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ソフトバンクのペッパーは結局失敗なのか

一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授 藤川 佳則=文 横田忠英=構成

■新しい価値づくりの「レンズ」で見る

2014年、世界初の感情を認識するヒト型ロボットとして誕生したソフトバンクグループの「Pepper(ペッパー)」。翌年には19万8000円で販売され、連日即時完売する様子が話題になりました。

ところが先日、ペッパーの開発・販売元であるソフトバンクロボティクスが、約300億円の債務超過だと報じられました。この事実は、従来の価値づくりの「レンズ」で見ると、失敗談に見えるかもしれません。しかし、新しい価値づくりの「レンズ」で見ると、将来の可能性が見えてきます。

私の専門である「サービス・マネジメント」という学問分野では、従来の価値づくりの「レンズ」を「グッズ・ドミナント・ロジック」(G-Dロジック)、新しい価値づくりの「レンズ」を「サービス・ドミナント・ロジック」(S-Dロジック)と言います。それぞれの違いに触れる前に、背景となる環境の変化を説明します。


人型ロボット「Pepper」はホテルや空港などでの案内もサポートする。(時事通信フォト=写真)

■SHIFT、MELT、TILTというキーワード

今、世界規模で起きている現象は、SHIFT、MELT、TILTの3つのキーワードで表すことができます。SHIFTとは、世界経済がサービス化していく現象のことです。どんな国でも、経済が発展すると労働人口やGDPに占めるサービス業の割合は増えていきます。世界各国の統計を見ても、7~8割をサービス業が占めています。

残る2~3割の製造業においてもサービス化が進んでいます。例えば、アップルはiPhoneを製造していますが、同時にアプリのプラットフォームを運営し、アップルストアという小売業も展開しています。富士通やIBMも、かつては売り上げの大半をハードウエアが占めていましたが、現在はサービスが大半を占めています。主な活動はコンサルティングであり、ハードウエアはその道具という位置づけです。こうしてみると、もはや「○○業」と分けること自体にあまり意味がないことがわかります。これが、業界の垣根がなくなるMELTという現象です。

最後のTILTは、世界経済の中心が北半球から南半球に「傾く」という現象です。GEの経営アドバイザーなどで有名なラム・チャラン氏の『これからの経営は「南」から学べ』によれば、22年には世界の中間層が貧困層を上回り、そのほとんどは北緯31度より南で生まれ育つとあります。

これらの現象を踏まえると、私たちが今まで当たり前だと思っていたところに世界経済の中心はない、という意識を持って、これからの価値づくりを考える必要があることがわかります。

■なぜ無料で配布してビジネスを拡大できるのか

では、G-DロジックとS-Dロジックの違いはどこにあるのでしょうか。それは、価値づくりの世界観にあり、(1)サービス観、(1)顧客像、(3)価値概念、の3点が挙げられます。

G-Dロジックでは、「モノ」と「モノ以外の何か」(サービス)を分けて考えます。産業分類上、第1次産業、第2次産業には、それぞれ農林水産業、鉱工業という明確な定義があるのに対して、第3次産業(第1次、第2次産業以外)には明確な定義がないのは、その表れといえます。

また、企業は製品やサービスに価値を創り込む主体、顧客はその価値を認めて対価を払い、消費する主体として位置づけます。経営活動のゴールは、顧客に製品やサービスが渡る瞬間に発生する「交換価値」を最大化することになります。

しかし、先述のように、製造業(モノ)とサービス業を分けて考えることは難しくなっています。また、価値づくりは企業の中だけでなく、顧客を交えて行われるケースが増えています。例えば、シェアリングエコノミーを代表するUberやAirbnbは、自社では車両や建物を所有せず、顧客の座席や部屋を資源として組み合わせて活用することで、価値づくりが行われています。

そこで、S-Dロジックでは、世の中の経済活動をすべてサービスと捉え、「モノを伴うサービス」と「モノを伴わないサービス」があるとします。そして、顧客が製品やサービスを使う過程で、企業の活動と顧客の活動がともに価値を生むと考えます。企業のみでは価値の最大化を実現できず、顧客と価値を共創するのです。経営活動のゴールは、交換価値の最大化に留まらず、その後の「使用価値」や、共創の現場で顧客が個別に認知する「文脈価値」を最大化することになります。

従来のバリューチェーン(価値連鎖)は、上流の供給業者から中間業者へ、そして下流の最終消費者に至るまで、徐々に交換価値が追加されていく過程を連鎖として表しており、G-Dロジックに基づく考え方といえます。

■ペッパーは「プラットフォーム」を立ち上げた

G-Dロジックが、企業が一方的に価値をつくり、顧客に対価を払ってもらって完結するのに対して、S-Dロジックは、顧客と常時つながりながら、顧客の行動も価値づくりに貢献するという価値共創の考え方です。これを複数の顧客サイドに展開すると、プラットフォーム型のビジネスになります。

例えばAirbnbの場合、貸す側と借りる側の2サイドで始めたビジネスに、保険会社や地元レストランなどのローカルビジネス、さらに観光産業なども巻き込むことで「マルチサイドプラットフォーム」に発展しつつあります。

ペッパーも、単にモノを売るというG-Dロジックではなく、S-Dロジックで捉えるべきでしょう。ペッパーの価格が安いのは、ペッパーの販売から利益を得るよりも、広く普及させることを重視しているからです。ペッパーはクラウドAIのため、普及台数が増えてコミュニケーション機会が増えるほど、様々な学習機会を通じて集合知が集積されます。その結果、今後さまざまな顧客サイドを巻き込んだビジネスが立ち上がる可能性があります。

■1本3000円のストローを売る方法論

最後に、S-Dロジックの事例として、スイスのベスターガード・フランセン社の「ライフストロー」という商品を紹介します。

汚れた水に指して吸うと、フィルターによって99.9999%のバクテリアと有害物質が除去できる、携帯型の浄水器です。約3000円の商品で、アマゾンでも購入できます。この商品のビジネスをG-Dロジックで考えると、この商品に3000円の価値を認めてくれる人に向けて販売することになります。そうすると、顧客は登山やキャンプをする人や、地方自治体の災害対策本部などに限られ、ニッチ商品にしかなりません。

では、S-Dロジックで捉えるとどうなるでしょうか。この商品を必要とする人は、実は地球上に10億人も存在します。きれいな水が確保できない途上国の人々です。彼らに提供できれば、ビジネス規模は拡大します。しかし、彼らには3000円を払うことはできません。そこでベスターガード社は、ケニアの人々に、この商品を無料で配る活動を始めました。

彼らは、近くの川や水たまりなどから汚い水を汲んできて、付近の木を切って燃やし、煮沸消毒して生活用水として使っています。ライフストローがあれば、木を切って燃やさずに済み、二酸化炭素排出量を削減できます。そのことを国連やEUに提案し、ライフストローを無償提供する代わりに二酸化炭素排出権(カーボンオフセット)を譲り受け、一般企業に販売する仕組みを考えたのです。

企業は、ベスターガード社の排出権を購入することで、このプロジェクトを支援していることをアピールすることができます。ケニアの人々、国連やEU、一般企業と価値を共創することにより、同社はライフストローのビジネス規模を拡大することに成功しました。

このように、さまざまな顧客を巻き込んで使用価値や文脈価値を共創するS-Dロジックの「レンズ」をかけてみると、視界が広く開けるのではないかと思います。

(一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授 藤川 佳則 構成=横田忠英 写真=時事通信フォト)

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