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国谷裕子「ざらつきを残す問いの立て方」

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23年間、「クローズアップ現代」(NHK)のキャスターを務めた国谷裕子さん。幅広いテーマを扱うなかで、国谷さんは「わかりやすさよりも、ざらつきを残すこと」を心がけていたといいます。疑問を封じ込めたら、その場にいないのと同じ。答えや知識がなくても、萎縮せずに問いを発する。そんな国谷さんに「問う力」の磨き方を聞きました――。

東京藝術大学 理事 国谷裕子さん

■実は「撮れなかったこと」が重要

「クローズアップ現代」のキャスターを長く続ける中で、私がいちばん大事にしてきたこと――それは予断を持たずに日々のテーマと向き合う姿勢でした。

テレビ番組を作るうえで最も恐ろしいのは、思い込みや先入観、偏見を自分でも気づかないうちに持ってしまうことです。それらが作り手の側にあると、物事の背後にある本質を見逃したり、本来は抱いてしかるべき素朴な疑問を素通りしてしまったりするからです。

番組では、記者やディレクターが、その日の企画・テーマに向けて何週間も前から取材を続け、さまざまな素材を編集してVTRを作っていきます。しかし、映像が前提となるテレビには、どうしても「撮れたこと」をベースに番組を構成してしまう傾向があるんですね。取材ができなかったこと、撮れなかった映像については、それがどれほど大事な視点であっても、切り捨てられてしまうところがあるのです。

■見えるものだけが物事の全体ではない

その意味でキャスターに求められるのは、その「本当は取材したかったけれどできなかった何か」を本能的に捉え、「そこに最も大事な切り口があったのではないか」と問う力だと私は考えてきました。目の前に見えるものだけが物事の全体ではない。だからこそ、実際の番組の放送時には、導入部分でのコメントやゲストへのインタビュー、VTRへのコメントといった「言葉」によって、映像としては残されなかったもの、取材はできなかったけれど重要だと思われるものを補い、視聴者に意識してもらえるように心がけていました。

その役割を果たすために必要なのは、政治でも経済でもさまざまな社会問題でも、やはり事前に多くの勉強をして、全体を俯瞰(ふかん)して見る視点を持つことでした。

■大量の資料を自宅に持ち帰る

「クローズアップ現代」の放送は月曜日から木曜日までの週4日間。毎週、木曜日の放送を終えると、私は記者やディレクターの方たちが集めた大量の資料を紙袋に入れ、自宅に持ち帰っていました。

情報をインプットする順番はまず新聞記事、次に一般的な雑誌記事、それから専門的な書籍に目を通します。そして、最後に番組のゲストとなる方の著作を読み、知識を深めていきます。最初に新聞記事から読むのは、視聴者がよく目にしている媒体だからです。

情報の整理は特にしませんが、大事なのは最初の資料を読み始めた際に自分が感じた疑問を、学びを深める過程において常に忘れないようにすること。なぜなら、専門家ではない私が新聞記事などを読んで最初に抱いた疑問は、視聴者が抱く疑問とも重なるはずだからです。

知識や情報というものは、増えれば増えるほどディテールが気になっていくものです。でも、番組において私が目指していたのは、一つの問題の本質の部分を、いかに柔軟に、俯瞰して提示できるかでした。物事の本質を見失わないようにするためにも、初めに抱いた疑問を重視する姿勢が大切だったのです。

■「当たり前」を常に問う

物事に対する先入観や思い込み、固定観念を持つことの怖さを私に教えてくれたのは、多くのゲストの方々だったといえるでしょう。

例えばいまでも強く心に焼き付いているのは、「母の日」の企画で永六輔さんを番組にお呼びしたときのことです。

その日の打ち合わせで、番組で使用する母親への感謝のさまざまな形をVTRで見た後、永さんは、「生きているお母さんには赤のカーネーションを贈り、亡くなったお母さんには白のカーネーションを供えるのは酷な気がする。なぜ区別するの」と話されました。そして、放送の中では、構成をなさっていた生放送のバラエティー番組「夢であいましょう」での体験を話されました。

それは同じ「母の日」の放送で、番組の終わりに出演者が1人ずつ、母親へのメッセージを言う趣向があったそうです。ところが、その中に1人だけ、何も言わなかった人がいた。放送後に話を聞いてみると、その人は「自分には母親がいない。だから、一度も『お母さん』と言ったことがないんだ」とおっしゃった、と永さんは振り返りました。そのとき、永さんは「母親のいない人にとって、『母の日』はつらい日なのかもしれない」と、はっと気づかされたと言うんです。私はこの話を聞いたとき、自分がいつの間にか持っている思い込みというものが、いかに危ういものであるか、先入観の怖さを教えられた気がしました。

永さんの語ったこのエピソードが象徴するように、番組でのゲストとのやり取りを通して私が学んでいったのは、ときに素通りしそうになる「当たり前」に対して、「本当にそうだろうか」と常に問う姿勢の大切さだったように思います。物事に対して常に問いを持つ姿勢こそが、思い込みや先入観から自分を自由にしてくれる唯一の方法なのだ、と。

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