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甲子園「一塁手キック」騒動 当事者2人が初めて語った真実

【夏の甲子園3回戦、仙台育英は逆転サヨナラ勝ちで大阪桐蔭を下した(写真:時事通信フォト)】

 今年の夏の甲子園で、春夏連覇を狙った大阪桐蔭は3回戦で宮城代表の仙台育英に敗れた。逆転サヨナラという劇的な幕切れとなった試合後、ネット上では勝利した仙台育英の選手の「あるプレー」が大炎上。その騒動後、当事者が初めて口を開いた──ノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。

 * * *
「あの件があって以来、野球をやめようと思ったこともありましたが、監督からも『続けた方がいい』と言われて……。このメンバーで、もう一度、野球ができた。それが本当に嬉しかったです」

 10月7日、えひめ国体・硬式野球の初戦となる花咲徳栄戦に「2番・捕手」で先発出場した仙台育英の3年生、渡部夏史(わたべ・なつひと)は、敗れた試合後にそう話した。

 この夏の甲子園で、1大会最多本塁打記録を塗り替えた広陵(広島)の中村奨成がナンバーワンのヒーローなら、大会期間中にネットで大炎上したアンチヒーローが渡部だった。

 渡部が口にした「あの件」とその後の経緯を、まずはたどっていきたい。

 8月19日、仙台育英が大阪桐蔭とぶつかった夏の甲子園3回戦、「0対0」と両者一歩も譲らずに迎えた7回裏だった。二死走者なしから打席に入った渡部の打球が、ショートに飛ぶ。大阪桐蔭の泉口友汰が軽快にボールをさばき、一塁を守る2年生の中川卓也はベースに右足をつけたままグラブを思いっきり伸ばして、泉口からの送球を捕球した。

 直後、走り込んできた仙台育英・渡部の左足が、ベースを踏んでいた中川の右足を蹴り上げてしまう。中川は顔をゆがめてしばらく立ち上がることができなかったが、なんとかベンチへ戻り、その後も出場し続けた(このプレーで中川は全治1週間の打撲を負った)。

 試合はその後、8回表に大阪桐蔭が1点を先制し、リードを保ったまま9回裏の守備を迎えた。二死1、2塁から、再び打球がショートに飛び、無難に捕球した泉口が中川に送球。観客やテレビの視聴者だけでなく、守る大阪桐蔭ナインも全員が試合終了を確信したはずだ。

 ところが、中川はベースを踏み外し、慌てて踏み直すも判定はセーフ。これが呼び水となって仙台育英に2点適時打が飛び出し、仙台育英は優勝候補筆頭と目されていた大阪桐蔭にサヨナラ勝ちしたのである。

◆炎上騒動でスポーツ推薦の話が流れた

 試合後、ツイッターやYouTubeは荒れに荒れた。〈7回裏の渡部の「蹴り」は狙ってやった「殺人キック」で、蹴られた恐怖があったから中川はベースを踏み外した〉──そんなふうに断定するまとめサイトが乱立し、ツイッターやYouTubeには、問題のシーンの映像や、それをコラージュしたような画像がいくつもアップされた。

 また、続く準々決勝の広陵戦で、渡部は起用されなかった。その理由を仙台育英の佐々木順一朗監督が明言しなかったために、渡部は完全に「クロ認定」されてしまう。

 とはいえ、広陵に敗れ、仙台育英が甲子園を去ったことで、ネットの炎上も鎮火すると思っていた。

 だが、騒動は続いた。甲子園が終わり、カナダで行われたU18ワールドカップの取材から帰ってきても、渡部への誹謗中傷が続いていたのだ。未成年である18歳の高校球児が、実名をさらされながら無数の匿名アカウントに延々と追及され続ける。ちょっと異常に思えた。

