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【NHK過労死】両親が初めて語った「NHKへの不信感」と「亡き娘への思い」〈会見詳報〉

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2013年7月、NHKの記者、佐戸未和さん(享年31)が、過労によって心不全で亡くなった。未和さんの死から4年。両親が10月13日に厚生労働省記者クラブで会見を開き、初めてその心中を語った。

◆◆◆ 

 佐戸未和の父です。

 私たちの長女、佐戸未和の過労死については、10月4日にNHKから公表があり、各メディアからNHKの発表内容に基づいた報道がされてきました。

 しかし、私たちの思いが正確には伝えられていないことや、事実誤認もありますので、未和と同じ記者の皆様には、私たち夫婦の口から、直接お話をさせていただいたほうがよいと考えて、本日お集まりいただきました。

 本日まず、お話しするのは、娘を過労死で喪った両親の思いということで、9月26日に、私と妻がNHKの幹部の方にお話をしたものです。一部は、NHK公表後の両親のコメントとして既に出しております。

 未和は、NHKを恨んで死んだわけでもなく、憎んで亡くなったわけでもありませんが、記者として自分の過労死の事実を、NHKの中でしっかり伝えて再発防止に役立ててほしいと天国でも望んでいると私たちは信じています。


佐戸未和さん/遺族提供

NHKに感じた不信感

 私がNHKでお話をしたことは4点ほどございます。

 まず1点目は、4年前の未和の過労死の事実をどうして今表に出すのか、という点。2点目は、労災を申請した当時の私たち夫婦の心情、3点目は、未和の急死の連絡を受けた当時の状況、最後に、未和の長時間労働の過労死の発生原因について、私たちの思いということについてお話しをしました。

 まず1点目ですが、4年前の未和の過労死の事実をどうしていま表に出すのか、という点です。NHKの局内で、未和の過労死について、きちんとしたけじめがつけられていないと考えていました。このままでは、NHKの記者であることに、誇りと愛着をもって職責を全うして倒れた未和の足跡がNHKには何も残らず、過労死の事実も捨てられたまま、いずれ風化し、葬り去られるのではないかという危機感がありました。

 我が家には毎年、未和の命日、7月24日ですが、この時期の前後にかけて、未和と親交があった多くのNHKの方々が焼香に見えますが、その方々から、未和の過労死の事実が、きちんと局内で継承として伝えられていない、NHK内部の働き方の改善や、制度改革の背景に何があったのか、共有も伝承もできていないという声をたくさん聞きました。

 私達夫婦は、未和はNHKの働き方改革のための人身御供になったと思っていますが、NHK内部では、初めての記者の過労死であり、不名誉な案件として表に出さない方針にしているのではないか、また一般社員を守る立場にある組合も、黙っているのは何故か、これに加担しているのではないか、と疑念を持っておりました。未和の過労死が、どうして起こったのか。NHK内で、しっかり自己検証もされておらず、誰も責任をとっていないのではないかと感じています。

 未和の過労死をNHKの中で、伏せるのではなくて、ちゃんと出して、NHKの働き方改革推進の礎になっていることを社内の皆さんに知ってほしい、それが、未和がNHKで働いてきた証となり、社内での過労死の再発防止にも繫がると思うようになりました。

 一方で、かけがえのない長女を、過労死で突然亡くした私たち夫婦に、NHKは真摯に向き合っていない。親の心情に配慮もしてくれていないという、不信感もありました。電通事件を始め、長時間労働による過労死問題については、社会の目は厳しくなっており、NHKでもニュースや、特番を組んで、社会の木鐸として世の中に警鐘を鳴らしていますが、NHKは自らに起こったことは棚上げしたままではないかと、私たち夫婦は怒りの目を向けていました。過労死関係のニュースや、番組の制作、放送の現場で、実際に取材や、編集や、解説等にあたっている方々が、自分の会社の記者が過労死で命を落としている事実も知らない。自らの襟もたださずに、報道や解説をしている姿を、私たち夫婦がどんな思いで見ているか、想像をしていただきたいと思います。未和の過労死を、NHKは決して忘れず、遺族の心情に寄り添ってくれていると私たちが感じたことはありません。

