記事

芸人の夢をあきらめライターに転進した女性の決断の速さに「あっぱれ」~中川淳一郎の今月のあっぱれ

1/2

お笑い芸人からフリーライターに転進した一人の女性の物語

筆者提供

9月2日、人生色々大変だった女性の結婚披露宴に行ってきた。新婦の氏家裕子さんは元芸人で現在37歳のフリーライター。キャリアは10年。ここでは「夢の諦め時」を知り、「地道な信用作り」をやり続け、「いつも笑顔で」を心がけた彼女をホメたい。地べたを這い、くすぶっていた一人の女が少しは「マシ」な業界に入り込み、今では編集・ライター業界からの信頼感をある程度勝ち得て「絶対にできないと思っていた!」と本人がしみじみ語る“結婚”に至った話をする。写真はお色直しの際、なぜか私が新婦のエスコート役に指名され、檀上に上がった時のものだ。

披露宴で発表されたプロフィールとWikipediaによると、彼女はこんな流れで2007年まで活動してきた。千葉県館山市の高校を卒業した彼女は演劇系の専門学校に入り、そこで出会った同級生とお笑いコンビを組むことに。ホリプロのお笑い勉強生になった後、2002年12月(23歳)からお笑いコンビ・「金魚ばち」としての活動を始めた。コンビ名「金魚ばち」の由来は、たまたま氏家さんが金魚鉢の携帯ストラップをつけていたところ、マネージャーから「それでいいだろ。お前らのコンビ名は“金魚ばち”だ」と言われたことにある。

ホリプロのNo.1芸能人といえば和田アキ子だが、和田の冠番組である『アッコにおまかせ!』(TBS系)のアシスタント業務のほか、リポーターとしての活動も行った。お笑いコンビ・たんぽぽの川村エミコはホリプロの同期である。

結果的にお笑い芸人としての活動は花開かず、2007年夏、実家の館山に帰ってあぜ道を歩いていたところふと「もう辞めようかな」と思い、同年7月31日をもってコンビは解散し、氏家さんは芸能界を引退した。相方はピン芸人となり、その後舞台女優になった。

結婚式の司会(ホリプロ同期で現吉本興業所属)によると「コンビを解散した1ヶ月後、“師匠”となる中川淳一郎さんに出会い、ライターとしての活動を開始しました」とのこと。2ヶ月半後ぐらいじゃないかな? と思いつつも、まぁ、大した差ではないのでこのまま進めるが、彼女と私が出会ったのは2007年秋のことだった。きっかけは、雑誌『テレビブロス』編集者の木下拓海君からの電話だった。

「なーかーがーわーさーん、なんか、お笑いをやっていたという女がブロスの仕事をしたいと突然やってきたんですが、さすがに仕事もあんまりないので中川さん、一度会ってもらえますかぁ~?」

一体なんのこっちゃと思ったら、私が2005年まで編集者を務めていたブロスの仕事を引き継いだ木下のもとに、氏家さんから電話があったというのだ。編集部で電話を受けた木下は氏家さんからこう言われた。

「私は今無職です! 便所掃除でもなんでもいいので、ブロスで仕事をさせていただけませんでしょうか!」

ブロスの編集部には、全国各地からフリーのライターや編集者から売り込みの電話や封書が多数寄せられていた。氏家さんからの電話はそうした中の「ワンオブゼム」みたいなものだったのだが、「元芸人」という肩書に木下は引っ掛かった。とりあえず、当時のブロスのO編集長と木下は氏家さんに会ったが、正直未経験者ができるような仕事はない。そこで、私に話が来たのだ。

「なんで編集業界の人たちってこんなに優しいんですか!」

この頃は、ネットニュースの黎明期にあたる。もちろん、新聞社や通信社系のニュースをネットで読むのは一般的になっていたが、あくまでも「おまけ」的な扱いだった。2006年にJ-CASTニュースが登場し、ITメディアニュースやZDNet、C-net、オモコロ、デイリーポータルZ、独女通信などはあったものの、まだまだネットメディアは今のように隆盛を極めていない。

