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“生き甲斐やレゾンデートルが自己責任の時代”

 ちっぽけな人間が、無数に生まれて無数に死んでいく。
 そのこと自体に意味があるのかどうかは、私には分からない。

 しかし、そのちっぽけな人間の一人一人にとって、“自分自身の生が無意味である”という認識が、寂しくて耐え難いものだというのは私にも分かる。だから、自分自身の生に意味づけをし、生き甲斐やレゾンデートル(raison d'etre:生きている意味)を与えてくれる“命綱”のような存在を私達はありがたがる。世間を見渡せば、それらにしがみつく人達の姿で溢れているわけだが、“他人事”と笑って済ませるのは難しい。

 日本では、20世紀の後半ぐらいから、生き甲斐やレゾンデートルを求め、自分自身の生に意味を見出そうとする人が増えてきた。昨今、こうした生き甲斐やレゾンデートルに相当するものを提供するビジネスがビジネスとして成立してしまうのも、要は、それらを必要とする・それらを欠いていると感じている人が、それだけ増えているということだろう。なかには、自分自身の人生に意味を求めすぎるあまり、選択を誤って人生を破滅させてしまう人もいる。

 生き甲斐やレゾンデートルを、求めずにはいられない社会。
 個人がそれらを全部自前で用意しなければならない社会。


生き甲斐やレゾンデートルが、強制的に自動給付されていた時代

 いくらか前までの日本では、生き甲斐やレゾンデートルはわざわざ捜し求めるまでもなく、空気を読みながら平穏な生活を選んだ人間の大多数に、自然に与えられるものだった。同族・地域・会社、といった集団に所属し、そこからはみださない限りにおいては、小集団のなかで必要とされるメンバーの一人として、生き甲斐と居場所を実感しながら生きていくことが可能だった。歳をとって現役を退いた後も、“その集団の歴史を背負ってきた一員としての自分自身”を回想することはまだしも容易だったし、ある日ぽっくり死ぬ日まで、敬愛されるべき先達としての立場を保っていられる余地も残されていた。*1。

 また、神仏への信仰が定着している地域では、信仰からはみださない限りは、生き甲斐やレゾンデートルに一定のセーフティネットが提供される可能性があった。伝統的な信仰は、先祖や神仏に包まれている感覚を提供し、苦境や苦悩を無意味なものとして突き放さず、有意味なプロセスとして意味づける視点を提供してくれていた。逃れられない“死の運命”に直面するにあたっても、虚無感と折り合いをつけ臨終を受容する助けとなってくれる可能性を持っていた。

 さらに近代になると、これらにナショナリズムというファクターが加わり、かなり限定的ながらも、生き甲斐やレゾンデートルを(時には“死に甲斐”すら!)個々人に提供することとなった。ナショナリズムは副作用が強烈で、太平洋戦争のような悲惨な結果を生み出すことにもなってしまったわけだが、個々人の生き甲斐やレゾンデートルに対しては、限定的ながらも貢献していたように思える。

 
生き甲斐やレゾンデートルを、自前でゲットしなければならない時代

 ところが、こういった生き甲斐やレゾンデートルの供給源は、めっきり希薄になってしまった。

 今では職業も居住地も自由に選べ、職工の息子が職工でなければならないという道理も無い。地域社会や血縁関係にありがちだった、面倒な人間関係に束縛されることもない。その代わり、いざ職業や人間関係に生き甲斐やレゾンデートルを見出そうと思ったら、ぜんぶ自分の力で獲得するしかなくなってしまった。

 ところが、現代社会の仕事の多くは“交換可能な歯車のひとつ”“私が辞めても代わりは幾らでもいる”で占められている。専門職の場合でさえも、社会システム・企業システムがあまり複雑になっているので「このシステムが回っているのは俺が頑張っているからだ」とは実感しづらい。このため、職業の選択は思いっきり自由になったにも関わらず、自由な職業選択を通して生き甲斐やレゾンデートルを実感することはむしろ困難になってしまった。仕事に生き甲斐やレゾンデートルを難なく見出せるのは、限られた職種、あるいは限られた成功者、ぐらいのものだ。

