記事

社会のバランスと労働

日本で過労死や過酷労働、自殺などが問題化している昨今。フランスはそのバカンスで有名かもしれないが、労働問題ももちろんあり、人々の大きな関心事だ。

マクロン大統領の労働法改革に反対し、つい昨日も公務員たちを中心とした大規模デモがあり、子供達の幼稚園の先生たちもストをしていたところだ。

ルポが見せた大企業の労働問題

このような労働問題について、フランス国営テレビ(France 2)が国内の大企業の労働実態を暴いた番組を放映し、話題になった。

この番組がフォーカスをしたのは2つのフランスの企業。一つ目はLidlという大手スーパー。二つ目は大手キャリアのfree。それぞれ、フランスビジネス界では輝かしい成功事例とされている企業だ。Lidlは格安スーパーとしてあっという間にビジネスを展開。freeはスタートアップとしてスタートし、瞬く間に大成功を収め、社長は国内第6位の富豪者にまでなった。

そんな企業の労働裏事情を暴いたFrance 2の番組、Cash Investigation。

テレビクルーが正式取材として訪れて映し出したLidlでは、綺麗な店内に最新技術を取り入れたレジが並ぶ。大企業の輝かしい側面を見せた。ところが、隠しカメラや潜入記者(記者が身分を隠し、自ら雇われ解雇されるまでを撮るという思い切った内容も含まれる)が映し出したものや労働者から聞き出した実態は、そんな輝かしいものではなかった。

顧客のため、効率性アップのため、ということで精神的にも身体的にも辛い業務が課せられ、機械の一部になったかのような疎外感を感じさせる環境。労働者の身体が蝕まれていき、使い捨てのように解雇されていく。自殺を考えた人、実際に亡くなった人。法律を無視したような経営。

2時間にわたる番組には経営者・管理職から労働者まで、多くの人が登場する。経営陣がベテランリポーター、エリーズ・リュセ(Elise Lucet)の公式インタビューに応じるも、彼女が次々と突きつけるデータや内部情報の数々にタジタジとする場面も多く見られる。彼女が発する疑問や質問に明確な答えを出せない経営者たちは、どんどんと追い込まれていく。

この番組の放映直後、SNSや口コミを通じて、内容は一気に拡散された。

そしてことはそれだけにとどまらず、Lidlは危機対策広報室を設けて批判された点について一つずつ釈明をしなければならないほど追い込まれた。さらに、番組で取り上げられた店舗がある地域の議員はルポの内容を受けて労働省大臣に調査を依頼するまでに至った。

視聴者数は380万人に上り、当番組のこれまでの視聴者数の記録をあっさりと破った。また、サイト上にも無料で番組がアップされていて、いつでもネットさえあれば見られるため、さらに視聴者は増え続けている。

不利な立場とは

この番組は、登場する労働者たちの多くはしばしば、仕事を簡単に変えられない、声をあげることもできない(解雇されるリスクが高すぎる)、だから黙って諦めるしかないという、「不利な立場」に立たされているという事実を明確に見せた。

フランスの社会学者、レイモン・アロンが述べているように、近代社会というのは、二つの命題に追従してきた。それは「最大限に生産し続けること」と「社会に属する者を皆平等に扱うこと」の二つだ。政治的に平等という原理は市民権を持つ者たちの繋がりとして必要不可欠な要素である一方、労働においての不平等は多くの場合機能的な意味を持っている。従って、政治的な意味での平等の原理がある社会では「不当」とみなされるような「社会的かつ経済的な不平等」が蔓延している状態が続いてしまう※1。

人々は日々労働という場においては生産性や効率化を求められ、他者と自分を差別化し、市場価値をあげ、時には他者を蹴落としても仕事という場で上に上り詰めることが「仕事ができる人間」と評される。しかしそれと同時に、同じ社会にいる人々と連帯し、人は皆平等であるという基本的な価値観も外せない前提としてある。

斎藤純一氏は著作の中で、「平等」という言葉は「同じである」ことを意味しないという。問題は「そうした違いが社会の制度や慣行のもとで互いの関係における有利ー不利の違いへと変換されていく」点だとする。そして、この有利ー不利の中には「値しない不利」がある。このような「値しない不利」な立場に置かれると、有利な立場にいる人々の意思に従わざるを得なくなる。さらに、「不平等が過度のものとなり、固定化すれば、なんとか不利を挽回しようとする意欲すらもてなくなってしまう」と続ける※2。

