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秋葉原「ホコ天の人気者」元リトルノンこと永野希が語った「新しい秋葉原」 家電、外国人、アイドル……すべてを受け入れる街#3――50年後の「ずばり東京」 - 神田 憲行

現在の秋葉原には「再開発エリア・オフィスゾーン」「専門店ゾーン」「超専門店・新文化創造ゾーン」の三層構造があり、それぞれの年代でカルチャーを生み出してきた(#1#2参照)。一方、すべてを受け入れるこの街で、姿を消したものもある――路上ライブである。筆者が取材中に再会した路上ライブのカリスマは、いまの秋葉原をどう見ているか。
出典:「文藝春秋」2017年9月号・全3回

路上ライブの人気者

 最後に、秋葉原で懐かしい再会をした女性を紹介しよう。

 歌手でタレントの永野希さん。彼女と初めて会ったのは、私が秋葉原の取材に通っていた2005年のこと。彼女は日曜日ごとに開かれる歩行者天国でライブをする「リトルノン」というバンドのボーカルをしていた。まだメジャーデビュー前だったが、「リトルノン」はすでにファングループができるほどホコ天の人気者だった。ライブの後、ファンらとともに路上のゴミ拾いをしてから帰る姿勢も、他の路上ライブをしている人たちと違って好印象だった。

 その後CDデビューを飾ったのは知っていたが、私の中の記憶のひとつになっていた。

 再会のきっかけは前述の喫茶店「タニマ」だった。「タニマ」には「リトルノン」時代に作られたポスターが色あせたまま貼られていた。私が懐かしくマスターの金子さんに話しかけると、

「ボーカルのノンちゃん、今はこうなっているよ」

 と、隣の女性歌手のポスターを指した。「リトルノン」のボーカル「ノゾミ」は、ボーカリスト「永野希」になっていたのである。しかも、

「ノンちゃん、たまにうちに来てくれるよ。『リトルノン』のポスターを剥がそうかと相談したら、『まだ貼っていて』って、頼まれた」


路上ライブのカリスマ・永野さん(提供:Right Gauge)

 彼女はまだ秋葉原に来ていて、「リトルノン」時代のことを懐かしく思っている。それが私には嬉しかった。

「リトルノン」時代は大学生だったのが、再会した永野さんはすっかり大人の女性になっていた。

 ホコ天随一の人気者も、当初はライブをするのが怖かったという。

「昔から人と接するのが怖くて、いつもヤマギワ電気の地下のお手洗いで着替えるんですが、緊張してお腹が痛くなったりしていました。でも好意的に聞いてくれる人とか、なにかを求めてアキバに来ている人が足を止めてくれたり、心のやりとりみたいなものがありました」

 歌う曲は人の心を明るくするような、応援歌が多かった。

「人を励ますような曲に共感してくれたのか、家出してきた子とか、お母さんと喧嘩している子とか、相談してくれるファンが多かった。それまでファンと演者って距離があったものが、秋葉原の路上ではありませんでした。あのあと秋元康さんが『会いに行けるアイドル』というコンセプトで秋葉原で『AKB』を始めたじゃないですか。あれ、私たちを見てくれていたんじゃないかと思う。思い上がりだけど」

 永野さんは笑った。

 彼女たちが路上ライブを控えるようになったのは、皮肉にも「秋葉原のホコ天」が注目を集めすぎたからである。次第にいろんなバンドが演奏をするようになり、無許可の演奏を半ば黙認していた警察の目が厳しくなってきた。さらに「路上撮影会」と称して、ミニスカートの女性が足を広げて、道行く人に撮影させるようなことまで行われるようになった。

「いろんなバンドが集まりすぎて、自分たちが目立てばいいって、音のボリュームを上げた音量合戦になってしまったんですよ。そしてパンツの写真を撮らせたりする女の人まで出てきて、ここはもう音楽をやる場所じゃないなって、ホコ天ライブから完全撤退しました。そしてあの事件が起きました。6月8日です」