 渡部がどうしているのか気になった私は、すぐに仙台育英の新チームが秋季大会を戦っていた仙台に向かった。現地で渡部の姿は確認できなかったが、そこで学校関係者から、炎上騒動によって決まっていた大学のスポーツ推薦の話が流れてしまったという衝撃の事実を知った。彼は今、騒動についてどう考えているのか。それを知るために渡部が出場予定だという国体が開催されている愛媛・松山に向かうことにした。

 冒頭でコメントを紹介したように、国体で取材した渡部は、吹っ切れたような表情をしていた。ただやはり、大阪桐蔭の試合後から不安定な心理状態に陥っていたという。

「試合後や、宿舎での自分の様子を見て、(広陵戦への出場が)無理だなと先生方も思ったのだと思います。仙台に戻ってから、学校には普通に行っていましたし、練習も3年生は自由参加なので、ちょこちょこぐらい。自分は考え込んじゃうタイプなので、(ネットで炎上していることは)気にしないようにしていました」

 甲子園での問題のプレー映像を幾度も見返してみても、渡部に明確な悪意があったとは思えない。確かに、渡部は2回戦の日本文理戦でも、凡打した場面で似たような危険とも思われる走塁をしていたが、競った試合展開の中でなんとかセーフになりたいという懸命な走塁にしか、私には見えなかった。国体での取材で渡部の優しい人柄にも触れ、その思いはより強くなった。渡部はあの走塁と、それによって起こった炎上騒動を、静かにこう振り返った。

「わざとじゃないんですけど、自分がやってしまったことなので、(責められるのは)仕方ないです。必死にプレーした結果、自分の走路が悪かった……」

 一方の大阪桐蔭の中川は、夏の甲子園での試合後に、「自分のベースを踏む位置が悪かった」とコメントを残していた。

◆中川が渡部の部屋を訪ねた意図

 秋の国体には大阪桐蔭も出場していた。そこで渡部にとって思わぬ再会が待っていた。

「中川が自分の部屋を訪ねてきてくれたんです。あの件については話していないですけど、中川がキャプテンになった大阪桐蔭の新チームの話とか、大阪桐蔭の寮生活の話とか、ずっと話していました。まあ、普通の会話です。あとはお互いのタオルを交換したり。やっぱり、嬉しかったですよ」

 外野は騒ぎ立てても、両者にわだかまりなど存在しなかった。大阪桐蔭の中川にも、渡部の部屋を訪ねた意図を聞いた。

「宿舎が同じだったんですよね。本当は、他の出場校の選手の部屋に行くことは、大阪桐蔭では禁止なんですけど(笑)、携帯電話も禁止ですから連絡を取ろうと思っても取れないんです。ああいうことがあったので、少しの時間だけでも話したいな、と」

 1学年下の中川の高校野球生活はもう1年続く。大阪桐蔭の主将になった中川は、新チームではサードを守るが、ベースから足が離れてしまった仙台育英戦の自身のプレーを教訓にして、チームをまとめている。

「接触したプレーに関しては自分のファーストベースを踏む位置も悪かった。最後の場面も、(二死1、2塁の状況でショートが)ファーストに投げてくるとは思っていなかったから、ベースを踏み損なってしまった。新チームとなってから、守備では『100%の確認』ということを徹底しています。100%の確信を持って、プレーしなければいけないと思っています。

 現在の目標は、大阪桐蔭にある選抜優勝旗を、41人の部員全員で返しに行って、選抜を連覇してもう一度、持ち帰りたい。今はそのために一戦一戦を大切に戦っている途中なんですけど、最大の目標は春夏連覇を成し遂げることだと思っています」

 甲子園の一塁ベース上で交錯したふたりの球児の野球人生は、松山の地で再び交錯した。あの炎上騒動によって、決まっていた大学へのスポーツ推薦がご破算となった渡部のもとには、仙台市内の別の大学から誘いの声がかかり、AO入試を受験予定だという。もちろん、大学でも野球を続けるつもりだ。

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