り返る。



 「特に山古志みたいに濃密に住民たちが何百年も暮らしてきた所について言えば、今生きている人だけが山古志の住民ではないということだ。それにはまず、そこに木も草も動物たちも含めるし、もっと言えば世代を超えた何百年もの人間のつながりそのものがそこにあるから地域を守らないといけない」。



 長島氏は今年8月、山古志地域の成人式に出席した後、体調不良を訴え入院。66歳で帰らぬ人となった。亡くなる前の7月25日、Twitterに「全国各地で豪雨に襲われました。新潟も至るところで土砂崩れ、浸水被害に見舞われました。7月に二回も浸水したところもあります。復旧を急ぐのはもちろんですが、恒久的な対策も求められています。命と財産を守れる地域づくりが必要です」と投稿していた長島氏。

 先月30日には長岡市内で長島氏のお別れの会が行われ、伊吹文明元衆議院議長や自民党の二階俊博幹事長も出席し、その早過ぎる死を惜しんだ。



 自然災害の多い日本。長島氏の言葉や行動を教訓にしていきたい。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

▶『AbemaPrime』は月~金、21時から放送中!

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