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弁護士「貧富」への認識というテーマ

かつてのように左右(イデオロギー)ではなく、いまや上下(ベテランvs若手)で分裂していく(している)という見方は、弁護士会の一つの現実を言い当てています(「『左傾』とされた日弁連の本当の危機」 「弁護士会意思表明がはらむ『危機』」)。ただ、実はこれよりも、いまやある意味、もっと露骨に、そして切実に会員が感じ始めている分裂は、やはり貧富ではないか、と思います。

こう言うと、弁護士の中からは、この仕事では個々の会員間にもともと経済的な格差があった、ということの方を強調される人が現れます。それは承知のうえでいえば、それが「貧富」という言葉の程度においてもさることながら、その広がりにおいても、明らかに過去と違うことの方に注目して当然といわなければなりません。

「改革」がもたらした弁護士の経済状況は、将来的な見通しが立たないこの仕事の経済的な沈下への危機を、広く会員に共有させるものになり、それを共有しない会員との違いを浮き彫りにした、といえます。

どちらかといえば、「苦しい」「苦しい」とは口にしない、この業界の人間でも、本音の部分では違うと感じる声は、いまや当たり前に耳にしますし、個々の会員によって感じ方には違いがあっても、時々、公にされる収入に関する調査では伝え切れないような業界そのものの懐事情を、それこそ肌感覚で感じている方は少なくないように見受けられます。

いまさらこの原因である、弁護士過剰を生み出した「改革」に対する、恨み節を言ったところでどうにもならない、という諦念は、もちろん多くの弁護士のなかにあります。しかし、その一方で、こうしたなか、これまで以上に、弁護士会員のある目線が強まっている感があります。それは、弁護士会主導層の現状認識に対する、疑念を伴った会員の目線です。

見えていないふりをしているのか、それとも本当に見えていないのか――。「改革」が生み出した経済的に苦しむ会員のその深刻さ、もはや大きな貧富の格差が生まれている現実を、分かっていながらそこに注目しない、あるいは楽観視しているのか、それとも本当に気付いていないのか、という疑念。ただ、このことを弁護士会員にふれば、いずれにしても弁護士会主導層に対する同じ目線に辿りついてしまうのです。

つまり、経済的に影響がない、もしくは深刻でない立場だからなのだ、と。要はそうであればこそ、「改革」の旗を振った手前もあって、他人事を決め込むもよし、となるし、あるいは感覚がマヒしたような他人事になってもおかしくない、という捉え方です。

まさに、そんな疑念を刺激するような、日弁連会長経験者の雑誌インタビューでの発言が、弁護士のなかで昨年話題となりました。

「若手は生活が苦しい、今弁護士になっても食えないというような話が当たり前のように語られますよね。それは大変だと当の若手に聞き取り調査をしても、僕の周りには、そんな弁護士はいませんという返答ばかりなんですよ(笑)。厳しい現実は否定しませんが、ネガティブ情報だけが拡大されて独り歩きしています」(アトーニーズマガジン2016年11月号Vol.54での村越進・前日弁連会長の言葉)

たまたま前会長の周りには、前記したような「苦しい」とは口にしない弁護士たちばかりなのかもしれませんが、そもそも「苦しい」のが若手だけではなく、高齢・中堅のベテラン層の経済的状況にも深刻な影響が出ているのが現実です。

それゆえにこれまで個人的遊興や投資が主原因だった、依頼者のおカネに手をつける形の不祥事が、経営弁護士によって「事務所維持」を理由に(なかには建て前で言っている場合もあったとしても)発生し、弁護士会として無視できないところにきたことをご存知ないわけがないだろう、と考えるのも当然といえます。

発刊直後に、この発言を自身のブログで取り上げた武本夕香子弁護士は、9割以上の弁護士の所得を補足している国税庁の統計で、年間所得100万円以下の弁護士が実に2割も存在している現実に触れ、全体的な弁護士の平均所得や所得中位数も右肩下がりの下降傾向が続けているなかで、日弁連会長にこうした現実がまるで届いていないような前記発言を疑問視。

仮に、このような情報が届かないとしても、「非常に恵まれた境遇にある弁護士を基準に考えるのではなく、困っている弁護士の方に思いを馳せ、想像力を働かせて制度設計を考えるのが弁護士であり、為政者である」と厳しくしました。

また最近、この発言と弁護士の現状について、ある弁護士のブログ(「名古屋市の相続・シニア問題弁護士のブログ」)が、さらに鋭く、辛辣に指摘しています。ブログ氏はこう言います。

「裕福なお金持ちの日弁連前会長のお言葉です。日弁連前会長からみれば、貧乏人が弁護士であることが許せれないのでしょう。彼から見れば、ノブレス・オブリージュの言葉の通り、弁護士は職業でなく『貴族』であるべきなのです。
身分制社会の弁護士会で生活苦の弁護士の存在が許せれない(登録をやめればいい、排除すればいい)とのことだと私は理解していました 弁護士会費が高額なのは、この身分制社会を維持するための参入障壁であり、また中高年齢貧乏弁護士を排除をする方策なのです」

「貧しい弁護士達はなんで弁護士会費がこんなに高額なのか、もっと地味に質素質実に行けばと思いますが、ブル弁の方は金銭感覚が違うし、考えていること、考え方が違うのでしょう。今弁護士会では、2世3世の弁護士の方が中心となり活躍されています」

最近話をした、ある別の弁護士も、「本当にカネ持ちしかなれない資格になりつつある」と述べました。給費制問題でさんざん言われ、一部から異論も出た「カネ持ちしか」論ですが、法科大学院という新プロセスのフィルターと同時に、弁護士の生存できる環境そのものがフィルターとなって、それは現実化しているのだ、と。高額な弁護士会費も、前記主導層の発言同様、見ないか見えないかの、疑いたくなる主導層の現状認識とつなげて語られ始めているのです。

前記ブログ氏は、弁護士増員路線による競争激化、他士業の法律業務への進出、人口減少による需要の減少など、弁護士の生き残りへの戦いは、40年間想定され、その序盤戦の13年間が終わろうとしているとし、これから熾烈な中盤戦の13年間が始まり、最後の終盤戦の13年間は悲惨なものになって、相当数の弁護士が廃業を視野に入れる時代が待ち構えている、という暗い未来予想図で締め括っています。

利用者からすれば、こうした弁護士の生き残りなどどうでもよし、去る者は去れ、という括り方を、当然のように口にする人もいます。ただ、逆に弁護士の仕事が経済的に安定していて、恵まれていても、それ自体も利用者にとってはどうでもよく、むしろ安定していない弁護士に依頼したくなるのかということが問われてもおかしくない話です。

弁護士を経済的に追い詰めてメリットが現れなかったとしたならば、つまりは経済的に生き残ることが彼らのテーマとなる時代に、それが良質化や低額化につながらず、むしろそれこそ、市民のために働く意思を持った有能な弁護士がいない、育たない方向に向っているのであれば、どうなのか――。

 もはやその先には、弁護士自治の崩壊までが見通せるところまで来ていること(「『弁護士自治』崩壊の兆候」 「『弁護士自治』崩壊の想定度」)を考えればなおさらのこと、弁護士の経済的格差は私たちにとっても、「独り歩き」で片付けられる「ネカティブ情報」ではない、と思えるのです。

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