 未和が亡くなって4年経ちますが、労基署による労災の認定後も、NHKから謝罪の一言もありません。社員の過労死にたいして、誰もお咎めなしということは、普通の会社や組織ではありえないと思いますが、NHKでどなたか責任を取られたのか、何か処分があったのか。私たちは何も知らされていません。

 未和の命日でさえ、今年は、私たちから連絡をするまで、NHKの職制からは無しのつぶてでした。なぜ今頃表に出すのかという私たちの気持ちをご理解いただけたら幸いです。

未和の勤務表を見たとき、私は泣きました

 次に、労災を申請した当時の私たち夫婦の心情です。

 2013年10月に、渋谷労基署に正式に未和の労災申請を出しましたが、その中に、私の陳述書があり、最後のページに当時の思いを記しています。そのまま読ませていただきます。

〈未和が産まれたのは、私が31歳のときでした。結婚し、最初の子どもである未和が産まれ、人生今から、と高揚感に溢れていました。その同じ31歳で、未和は突然、この世から去ってしまいました。道半ばに達することもなく、人生を絶たれた未和の無念さ、悔しさを思うと哀れでなりません。

 親として、わが子を守ることができなかったという深い後悔の念に苛まれながら、なぜ未和が突然死んだのか、何か予兆はなかったのか、避ける手立てはなかったのかと、美和の遺影と遺骨に問いかける毎日です。

 私は未和からNHK入社後の最初の赴任地である鹿児島、その後に異動した首都圏放送センターでの記者としての気分はどういうものか、よく聞かされていました。機械メーカーで長年営業に携わってきた私のような一般の会社員の感覚からすると、24時間臨戦態勢のような記者の勤務は、肉体的にも、精神的にも「過酷」の一語につき、生活も不規則で、あの小さな体でよく頑張っているなといつも感心していました。

 未和はハードな生活にほとんど弱音を吐かず、周囲も優しく接しながら、自分で選んだ仕事に誇りを持って、記者としてのキャリアを一歩一歩積み上げていました。私は未和にエールを送りながらも、一方で、未和が記者という仕事に、必然的に伴う不規則な生活を長いあいだ続けることで、身体や健康が蝕まれることを、親として非常に心配していました。未和には会うたびにわが身の健康第一、命よりも大事な仕事などこの世にはないことをくどいほど伝えてきたつもりです。

 そのため、未和も自分の身体や健康には留意していましたが、これまで酷使してきた身体には、澱のように疲労が蓄積していたのだと思います。NHKが総力を挙げた平成25年の夏の都議選、参議院選の選挙取材では、未和は都庁クラブで一番の若手であり、独身で身軽なため、それこそ寝る間を惜しんで駆け回っていたようです。

 後日、NHKから提示された未和の勤務表を見た時に、私は泣きました。待ったなしの選挙取材で、時間に歯止めがなく、土曜も日曜もなく、ほとんど連日深夜まで働いており、異常な勤務状況でした。疲労困憊していようが、体調が悪かろうが、途中で戦線離脱などできるはずもなく、自分の身体に鞭打ちながら、とにかく選挙が終るまで、突っ走るしかなかったのかもしれません。

 これまで、無理を重ねてきた身体に、夏の選挙取材中の過剰勤務が決定的なダメージを与えたのではないかとの思いを、拭いきれません。未和は短い人生を駆け抜けるようにして逝ってしまいましたが、親として、未和の急死をもたらしたものが何であったのかを知りたい、今年(※当時)の夏の異常な勤務時間との因果関係を明らかにしたいという一念で今回労災申請をすることを決意しました〉。

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