Rational / Reasonable

そんな現代社会には、市民を「平等な関係」にするために、そしてそれを維持するために様々な諸制度(社会保障など)があり、ただただ市場が支配する状態では(まだ)ない。

「市民自身が、連帯の形成に資するような行動を評価し、逆にそれを損なうような行動を批判する価値評価を政治文化のうちに定着させていくこともまた重要」(p.81)だ。企業や消費者にも「社会的責任」が言われるようになって、「単に合理的であるだけでなく理にかなった仕方での経済行動を評価しようとする動き」が求められる。

齋藤氏は「正義論」のロールズを引きつつ、個人の立場から見て、制度が合理的(rational)であるか、と他者の立場を考慮した上でそれが「理にかなっている」(reasonable)かどうかを分けている(p.13-p.14)。

以前、公立の学校に入れるか入れないかという問題を書いたが、社会に生きていく上で、人は個人的な立場での合理的判断に加えて、他者との互いの立場を考慮した上で何が理にかなっているのかを考える責任も負っている。社会に生きる限り、個人は他者と無関係ではいられないからだ。

このルポ放映後、ある別の番組の司会者が「あのルポはちょっとやりすぎなのではないか。Lidlはどこよりも安くて、買い物客はたくさんいる。それにここが潰れたら失業してしまう人もたくさんいるだろう」と発言をし、SNS上で炎上した。

確かに、Lidlに買い物へ行く人は多いし、どこよりも安い。それに例えばお店が潰れれば、買い物客は困るだけではなく、そこで働いていた人たちは失業者となる。しかしそれぞれが個人の都合の「合理性」だけを考えて、労働の実態については見て見ぬふりを続けたなら…長期的にみればさらに多くの人が何も言えないままに解雇され、体調を崩し、その後新しい仕事にもつけないという悪循環が続くだけではないだろうか。

このような発言は長期的には全く「合理的」でもない上に、問題をさらに引き延ばせば、無責任な市民であり続けるという意味で、社会の中で「理にかなった」ものでもない。

社会学者のアラン・トゥーレーヌが2016年の労働法制改革に際して言っていた言葉を思い出す。労働法典(code du travail)はただの規則集ではなく、何世紀にも渡る人々の闘争の結晶であることを意識しなければいけない、と。それを単純に他国に競合できるように、生産性を高めていくという目的のためだけにそれを消し去ることは、もはや屈辱的である、と。

経済成長と平等という原理。その境目に立たされているのが社会に属する人々、つまり私たちだ。このテレビ番組に出てきた経営陣と労働者だけの問題ではない。買い物客である私たちもまさしく「関係者」なのだ。それがある社会の市民であるということ。

そして「生産性向上」という言葉だけが一人歩きし、最優先事項とならないためには、つまりこの社会が健全さを保つためには時に衝突があり、声を上げる必要がある。上げる権利があり、その権利は維持され続けなければならない。それが政治と呼ばれるもの。それがなくなり、「諦め」の側に立ってしまえば社会のバランスは崩れていく。社会で生きていくことが運命付けられているからこそ、このバランスを保つことを考えるのが市民として最低限必要とされる術なのではないだろうか。

M


※1 : Raymond Aron, “Les désillusions du progrès”, éd. Calmann-Lévy, 1986

※2 : 斎藤純一、『不平等を考える』(ちくま新書、2017)

“Cash Investigation”. Travail, ton univers impitoyable (9/26にFrance 2にて放映、リプレイリンク)

http://www.francetvinfo.fr/replay-magazine/france-2/cash-investigation/cash-investigation-du-mardi-26-septembre-2017_2380043.html

あわせて読みたい

「フランス」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ネトウヨが保守論壇をダメにした

    文春オンライン

  2. 2

    サギ師が使う人の心を操る話し方

    fujipon

  3. 3

    都顧問 小池都政なければ大混乱

    上山信一

  4. 4

    音喜多氏「小池氏演説は攻撃的」

    おときた駿(東京都議会議員/北区選出)

  5. 5

    戦略的投票を推奨する朝日に疑問

    和田政宗

  6. 6

    辻元氏 米は他国民を救出しない

    辻元清美

  7. 7

    英国でトラブル 日立は正念場に

    片山 修

  8. 8

    約30年ひきこもり 就労までの道

    PRESIDENT Online

  9. 9

    元SMAP3人VSジャニーズの報道戦

    文春オンライン

  10. 10

    情勢調査が有権者に与える影響

    AbemaTIMES

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。