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日本の国家中枢には人種主義が浸透しているのかどうか。

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日本の国家中枢には人種主義が浸透しているのかどうか。

 政治状況が激動期に入ったようだ。一九七〇年頃以来のことである。野党共闘の動きは学術的にも思想的にもきわめて興味深い事態であることは疑いをいれない。

 これは日本社会の中にある対抗関係が大きく変化したということではないかと思う。一種の二極化である。そこでは従来の「保守・進歩」という対立の図式を考え直さねばならないだろう。歴史家から賛成するという言葉を聞いたことはないが、私の年来の主張は、日本には本当の意味での保守勢力はないが、現在、歴史家は職業者としてはまずは保守でなければならないということだった(「中世の開化主義と開発」一九九〇年発表、『歴史学をみつめ直す』校倉書房所収)。さらにまた現在の政治状況の中では「左翼・右翼」という言葉を使うことも止めた方がよいのではないかと述べてきた。右翼思想には既成の知性に対する「分かったようなことをいうな」という感情的な拒否の側面があって、「極右」の暴力に走らない限り、それも当然に思想の自由の範疇に入る価値をもっていると思うのである(ブログ「保立道久の研究雑記」。2014年11月15日2014/12/14、ブロゴス 2016年08月12日)。

 しかし、歴史家の立場から問題を厳密に考えようとすると、この列島に住む人々にとって、最大の問題が何なのか、「保守」といい、「進歩」といい、「左翼」といい、「右翼」といっても、それらが向き合うべき日本社会の問題は何なのかを正確にみきわめなければ、結局、気分に流れて行ってしまうということになると思う。それらは、所詮、符丁であり、言葉である。

 そういう立場から、私は、しばしば新自由主義といわれることの実際の内容がどういうことなのかを考えてきた。ともかく「新自由主義」というのは言葉がわるい。「新しい自由」、それは普通からみればいいことじゃないかということになる。これは符丁としても決していい符丁ではない。そして、それを詰めていくと、結局、それは人種主義(レーシズム)であり、戦争好きなのではないかと考えるようになった。新自由主義というのは、もちろん、経済思想としてはミルトン・フリードマンのマネタリズムが基礎になっているが、政治思想としてはようするに「ミリタリズム」と「レーシズム」であると思うようになった。もちろん、問題は、なぜマネタリズムが「ミリタリズム」と「レーシズム」に結びつくかということであるが、そこまで十分に書けるかどうかは別にして、以下、若干、長文となるが、まず人種主義(レーシズム)について説明しておきたい。

 さて、現在、日本・アメリカ・ヨーロッパで人種主義の動きが急である。これはきわめて心配なことであるが、私は、歴史的にいうとその基礎にあるのは、やはりヨーロッパだと思う。その根はきわめて深く、十字軍の時期以来のヨーロッパによるイスラム文明に対する挑戦、「追いつけ追い越せ、奪い取れ」という対抗文化にからめとられているのではないか。その文化的気分がベースとなって、政治家による中東移民が社会の困難を作り出しているという宣伝が被害感情を生みだし、ヨーロッパに広範な「イスラム差別」が生み出されているようにみえる。

 問題は、これがきわめて曖昧で不定形の歴史意識としかいえないようなものであることである。それはいわばヨーロッパに居住する人々個々人がもつ微細な歴史意識の誤差が社会意識の歪みとして集合的に現れたものといえようか。私はそこで動いているのは現在の世界史がヨーロッパ地域に生み出した「気分」というべきものなのではないかと思う。つまり、現在の中東における戦争状態は、第二次世界大戦中からのアメリカの帝国的な中東支配が作り出したものである。アメリカこそが、中東の戦争と苦難を生み出し、大量の人間の死と故郷喪失を生み出したことは誰が見ても明らかなことである。その中でヨーロッパの人々は次のように考える。つまり、「悪いのはアメリカだ。それなのに、何故、ヨーロッパが中東の困難に関わらねばならないのか。たしかにヨーロッパは第二次大戦で大きな困難を経験し、ヒトラー・ナチスは最悪のことをした。しかし、アーリア人種主義は克服され、民主主義社会が実現された。ヨーロッパは二〇世紀のナチズムを乗り越え、償ってきた。今になって、なぜ、問題の直接の関係者にならねばならないのか。理不尽であり、理解できない。静かにさせてくれ」という意識である。

