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90年代、サブカル女子よりギャルのほうが偉かった――おぐらりゅうじさんが涼美先生に聞いてみた。#1 JK時代、鈴木涼美さんが男子トイレの個室で学んだこと - 「文春オンライン」編集部

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「私の中では、日経新聞の記者とAV女優になる大変さはだいたい一緒ぐらいなの」

 こう語る鈴木涼美さんは、慶応義塾大在学中にAVデビュー。その後東京大大学院に進学し、大学院在学中に執筆した『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社、2013年6月)が「紀伊國屋じんぶん大賞 読者と選ぶ人文書ベスト30」に選ばれる。修士課程修了後は日本経済新聞社に勤務。5年半で退社した後、作家に。

 そして、文春オンラインでは速水健朗さんとの時事対談「すべてのニュースは賞味期限切れである」を連載中で、雑誌「TV Bros.」では鈴木涼美さんの担当編集者でもある、おぐらりゅうじさん。このお二人で鈴木さんの近著『おじさんメモリアル』(扶桑社)を中心に1996年から現在までの約20年間を振り返りました。

◆◆◆


(左)鈴木涼美さんと(右)おぐらりゅうじさん

おぐら やっぱりここは出会いから話したほうがいいのかな。

鈴木 二人の馴れ初めからお願いします♥

おぐら もともとは、涼美先生が幻冬舎plusで連載していた「お乳は生きるための筋肉です~夜のおねえさんの超恋愛論~」(『身体を売ったらサヨウナラ』として2014年11月に書籍化)を読んでいて。連載のトップ画像はプリクラだし、タイトルのセンスも抜群だし、内容はやけにリアルなキャバ嬢の描写もあれば、知性も溢れ出ていて、なにより素晴らしい文才だなと。で、ちょうどその頃、ブロスで書評の連載をはじめたばかりで書き手を探していて。ツイッターのプロフィール欄に載っていたメールアドレスに連絡しました。

鈴木 ツイッターはやってたけど、ほとんどつぶやいてもいないし、フォロワーなんて100人ぐらいの時期。プロフィールには学歴と生まれ年だけを書いていて。あの当時、著書は『「AV女優」の社会学』だけで、一切顔出しもしてないし、その他のプロフィールも明かしてないから、世間では「なんだこの嫌味な女は」みたいな受け止められ方をしてたと思う(笑)。

おぐら とにかく素性がわからないから、メールのやりとりだけじゃ不安だなと思って、電話したんだよね。そうしたら「いま新聞社に勤務してるんです〜。ライターとかじゃないんですけど、大丈夫ですかね〜」って。電話口からでもギャルの雰囲気が伝わってきたから「あ、本物だ」って。

鈴木 しゃべり方が頭悪そうってよく言われるんですよ、私(笑)。でも私は家で電話していたけど、おぐらさんは海のガヤガヤしたところから電話かけて来ましたよね? ギャルとか言われたくないんですけど。

おぐら それで、湯山玲子さんの『文化系女子という生き方 「ポスト恋愛時代宣言」!』(大和書房)の書評を書いてもらったのが、最初の仕事。その原稿で〈文化資本とは最早ほとんど関係がないところで発生している「文化系女子(笑)」という事態〉って。涼美先生の、父親は大学教授で翻訳家、母親は児童文学の研究者、実家は黒川紀章が設計っていう、生まれながらのずば抜けた文化資本に比べたら、自分も含め一般的に“文化系”と呼ばれているような人たちは足元にも及ばないなと。そこにしびれました。

鈴木 私が初めて顔出ししたのは「SPA!」の峰なゆかさんとの対談なんですけど、それはおぐらさんからオファーがきましたよね?

