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「金正恩氏の妹を政治局候補委員に抜擢」に見る北朝鮮の「余裕」 - 礒﨑敦仁 (慶應義塾大学准教授) 澤田克己 (毎日新聞記者、前ソウル支局長)

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 金正恩(キム・ジョンウン)委員長の妹である金与正(キム・ヨジョン)氏が、政治局候補委員(日本メディアは「政治局員候補」と訳している)に抜擢された。10月7日に開かれた朝鮮労働党中央委員会第7期第2回全員会議(総会)での決定だ。金与正氏の両親は、金正恩氏と同じ金正日(キム・ジョンイル)総書記と高容姫(コ・ヨンヒ)氏=ともに故人。1987年9月生まれで30歳になったばかりといわれる若い女性が、政治局常務委員5人、その他の政治局委員(日本メディアでは「政治局員」)十数人に続く候補委員になったのは異例中の異例である。

 金与正氏が公の場に初めて出てきたのは、2011年12月に父の金正日氏が死去した時だ。後継者として葬儀を取り仕切る金正恩氏に付き従うように立つ若い女性の姿が、外部の観察者の目を引いた。その後、大規模行事の際に金正恩氏を補佐するかのように立ち回る姿が朝鮮中央テレビの映像に映り込むなどしていた。

 14年3月9日の最高人民会議代議員選挙の際、金正恩氏に同行した「党中央委員会の責任幹部」の一人として初めて公式報道に登場。『労働新聞』の報道などから11月に「党副部長」であることが判明した。金正恩氏の演出をプロデュースする役割を担っているとみられており、思想宣伝などを担当する重要部署である党宣伝扇動部の副部長になったという情報が伝えられた。16年5月に党中央委員に選出されたばかりで、1年5カ月でさらに1段階上に上がったことになる。

子供時代をともにスイスで過ごした兄妹の信頼関係

 北朝鮮では表舞台に姿を見せないまま最高指導者の側近として活動する幹部もいるが、金与正氏については表舞台で活躍させるという判断がなされたようだ。ただ、実際には職位より重要なのが金正恩氏との距離感である。実妹である金与正氏の立ち居振る舞いからは、常務委員クラスの高級幹部を上回る存在感を容易に見て取れる。

 金与正氏については、藤本健二氏が2003年に出版した『金正日の料理人』(扶桑社)を契機に、その存在が広く知られるようになった。金与正氏と金正恩氏は90年代後半、スイスの首都ベルンで一緒に暮らし、現地の公立校に通った。

 筆者(澤田)が09年にスイスの首都ベルンで入手した学校の在籍記録や関係者の証言によると、金正恩氏は96年夏から01年1月までベルンに滞在していた。当初はベルン・インターナショナルスクールに入ったものの数カ月で退学。現地の公立小学校でドイツ語の補習授業を受けた後、98年8月からの新年度に隣接する中学校の7年生に編入し、00年末まで在籍した。一方、金与正氏は96年4月23日、半年あまり後に金正恩氏が転入してくる小学校のドイツ語補習クラスに入り、翌97年8月から小学3年生の正規クラスに移った。5年生を終える00年7月までは在籍記録が残っている。学校の記録では転出日が空欄になっているが、実際には6年生在学中の同年末ごろ帰国した。金与正氏はベルン滞在中、学校外で楽器とバレエのレッスンを受けていたという。二人とも北朝鮮大使館員の子供として偽名で登録され、入学手続きなどは北朝鮮大使館が行った。

 兄妹がベルンで過ごした期間は、ほぼ重なる。学校から徒歩5分程度のマンションに住み、物質的には何不自由ない生活だったが、当初は学校で言葉も通じず、心細かったはずだ。そうした子供時代を共有したことも、兄から絶対的な信頼を寄せられる背景にあるのだろう。

 金与正氏は政治にも強い関心を持っているとみられる。金正日氏は2001年に訪露した際、シベリア鉄道で特別列車に同乗したロシアのプリコフスキー元極東連邦管区大統領全権代表に対して金正恩氏か金与正氏を後継者に考えていると語ったという。プリコフスキー氏が「NHKスペシャル」(2012年5月13日放送)に対して証言した。証言によると、金正日氏は、長男正男(ジョンナム)、二男正哲(ジョンチョル)の両氏については政治に関心を持っていないと話していたそうだ。