 居住地に関しても、自由に誰もが移動できるようになった代わりに、転居先の地域で“地域のかけがえのない一員”という実感をもつことはかなり難しい。「自由に引っ越せる」ということは、「その地域に必要不可欠な人間ではない」ということと表裏一体の関係にある。これは、土着の風習や地域コミュニティというものが希薄化したニュータウン的空間ではとりわけそうだ。ニュータウンには、誰もが自由に引っ越して来れる代わりに、ニュータウンを構成する絶対必須の人間というのはどこにも存在しない。

 神様も、もう間近では感じにくい。廃仏毀釈や都市化を経ていくなかで、信仰を通して生き甲斐やレゾンデートルを実感することは困難になりつつある。初詣や盆の風習のように、信仰の名残りこそあれ、生き甲斐やレゾンデートルに直接関わるような形で・日常生活に密着した形で信仰が残っているわけではない。“死”にまつわる虚無感へのバッファとしての宗教の機能も、死に直面する場面を葬祭センターや病院へと隔離された現在では、じゅうぶんに機能しているようにはみえない。

 ナショナリズムに関しても同様で、戦前/戦後の転換によってナショナリズムは一気に変化してしまった。それでも戦後しばらくは“民主主義”“高度成長する日本”などがナショナリズムを十分すぎるほど代替してくれたかもしれないが、こういったファクターも、オイルショック以降はすっかり意気消沈し、今となっては見る影もない。


“生き甲斐やレゾンデートルの自己責任時代”

 そんなこんなで、21世紀を生きている人は、生き甲斐やレゾンデートルを、ほとんどすべて自分自身の力で獲得しなければならなくなってしまった。荒っぽい喩えをするなら、“生き甲斐やレゾンデートルが自己責任の時代”ということになるだろうか。

 私達は、かつてのようなしがらみに束縛されることもなく、生き甲斐やレゾンデートルの場を自由に捜すことができる。強烈な才覚を持った一握りの人間には、生き甲斐やレゾンデートルをかき集める大きなチャンスが与えられよう。村一番の職人に甘んじるのではなく、国一番の職人にまで上り詰めれば、スーパースター的な生の意味を獲得できるだろう。

 しかし“生き甲斐やレゾンデートルの自己責任時代”は、凡庸な能力しか持たない大多数の人間には、およそ生き甲斐やレゾンデートルとは無縁の“歯車のような仕事”しか与えてくれない。そればかりか、努力や運次第では自分もスーパースターになれると勘違いして、心のどこかで白昼夢を諦めきれない敗残者を大量生産してしまってもいる。

 仕事だけではなく、家庭やコミュニティや信仰などを通して生き甲斐やレゾンデートルを実感できるか否かも、もはやすべて自分次第で、誰も代わりに提供してくれないし、助けてくれない。市役所の福祉課も“生き甲斐のセーフティネット”には応対しきれないわけで、現状、およそセーフティネットに相当するものはなにもない。

 私は、人間という生物は、何らかの生き甲斐なりレゾンデートルなりをもたなければ心理的に参ってしまいやすいと思っているし、生き甲斐やレゾンデートルを求める事自体はとても尊いと思っている。心理的な生命線と言ってもいいかもしれない。けれども、そんなに大切なものだというのに、今、生き甲斐やレゾンデートルを自己責任でちゃんと手に入れられる人って、思ったほどにはいないんじゃないだろうか。

 「生き甲斐もレゾンデートルも、ご自由に、すきなだけ探していいですよ。」
 「そのかわり、全部自分で手に入れるんですよ。自己責任ですからね。」

 そういわれて生き甲斐やレゾンデートルを自力できっちり確保して生きてられる人って、実際どれぐらいいるんでしょうね?

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*1:その代わり、自分自身の生き甲斐や居場所を自主的に選択する余地はあまり無く、強制的に割り当てられたものを引き受けるのが主流だった点は忘れるわけにはいかない。また、小集団に所属しきれなかった例外者が恐ろしく厳しい状況に直面させられていた、という点も忘れるわけにはいかない。

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