記事

あなたは『嫌われる勇気』を誤解している

1/2

(哲学者 岸見 一郎 取材・文=プレジデントオンライン編集部)

「アドラー心理学」を解説し、世界中で350万部を越えるベストセラーになった『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)。その内容を「身勝手な振る舞いを勧めるもの」と解釈している人もいるようだが、著者の岸見一郎氏は「それは誤解です」と断言する。新著『アドラーをじっくり読む』(中公新書ラクレ)の内容を踏まえつつ、徹底解説してもらった――。

■ベストセラーゆえ生まれた「誤解」

『嫌われる勇気』が世の中の多くの人に読まれていることは、とてもうれしいことです。しかしながら、一方で、気がかりなこともあります。それは、アドラー心理学に対する誤解が広まっているのではないか――ということです。

『アドラーをじっくり読む』岸見一郎著 中公新書ラクレ

なかでも特に気になるのが、「共同体への貢献」という考えへの誤解です。

そもそもアドラー心理学は非常にシンプルなので、かえって誤解されやすい心理学です。正しく理解するには、3つの方法があると私は考えています。

それはすなわち、対話形式でまとめられた本を読むこと、質疑応答の形になった本を読むこと、そして、アドラーの原著にあたることです。

『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(いずれもダイヤモンド社)は、対話篇としてまとめたものです。質疑応答については、私は講演会でも長い時間をとることがあります。SNSでのやりとりもしてきました。

しかし、最後の原著にあたることは、なかなか難しいものです。

■原著がそもそも誤解されやすい

アドラー心理学が誤解を受けやすい理由の一つが、この原著の作り方にあります。アドラーには多数の著書がありますが、アドラーは書くことにあまり執着がなかったため、その多くが「聞き書き」であり、講演録を編集者がまとめたものが多いのです。

それゆえ、原著といえども、各章の問題のつながりがはっきりしなかったり、重複していたりして、必ずしも整合性がない箇所があります。これではなかなか正確な読み解きはできません。

ですので、新著『アドラーをじっくり読む』では、代表作をいくつか選んで、概要を紹介しました。実は、本書のタイトルを当初『アドラーを正しく読む」にしようという案もありました。それくらい、これまでアドラーの著作が「正しく」読まれていない、と痛感していたからなのですが、まずは「じっくり」読むことが必要だと思います。

もとより、私の解釈なので、私とはまったく異なった読み方をする人はおられるでしょうが、今後、原著を読む時の「羅針盤」のような役割を果たせたらと思います。

■リーダーこそ間違いやすい

さて、冒頭に述べた「共同体への貢献」という観点で話を進めましょう。アドラーのいう「共同体」とは、どこかの会社、学校やチームなど、ただ一つの具体的な共同体に限定されるものではありません。これはアドラー理解のための重要なポイントです。さしあたって、自分が属する家族、学校、職場、社会、国家、人類であり、過去・現在・未来のすべての人類、さらには生きているものも生きていないものも含めたこの宇宙の全体を指しています。

しかしながら、現在、経営者をはじめ組織のリーダーが説明する「貢献感」は以下のようなものになってはいないでしょうか。

自身の経営する会社、運営する組織といった固有の「共同体」へ「貢献」する気持ちを持つことが、従業員や部下を幸せへと導く――。

貢献感を持つことは大切ですが、リーダーがこのように考えることは危険なことがあります。なぜこのようなことを言うか、説明しましょう。

アドラー心理学は「使用の心理学」といわれることがあるのですが、その意味を誤解している人がいます。この「使用」とは、「アドラー心理学を使う」という意味ではありません。アドラー心理学の教えはシンプルですが、それが教える技法を使うと、他者がみるみる変わることを知った人が、アドラー心理学が「使える」ことに驚くのです。

しかし、「使用の心理学」というのはそういう意味ではありません。大切なことは何が与えられたかではなく、与えられたものをどう「使う」かだということであり、人は誰でも自分の生を選びうるという意味なのです。