 2008年6月8日日曜日は、秋葉原で働く者にとって忘れられない日である。この日の昼、車で歩行者天国に乗り付けた25歳の男が、人々を車ではね飛ばし、その後、用意していたナイフで次々と刺して回った。たまたま居合わせただけの7人が死亡、10人が負傷した。通り魔的犯行で、犯人は最高裁で死刑が確定している。

 あの日、永野さんも、ライブ告知のフライヤー(小さいチラシ)を秋葉原に配りに行く予定だった。だが、

「音楽をやるわけでないし、ファンの人に来てもらって告知だけして帰るのは申し訳ないな」

 とぐずぐずして、家を出るのが遅れた。

「そしたら路上ライブの仲間から『ノンちゃん、どこにいるの?』って電話が掛かってきたんです。なんか車がつっこんで大変なことになっているから、いま来ない方がいいよって」

 すぐPCを付けて事件を知った。

「事件後に現場に亡くなられた方のために献花台が作られたんですが、メディアがカメラを持って待ち構えているのを見て、近寄ることができずに遠くからお祈りしました。その場所に行けずに怖かったんですよ」

 事件について、責任を感じたこともある。

 その後バンドは解散し、一時期、音楽の仕事から離れたこともある。その間は「本来の自分が好きなことを徹底的にしよう」と、コスプレなどオタク趣味を楽しんでいた。

「秋葉原に来たら、自分が主人公になった気になれるんですよ。大好きなものだらけの街で自分だけの秘密の冒険をクリアするような。ジェンダーレスなところもあります。男らしさ、女らしさがない。男性向けに作られたものは多いですけれど、男性向けの萌えの文化って、女性も楽しめるものだと思います」

 音楽活動を再開した今も秋葉原に来ている。

バージョンアップされる街

 歩行者天国は事件後中止になったが、2011年から再開された。だが以前のような路上ライブなどは厳しく禁止されるようになり、単純に車が通らないだけの通りになった。

 私はこのときから秋葉原がつまらなくなったと感じていた。

 かつての秋葉原は、路上ライブをやる若者や、小さなお店で自分で作った電子パーツを売る若者もいた。街を使って自分たちが世間に出ていこうというクリエイティブな活気に溢れていた。また実際にそうやって社会に認められたのである。「リトルノン」のように。そもそも露天商の時代からこの街が人気を集めていたのは、露天商たちが売っていた真空管などを組み合わせて、大学生たちが自作ラジオを組み立てて販売していたからである。

 だが今の秋葉原は大人がコンセプトを考えたアイドルに声援を送り、店先に並べられた漫画・アニメをいそいそと買うだけの、受け身な街に変わってしまった。通り魔殺傷事件から、アキバの躍動するような面白さが失われたのではないか。昔のホコ天を懐かしむ永野さんなら、私の気持ちを理解してもらえるのではないかと質問すると、

「一時期は、私たちが過ごした秋葉原がなくなってしまうと悲しかったんです。自分たちが知っている場所がビルごとなくなってしまったくらいですから」

 と頷いた。

 しかしそのあとの永野さんの話に、私は自分の捉え方が間違っていたと考えるようになった。

「でもそれからしばらく通って分かったのは、秋葉原に初めて来た人には、そのときの今の秋葉原がその人にとっての秋葉原なんだなってことです。街が常にバージョンアップされて、全く新しい秋葉原を見ている人たちがいると思ったら、それもまた素晴らしいと思うようになったんですよ。私はあのときの秋葉原が好きだけれど、いろんな秋葉原のコレクションを増やすような感覚ですね。今でも『路上で見ていましたよ』と声を掛けていただくことがあります。あのときの秋葉原の記憶はその人と私しか持っていないレアカードなんですよ。そして今の人は最新のカードを手にしている。それもまた素晴らしいことだと思います」

 開高の時代の秋葉原は高度経済成長期を体現したような街だった。ひょっとして、だからこそ、開高の食指が動かなかったのではないかと思う。そんな明るくてわかりやすい街、作家がうろつくに値しない。

 あれから50年経って、秋葉原は過去も現在も未来も同時進行している街になった。開高が訪れれば見たであろう光景を私たちは今も見ることができるし、路地裏の一角に、50年後のアキバを発見できるかも知れない。

(神田 憲行)

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