そんな中、私もアメーバニュースの編集者として毎日12本の記事を入稿していたのだが、慢性的な人手不足に悩まされていた。紙メディアのギャラが高い時代で、さらに彼らからネットメディアは見下されていた。当時、私は「1文字10円」で仕事をフリーライターや学生に発注していたのだが(現在は文字量関係ない定額制になっている)、紙メディアの人からすると「安過ぎる」と断られる状況にあり、人員の確保が急務だった。雑誌記者の中には「企画が通らない」とストレスを抱えている人もおり、そういった人々はこの安いギャラで仕事を受けてくれていた。「好きな記事が書けて嬉しいですよ!」と彼らは語っていた。

そんな状況で出会ったのが氏家さんである。とにかく週に1回、私の事務所に来て隣で記事を書きまくるよう依頼をした。採用の決め手は「性格が良さそう」「根性がありそう」ということに加え、「生活に困っている」「貧乏のツラさとお金の重要性を知っている」だった。文章が上手か下手かはどうでもよかった。編集者の仕事はライターが書いた原稿を直すものだから、名文は求めないし、内容が正確であればよかった。また、芸人だった経験を活かし、芸能界の裏事情等もエグくない形で書くことも依頼した。この手のネタについては彼女以外には書けないだろう。

彼女がオフィスに来る日は当初は木曜日だったが途中から日曜日になり、2年半ほど経過したところで在宅ワークに切り替えた。もう隣で指導をする必要はないと判断したのだ。日曜日出勤の頃は2人で昼食を食べながら、NHKの『のど自慢』を見てツッコミを入れては楽しんでいた。

アメーバニュースのライターを始めて以降、私は彼女『日経エンタテインメント!』の編集者に紹介をしたり、サイバーエージェントの別の仕事を一緒にやるようになった。『日経エンタ』では、直接の編集担当・O氏と少し仕事をしたようだが、その後、現日経BPヒット総合研究所上席研究員で『日経エンタ』編集委員の品田英雄氏に気にいられたようで、『日経トレンディ』関連の仕事をするようになり、いつしか『日経ウーマン』の仕事も始めていた。アルバイト情報誌『an』でも連載ページを持つようになっていた。今回の披露宴で新婦側の挨拶をしたのが、同誌の編集者・加賀谷睦氏だった。彼女はこうスピーチした。

「裕子さんとの付き合いはもう8年になります。彼女のすごいところはこれまでに1回も締め切りを破ったことがないことです。当たり前のことじゃないか、と思うかもしれませんが、それができる人はあまりいないのです。こちらはいつも無茶振りをしていると思うのですが、彼女は一切の文句を言うことなく仕事をしてくれます。それでいていつも笑顔でいらっしゃいます。今は仕事というよりも飲み仲間といった方がいいのかな、てへっ」

多分、これがすべてを表しているのだろう。私も加賀谷氏の意見には同意する。なぜ氏家さんがこう評価されるようになったのかを考えると、芸人時代の待遇の悪さも一因ではなかろうか。彼女と出会ってから数ヶ月、しきりと言われた一言がある。

「なんで編集業界の人たちってこんなに優しいんですか! 本当にびっくりしました。芸人辞めてよかったです!」

あわせて読みたい

「キャリア」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    配達が無言 ヤマトAmazon撤退で

    山本直人

  2. 2

    虚偽の史実を広めた朝日は謝罪を

    門田隆将

  3. 3

    トランプ氏を手玉にとる安倍首相

    PRESIDENT Online

  4. 4

    覚悟ない子連れ議員にがっかり

    宮崎タケシ

  5. 5

    国民を馬鹿にした昭恵夫人の一言

    天木直人

  6. 6

    山尾氏の集団的自衛権=悪は危険

    篠田 英朗

  7. 7

    サ市と断交?冷静な判断が必要

    米山 隆一

  8. 8

    慰安婦の日制定で日韓合意は破綻

    木走正水(きばしりまさみず)

  9. 9

    子連れ登院の目的に抱いた違和感

    井戸まさえ

  10. 10

    詩織氏に届いた女性からの非難

    女性自身

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。