 彼らの視野には、ヨーロッパがアメリカの世界支配を利用しつつ共同で世界から利益をうけていた共犯性は入ってこない。また中東の困難の直接の歴史的由来が19世紀におけるヨーロッパの中東支配と、その最後の無責任ともいうべきイスラエル建国を推進・容認したバルフォア宣言にあることも視野には入らない。さらには16世紀以降の世界資本主義の形成がまずはアフリカと環インド洋地域からの収奪によって支えられていたという歴史認識もない。こうして彼らの意識は一挙に、ヨーロッパとイスラム世界との文化的対抗と衝突という十字軍によって象徴されるイメージにすっ飛んでしまうのである。それはその意味で世界史が生み出した「歴史気分」のようなものであり、こうして、その中核には中東の諸民族を差別する「人種イデオロギー」を中核にもつものとなるのである。

 その意味で、この「人種イデオロギー」は世界史的に新たに登場した独特なイデオロギーのあり方、社会意識のスタイルなのであって、そのようなものが現在の世界史の重要な構成要素となっているのである。このような独特な歴史意識、より正確にいえは世界史意識は、もちろん、ヨーロッパが一人で産みだしたものではない。それは一九八〇年代のサッチャー・レーガン時代を基点としてヨーロッパ・アメリカの国家意識の交流、そしてそのつぎには社会意識の奔流のような交流のなかで生み出されたものであるといってよいと思う。その社会経済的根源には、この時期以降、明瞭に動き出したナオミ・クラインのいうショック・ドクトリンを具備するにいたった資本主義、そして情報資本主義の急速な発展があることもいうまでもない。その中で、九・一一事件が発生し、それに対して、世界史的愚劣ともいうべきジョージ・ブッシュの「十字軍」宣言が行われ、イラク戦争が中東地域の社会政治状況を決定的に不安定化させ泥沼化させた。

 そして、現在は、ブッシュ以上の「お馬鹿」がアメリカ大統領となって赤裸々なレーシズム、白人至上主義を鼓吹しているというのが歴史の流れである。これがきわめて醜悪なのは、この人種差別がヨーロッパとは違って直近の人種差別の体制、20世紀の人種差別の由来を引いていることである。16世紀以来のネーティヴ・アメリカンの諸民族に対する「人種差別」と、一八世紀以来のアフリカン・アメリカン差別、さらには19世紀以来のユダヤ民族や東欧・ラテンアメリカからの移民に対する差別の根を深く引いていることである。現在、それが一挙に中東の人々に対する「宗教的・人種的差別」、「イスラム」差別に拡大している。アメリカは多民族構成国家でありながら、その支配イデオロギーは人種差別にあり、アメリカの多民族構成資本主義においては民族を「人種」の名の下に身分差別し、賃金を抑え、人々を分断することは根がらみのやり方であった。それは、ネーティヴ・アメリカンの人々、強制連行されたアフリカン・アメリカンの人々のみでなく、後からくる移民に対する差別をもふくんでいた。もちろん、そういう中で、一九六〇年代から七〇年代にかけてのマーチン・ルーサー・キング牧師などの動きをふくむ社会運動の中で20世紀の人種主義の根は一度断たれたかのような雰囲気をみせた。ヨーロッパと同じように、アメリカは人種主義を超克したという訳である。しかし、実はその岩盤はきわめて強固であって、後退したかのようにみえた正真正銘の人種主義が、レーガン以降、急速に肥大化した。そして、現在のトランプ政権下のアメリカにおける人種差別の実態は、その醜悪なる結果であることはいうまでもない。

 そのような直近の歴史を連続的に引いている点では、日本も同じである。つまり、「大東亜戦争」を主導した「八紘一宇」「皇国史観」という「大東亜共栄圏」のイデオロギーはナチスと同じく、「神話」によって嘉せられた日本の「現人神」たる天皇制とそれに連なる血統・人種こそが世界支配者となる使命をもつのだという明瞭な人種主義イデオロギーであった。しかも、それは、アジアでは日本のみがヨーロッパと対抗できる使命をもっており、それ故に、日本はアジアから離れて、それを支配する地位に到達しなければならないという明治時代以来の「脱亜論」をともなっていた。というよりも、この「脱亜論」によって、日本国家のアジア侵略は合理化され、それによって天皇制的人種イデオロギーが形成されたといった方が事態を正確に反映しているといえるだろう。それはまさに世界支配の思想だったのであって、それによってこそ、ナチスと日本の軍事同盟は、両者が人種主義イデオロギーにもとづいて世界分割をするという了解に達したのである。

 もちろん、日本国憲法は「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」と述べ、「戦争」の中で強制した「隷従、圧迫と偏狭」、ようするに人種主義を法的には廃絶する精神を含んでいる。それは、第二次世界大戦において、その中枢にいた昭和天皇自身がいわゆる「天皇の人間宣言」において、神権的な人種主義イデオロギーを基本的なところで離脱したこととセットになっていたのである。日本の王家が、ここ三〇年ほどの実際において、日本国憲法の精神にそって行動してきたこともよく知られている。

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