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「北朝鮮の終わり」or「世界の終わり」

■「アメリカは北朝鮮を攻撃できない」は本当か?

 現在の北朝鮮問題で、「アメリカは北朝鮮を攻撃できない」という意見をよく見かける。その理由というのが、「攻撃すれば周辺国(特に韓国)にも被害が及ぶから」というものだが、これは正しい見解なのだろうか?

 事の善悪はともかくとして、アメリカは1人の命を犠牲にすることで他の多くの人の命を救うことができるのであれば、躊躇することなく1人の命を犠牲にする国である。

 昔に観たハリウッド映画でも、ちょうどそういったシチュエーションを描いたパニック映画があった。1人を犠牲にすることで数人が助かるという場面で、躊躇することなく無情にも1人を切り捨てるシーンを観て、非常な違和感を感じたことがある。

 しかし、なかなか受け入れ難いとはいえ、そういった判断の方が実は正しいのかもしれないな…と思ったことがある。1人の命を救うために助かる人まで全て死んでしまうのであれば、結果的にはそれは間違っているという認識があっても、それは仕方がないことなのかもしれないな…と考え直したことがある。

■「1人の命は地球よりも重い」は本当か?

 日本では「1人の命は地球よりも重い」という言葉が臆面もなく語られることがある。しかし、「1人の命」と「2人の命」のどちらが重いのか?と問うと、途端に言葉を失い返答できなくなる。「2人の命を救うために1人の命を犠牲にできますか?」と問うても、言葉を濁すだけでハッキリと即答できる政治家はほとんどいないと思う。「はい」などと答えれば、左翼メディアから「命を軽視した発言だ!」というバッシングに晒されるので無理もない話だが。

 現在の北朝鮮問題でも、このまま北朝鮮を放置して問題を先送りし続けると、韓国だけでなく、世界全体の脅威となり、億単位の人々が命の危険に晒されることになる。

 「北朝鮮がソウルを攻撃すれば、100万人以上が犠牲になる」という被害予測が出回っているが、億単位になると、少なく見積もっても100倍になる。

 「100人の命と1人の命は、どちらが重要か?」と問われた時に、どういう返答をするか? それを考えると、「アメリカは北朝鮮を攻撃できない」というのは、「1人の命です」と言っているに等しい。

 残念ながら、世界の常識では、「100人を犠牲にして1人を助ける」というようなことは成り立たないと考えた方がよいと思う。「世界の終わり」と「北朝鮮の終わり」を秤にかければ、どちらが重いのかは火を見るより明らかだと思う。

 もちろん、理想は「誰も犠牲にすることなく100人を救う」だが、それができるのは金正恩だけである。否、その場合は「1人を犠牲にして1億人を救う」になるのかもしれないが…。

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