おぐら そう。「SPA!」で峰さんを担当している編集者に頼まれて。その編集者が『おじさんメモリアル』の担当だから、ちゃんとつながってる。

鈴木 その対談の直前に、文春に「日経新聞記者はAV女優だった!」っていう記事が出て。だから最初は断ったんですよね。しばらく露出は控えようと思って。でも、いくつかきていた週刊誌からの取材依頼とか、文春を追いかけた記事みたいなものとは、テンションが違ったじゃないですか。湯山玲子の書評頼んで来た人からの依頼だし、受けてもいいかなって思いました。あとは峰さんの作品好きだったから。

おぐら 返信のメールにも「今回の報道で各方面に説明やらお詫びやら言い訳におわれておりまして」って書いてあった。過去のことはおれも文春の記事で初めて知ったので、まぁ驚いたけど。で、その峰さんとの対談の帰りに、ブロスで連載してほしいってお願いしたんだ。

鈴木 代々木のマックでね。電車に乗ってるときに、小さい声で「これ連載いけるな」みたいな独り言を言ってた(笑)。

おぐら 連載初回の原稿は、ブロスに合わせてサブカル男子のことを書いてくれて。〈例えば、あくまで例えばですが、週刊誌に良からぬ過去を書きシバかれて白い目で見られてマイッている折、週刊誌的価値観なんてセカオワの歌でかき消すぜくらいに思ってる眼鏡大学生なんかは、即即でヌイてあげたくなるほど愛おしく見えるものだ〉と。校正で“即即”に赤字が入ったのはスルーしました(笑)。

鈴木 文春の報道でだいぶ滅入ってたから、おぐらさんが世間とは別の目線で私のことを評してくれるのにキュンとして。そのあと、今はなき新宿のcafé AYAで夜中の2時過ぎに待ち合わせして、そのままカラオケで朝までオールしたんです。

おぐら 「何時でも大丈夫です」とは言ったけど、まさか夜中の2時に「今からでもいいですか?」と言われるとは思わなかった。

鈴木 何時でもいいって言ってたから。一緒に映画観に行ったときも夜中でしたよね。ちなみに、そのおぐらさんと朝帰りした日、私はインタビューの取材があって、もう髪とかぐちゃぐちゃで遅刻して行ったら、なんか「歌舞伎町のホストクラブで朝まで飲んで」とか書かれました。

おぐら 編集者と一緒にカラオケしてたっていうより、朝までホストクラブにいたって書いたほうが引きがあると思ったんでしょ。

鈴木 最初おぐらさんのことは、ブロスの編集部に勤めてるし、見た目もキャップに金髪だったし、作られたサブカル男子のパブリックイメージのまんま捉えてたけど、カラオケ行ったらラルクのフラワーとかソフィアのビリーブとか歌うから、これはありかもなって(笑)。

おぐら 作られたっていうか、大好きなサブカルを仕事にできて、念願のブロス編集部に入ったからには、なるべく「テレビブロスの人っぽい」と思われたかったの。今はもうそんなことないけど、ビジュアル系のバンドとか最初は過剰に着飾っていたのが、だんだん普通っぽくなるみたいな。

鈴木 高校時代はギャル男だったのに。

おぐら ギャル男っていうほどではなかったけど、茶髪でロン毛だった。おれが高校に入ったのが1996年で、サブカルとか渋谷系も追いかけていたけど、カルチャーとして最先端で勢いがあったのは、同世代のコギャルたち。せっかく自分もその時代に高校生なんだから、その波には乗ったほうがいいなって。1996年の新語・流行語大賞のトップテンには「援助交際」「ルーズソックス」「チョベリバ・チョベリグ」「アムラー」って、4つも入ってるんだよ。時代の主役は女子高生。それが同じ教室にいるんだもん。仲良くなりたいに決まってるでしょ。

鈴木 おじさんたちも仲良くなりたがってたけど(笑)。私は3つ年下なので、コギャルとしては末期のほう。だからガングロとかヤマンバとか極端になっていった世代。ギャルサーのはしりみたいなのが出てきて、パー券とか売って友達が退学になったり(笑)。

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