初登場(?)で公式序列6位、謎の人物「パク・クァンホ」

 今回の人事で公表されたのは新任の政治局委員や候補委員であり、解任された人物についての発表はない。ただ新任者の人数からは、政治局構成員の4分の1程度、各分野の実務を担う党中央委副委員長の半数弱、党中央軍事委員会委員の3分の1程度が交代したと推測できる。昨年5月に開かれた36年ぶりの党大会と、直後に開かれた党中央委第7期第1回全員会議に匹敵する大型人事だ。

 個人として目立つのは、崔龍海(チェ・リョンヘ)党中央委副委員長が党中央軍事委員や党部長に選出され、翌日の中央慶祝大会で金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長に次いでその名が紹介されたことや、金正恩委員長に代わって国連総会で演説を行った李容浩(リ・ヨンホ)外相が政治局委員に昇格したことなどである。

 さらに、パク・クァンホ氏という謎の人物が突然、政治局委員として登場したことは注目に値する。パク・クァンホ氏の名前は、金正恩氏を含めて5人しかいない政治局常務委員の次に紹介された。これまで公式報道にほとんど出てきたことがないのに、いきなり公式序列6位という扱いだ。『労働新聞』では、2016年8月19日付と同年11月27日付に「パク・クァンホ」が出てきているが、目立つ記事ではなく、そもそも同姓同名の別人かもしれない。韓国・世宗研究所の鄭成長統一戦略研究室長は、パク・クァンホ氏について党宣伝扇動部副部長から部長に昇格し、公開の場に出てきたと分析している。

『労働新聞』2017年10月8日付に掲載された「朝鮮労働党中央委員会第7期第2回全員会議公報」。顔写真の上段左がパク・クァンホ氏、下段左から2人目が李容浩外相、右から2人目が金与正氏。

 背景にあるのは、宣伝扇動部長だった金己男(キム・ギナム)氏(88)と最高人民会議議長を長年務めた崔泰福(チェ・テボク)氏(86)という高齢の幹部2人が引退したと見られることだ。権力欲を持たない実務家と評される二人は、金日成時代から指導部に属してきた。その二人が今回、金日成・金正日両氏をまつる錦繍山太陽宮殿への金正恩氏の参拝(10月7日)に同行しつつ、翌日の金正日総書記推戴20周年記念慶祝大会では出席者リストに入らなかった。一夜にして失脚したとは考えづらく、長年の労をねぎらって円満に引退させたということだろう。

 最高人民会議常任委員長として対外的な国家元首のような役割を担ってきた金永南氏もあと数カ月で90歳だ。次回の最高人民会議では、政府人事がこれまで以上に注目される。

米国との戦争シナリオは考慮せず?

 北朝鮮の人事については、党人事を活発化させる一方、重要人物については公開するという「北朝鮮なりの透明性」という特徴が金正日時代の末期から見られるようになった。今回の人事も、大きくはその文脈に則ったものと考えてよいだろう。

 北朝鮮がこの時期に党中央委員会全員会議を開催し、大型人事を断行したことは、ある種の余裕を感じさせる。金正日総書記推戴20周年に合わせたように思われるが、米朝の緊張が高まっている状況にもかかわらず、今回の人事で目立つのは経済実務家であり軍人ではない。外相の政治局委員入りを見ても分かるように通常の党人事だとしか見えない。これだけを見ると、「経済建設と核武力建設の並進路線」のうち、「核武力建設」には目途がついたので経済建設に邁進したい、そのためには外交も動かしたい、といった方針の表れだと考えることができる。

 金正恩氏は9月21日に「国務委員長」名義で米国に対する強い非難声明を出した。トランプ米大統領を「老いぼれ狂人」とこきおろし、「史上最高の超強硬措置」に言及した声明を見て、周辺国では緊張が高まった。しかし、唐突に開催された全員会議で行われた人事を見ると、米国との戦争というシナリオはほとんど考えられていないと思われる。

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