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自己主張強めな「筑附」の神童は、大人になってどうなったのか? 片山さつき、檀ふみ、「友人の友人はアルカイダ」の人まで - 小林 哲夫

思いっきり「首席」を自慢する神童

 お受験ママの世界では「つくふ」と呼ばれている、筑波大学附属小学校、中学校、高校(以下、筑附)。前身は東京教育大学附属、東京高等師範学校附属である。拙著『神童は大人になってどうなったのか』(太田出版)で探し求めた筑附神童は、自己顕示欲がなかなか旺盛だった。そして、発言がユニークである。

 試験で1番。これは神童の証しの1つであるならば、このOGをおいていない。参議院議員の片山さつき(1978年卒)である。以下、故・鳩山邦夫(1967年卒)とのやりとり。

「まだ財務省の役人だった片山さつきが『鳩山先生は高校時代、 全国模試で1位、1位、3位、1位だったそうですね』と聞くと、 邦夫は自慢そうに『そうだ』と答えた。すると片山さつきが『私は1位、1位、1位、1位でした』と勝ち誇ったように言ったというのです」(「日刊ゲンダイ」2010年3月18日号)


片山さつき氏

 鳩山はこれまでメディアで模試1位自慢を繰り返していた。この口の軽さはしばしば失言を招く。最たるものがこれである。

「私の友人の友人がアルカイダなんですね」(2007年10月、日本外国特派員協会の講演)

 もっとも、やばい発言は片山のほうが多い。最近では、四国を「離れ小島」だと言ってのけた(2017年6月、テレビ朝日「朝まで生テレビ!」)。

 試験で1番をたくさんとることで「首席」という称号が与えられる。弁護士の山口真由(2002年卒)は思いっきり首席を自慢する。

「私は東京大学法学部に現役合格し、大学3年生のときに司法試験に一発合格、大学4年生のときには国家公務員Ⅰ種試験(現・国家公務員総合職試験)にも一発合格しました。東大では、卒業までの4年間で162単位を履修して、そのすべてにおいて『優』の評価を得ました。教養科目はすべてが、ほぼ満点。法学部の成績優秀者として『東大総長賞』を受賞し、首席で卒業しました」(『東大首席弁護士が実践! 誰でもできる<完全独学>勉強術』、SB新書)

 山口は「首席」と銘打ったタイトルの本を10冊近く出し、これがよく売れた。司法試験の勉強をこう語っている。

「一日に勉強すること、なんと19時間半。そしてそれを2週間続けたのです。一日24時間のうち、食事は各20分×3でトータル1時間。入浴に20分、毎晩母に電話をかけるのに10分、そして睡眠は3時間」(『東大首席弁護士が教える超速『7回読み』勉強法』、PHP研究所)
 
  こういうのをガリ勉と言う。

 同書の副題「小学生から社会人まで今すぐ使える!」か、はなはだ疑問だ。猛勉強に耐えうる精神力、体力、理解力も、筑附出身者は兼ね備えているのだろうか。

 そうでもないらしい。女優の檀ふみ(1973年卒)は予備校入試を替え玉受験でパスした。勉強に自信がなかったようだ。40年以上前、こんな告白をしている。


檀ふみ氏

檀ふみは「S予備校」を替え玉受験

「私はM・Hさんという、東大に合格した人に受けてもらった。こうして『名門』S予備校に入ったのはよいが、わずか千円ばかりの受験料を出し惜しみ、M・Hさんが、まさかの場合にと、自分の名で出しておいた願書を使ったために、1年間、M・Hの名で通さなくてはならなかった」(「サンデー毎日」1974年4月14日号)。

  S予備校といえば、いまの駿台予備学校しかない。もちろん、不正であり、事の真相がばれたら、退学処分となる。訴えられれば罪に問われても仕方がない。檀は当時、NHKの「連想ゲーム」に出演していた。いまならば、ネットでお祭り騒ぎとなり、NHKから追い出されてしまう。檀にとって黒歴史だろうが、1970年代でよかった。

 檀は翌年、慶應義塾大学経済学部に入学した。

「迷言」を連発する筑附神童



平川祐弘氏

 筑附出身者は思ったことをつい口にしてしまうらしい。

 2016年、東京大名誉教授の平川祐弘(1950年卒)は、首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の有識者として、天皇の生前退位について反対の立場をとり、ヒアリングの後、記者団にむかってこう話した。

「ご自分で定義された天皇の役割、拡大された役割を絶対的条件にして、それを果たせないから退位したいというのは、ちょっとおかしい」

 素直に聞くと、天皇がしようとしていることはおかしい、と聞こえてしまう。天皇の生前退位は、マスコミ各社世論調査で7割以上の国民から支持を得ている。かなり分が悪い。

 間が悪いOBもいる。東京大名誉教授の班目(まだらめ)春樹(1966年卒)だ。

 2011年3月11日、東日本大震災により東京電力福島第一原子力発電所で事故が発生したとき、内閣府原子力安全委員会委員長をつとめていた。事故翌日、班目は菅直人首相(当時)に、「総理、原発は大丈夫なんです。構造上爆発しません」と説明したが、数時間後、原子炉建屋で水素爆発が起こってしまう。班目は「あー」としか答えられなかった。反原発デモでは「マダラメ、デタラメ」と揶揄されてしまう。

 あまりスマートでない筑附神童話が続いたので、同校の名誉を回復しよう。

130年の歴史のなかで数々の神童を世に送り出した


小川是氏

 出身者には政治家より官僚のほうがはるかに多く、大物次官も見られる。大蔵省(財務省)事務次官になったのが、山際正道(1919年卒)、澄田智(1934年卒)、篠沢恭助(1955年卒)、小川是(小川は1954年附属中学卒)。篠沢は小川に次官のバトンを渡し、山際と澄田は日本銀行総裁になった。

 外交にも強かった。外務事務次官には下田武三(1925年卒)、東郷文彦(1932年卒)がいる。2人ともアメリカ大使に栄転した。フランス大使に2代続けて就任ということもあった。1999~2002年の小倉和夫(1957年卒)、2002~2006年の平林博(1959年卒)である。通産省出身の川口順子(1960年卒)は小泉純一郎政権時代、外務大臣を2期つとめた。 

 学者の世界にもごっそりと人材を送った。経済学の世界で、「東大48年三羽烏」と命名された学者たちがいる。筑附1965年卒の同級生、石川経夫、奥野正寛、岩井克人だ。1970年代に奥野はスタンフォード大、石川はジョンズ・ホプキンス大、岩井はマサチューセッツ工科大でPh.Dを取得し、近代経済学分野で最先端を走っている(石川は故人)。


苅部直氏

 ほかに社会学の吉見俊哉 (1976年卒)、政治学の苅部直(1983年卒)など、発信力が高い学者がたくさんいる。

 また、元朝日新聞記者の早野透(1964年卒)と竹信三恵子(1972年卒)、サイエンスライターの竹内薫(1979年卒)は大学で教えられるほど高い専門知識を持っている。

 筑附の歴史はやたら古い。前身の高等師範学校尋常中学科は1888年に開学した。130年の歴史のなかで数々の神童を生んできた。そして、彼らの発言を聞くだけでも楽しい。この校風はそのまま続いてほしい。

(敬称略)

(小林 哲夫)

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