そもそも人を操作するために、アドラー心理学を使えると考えることは、正しい理解とはとても言えないのです。ですから、リーダーが共同体への貢献を語る時、従業員や部下を貢献させようとしていないかに注意しなければなりません。

■共同体とは「理想」のもの

「共同体」、そして「共同体感覚」こそ、自分が環境をどう捉えるかで幸福になれるかどうかが決まるという、アドラー心理学の大切な概念です。先述しましたが、共同体とは、具体的なある一つの共同体ではないのです。あらゆる意味で垣根を越えた「理想」の共同体であり、一つの組織ではなく、もっと大きな共同体に所属していると感じていることが、「共同体感覚」ということです。

したがって、共同体への貢献は特定のある共同体への貢献にとどまりません。理想主義者であるアドラーは、それほど理想的な「共同体感覚」を求めていたのです。

共同体に所属する人の観点で言えば、特定の組織や誰かから承認されればいいというわけではなく、常により大きな共同体の利害を念頭に置いて行動しなければなりませんし、嫌われようと何をしてもいいというようなことにももちろんなりません。

共同体への貢献と言う時、その貢献によって得られる「貢献感」は、決して他人から押し付けられたものであってはいけません。貢献感も、共同体と同じくアドラー心理学のキーワードの一つです。貢献感を持てば自分に価値が感じられ、自分に価値を感じられれば、課題に取り組む勇気を持つことできる。この貢献感は自らの内側から得られるようにならなければ意味がありません。

つまり、働くことでも、勉強でも、老いた親への介護であっても、自分が「貢献している」という実感を持つことが大切なので、貢献感は決して他者から強いられたものであってはいけないのです。

■会社という共同体をどう考えるか

アドラーが使う共同体という言葉はドイツ語ではゲマインシャフトです。これはゲゼルシャフトと対比して使われます。簡単に言うと、ゲマインシャフトとは家族や地縁といった共同体組織です。ゲゼルシャフトとは、会社をはじめとする産業や文明での営みを前提とした、人為的目的をもって作られた機能的な共同体です。

この区別に従えば、会社組織は、ゲゼルシャフトです。しかしながら、特に日本の企業は、組織への「貢献」や「忠誠」や家族的なつながりを求めた、ゲマインシャフトのような――あくまでも「のような」――あり方を続けてきました。

ところで、先に見たように、アドラーは、共同体=ゲマインシャフトという言葉を使っていますから、会社組織という共同体もゲマインシャフトになります。これはどう解すればいいでしょうか。

私の父は昭和ひと桁生まれの会社員でしたが、父の会社では元旦に社員一同が集まって年頭の挨拶をする慣習がありました。

さすがに今ではそんな会社はないでしょうが、通勤電車でも会社のバッジを付けていたり、昼休みにも社員証を下げていたりする人などは、企業へ忠誠を誓い、それによって誇りを得ているのではないでしょうか。過剰なまでの忠節を提供し、人生を担保されているかのように見えます。

あわせて読みたい

「心理学」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ネトウヨが保守論壇をダメにした

    文春オンライン

  2. 2

    サギ師が使う人の心を操る話し方

    fujipon

  3. 3

    都顧問 小池都政なければ大混乱

    上山信一

  4. 4

    音喜多氏「小池氏演説は攻撃的」

    おときた駿(東京都議会議員/北区選出)

  5. 5

    元SMAP3人VSジャニーズの報道戦

    文春オンライン

  6. 6

    情勢調査が有権者に与える影響

    AbemaTIMES

  7. 7

    約30年ひきこもり 就労までの道

    PRESIDENT Online

  8. 8

    戦略的投票を推奨する朝日に疑問

    和田政宗

  9. 9

    英国でトラブル 日立は正念場に

    片山 修

  10. 10

    辻元氏 米は他国民を救出しない

    辻元清美

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。