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同窓会では会社の名刺を出すな - 野口俊晴(ファイナンシャル・プランナー)

■同窓会に仕事の名刺はいらない

お盆で帰省した人の中には、久しぶりに同窓会に出席した人も多いだろう。特に中年期になって中学・高校時代の同窓会に出るのは、感慨深いものがある。それはそれとして、誰でも犯しがちな失敗がここに1つある。自分もそうだが、帰省先の地元に根付いていない者ほど犯しやすい。それは、会社の名刺をつい出してしまうことだ。

それにしても、30年も40年も会っていないのに、思春期の「おのこ」(男子)や「おとめ」(乙女)の顔がわかるのかと思うだろう。人は瞬時に時空をなくし、過去の意識に同化させるという術(すべ)を持っている。記憶である。すでに中年男や中年婦人たちも、今や少年と少女の顔を持ち、数十年も圧縮された時間の下、意識が当時に結び付く。

ウソのように思えるが、30年たっても40年たっても、人の顔はわかる。当時のガキ大将は歳をとってもガキ大将だし、ピエロ役は今もピエロに、初恋のマドンナはかつてのマドンナに戻り、口ぶりや素振りまで昔と同じになる。 同窓会の場ではそんなふうに時空意識がなくなり、誰もがはしゃぐのである。こんな場では、今の仕事や立場というのは、いっさい出さないのが普通である。仲の良かった者同士では、口で「何してる?」「こんな事してる」くらいにしておくのがいい。仕事上の地位、収入の額が憶測されそうなことは出さないほうがいいのだ。特に、定年がほのか先に見えるくらいの歳になってからは。

ここで、今の名刺を出す。それは、ほとんど意味のないことだ。親しい同士なら、地元を長く離れていても連絡しあって、互いのことは十分知っている。かつての級友だからといって、「ビジネスライク」に一人ごとに名刺を渡して、しかも握手しようものなら、急に場がおかしくなる。そうはわかっていても、同窓生たちが都会の大学を出た後に地元に戻っていて、自分だけ郷里に居つかない者は、自らのよそ者意識をかばいつつ懐かしさもあって、つい名刺を出してしまう。

■地元を離れた者と居ついた者との違い

大それた省庁や有名企業に勤めているわけでもなく、求められもしないのに名刺を差し出してしまう哀しさ。そういうことは、ごく親しかった級友同士でこっそりやればいい。みんなが輪になって集まっているところへビジネスの名刺交換の感覚でやると、歓談の雰囲気がたちまち凍ってしまう。同じ都会組同士が顔を見合わせて、やあやあ、と懐かしがり、「君も東京にいるのか」と名刺なんか出し合ったりすると、懐かしき時代は置き去りにされ、仕事の雰囲気に一変してしまう。 周りの者は、しょせん彼らはもう地元を離れてしまった人間なのだと、疎遠さを感じている。

自分はいつでも郷里を忘れていないぞ、そうは思っても郷里を離れた者は地元に居残った者らから忘れられていく。そんな気持ちからか、「東京に来た時は連絡してほしい」という思いで会社の名刺を出してしまうのだろう。そうしたからといって、都会で再会することはめったにない。会ったところで、前から親交が続いていなければ、互いに気まずくなる。同窓会という場と空気があったから少年少女になれたのであり、スーツを着た大人同士が(普段着であっても)、 現実の時空をまとってビルのはざまで会ってもなかなか昔に戻れない。

例えば地元議員がいて、昔の親友たちと和気あいあいとしているところに割って来たとする。在学中ろくに口もきいたことのない自分らに議員の名刺など差し出し、「やあ、よろしく」などと握手を求めてきたら、これは自分のことを「1票」として当て込んでいるなと、つい思ってしまう。仲の良かった友がそうならば応援したくなるのだが、ここは選挙応援のパーティでも、ビジネスの人脈交流会でもないわけである。

たかが名刺のことで深読みしすぎではないか、そう思われるかもしれない。久々の再会で交流ができるのに、なぜいけないのかと。親しかった者同士なら、きっかけがあれば親交が再開するだろう。それであれば連絡先(電話やメール)が分かればいいわけで、会社の名刺はいらない。地元に根付いて現実の苦楽を生きている人間と、たまに帰省してすぐまた戻っていく人間とでは、同窓意識が全く違う。都会で頑張ったんだから、定年後は郷里でのんびりなどと考えていると、ギャップを味わうかもしれない。地元の同窓と親交を続けていくのなら、自分がこの地で思いを尽くせる何かを持っていた方がいい。

■「自分の肩書き」をつくる

定年近くにもなって親交が復活するのは、どういう会社に勤めているかによるものではない。今さら利害なしで会うのに、そんなことは誰にも関心が持たれない。たとえ一流の大会社と言われようが、偉い役職であろうが、どの組織にいる(いた)ではなく、自分でいま何をやっているか、そこに関心は持たれる。もっとも定年退職となると、出そうにも名刺がない。会社の名も肩書きもない。定年前の出向や転職で無名の会社に移っていようものなら、名刺を出したくても出す自信がない。出したところで、「何の会社だ? そこで何をやっているのだ」と聞かれるならまだしも、たいていそのままポケットにしまわれてしまう。

では、同窓会で名刺を出す意味はないのか。確かにどこそこの会社(組織)にいるというだけの名刺なら、誰にとっても要らないだろう。しかし、会社に在籍中なのに自分個人の名刺を持っていたら、それはどうか。「自分は今、こんなことをしているのさ」と、現在の組織にとらわれない「自分の肩書き」の入った名刺を出せたら、皆に興味を持たれないだろうか。

そこには「NPO法人○○の代表」とか「○○仕掛け人」、あるいは「地元の○○アドバイザー」などの名があったっていい。それがこれからの生き方(働き方)を示唆できるものならば、「それって、どんなこと?」と聞かれるかもしれない。その名刺の肩書きがボランティアであるか、副業であるか、あるいは独立しているかいないかは、さほど重要ではない。むろん退職しても生活資金が十分あれば、収入にこだわらずに自分の好きなことをやれる強みも出てくる。働くことでもいい、趣味でもいい。大事なことは、とにかく社会とつながっていることだ。

■定年後の生き方につながる名刺

会社とのつながりがなくなって、毎日何もすることがなくなった日常というのはどういうものだろうか。お金があっても孤独、それは耐えがたい。それでも、今まで一生懸命働いた退職金で暮らせるならまだましさ、という人はそれでいい。同窓会をきっかけに親交を復活させるのもいいことだ。そういう時に、いま自分がやっていることを名刺に刷り込ませることができたら、もっと素敵だと思う。

最初に同窓会では名刺を出さない方がいい、と書いた。だけど、自分の名前でやっている仕事やプロジェクト、自分が好きでたまらずにやっていることを肩書きにして自分の名刺に刷り込めるなら、久方ぶりの同窓会でどんどん出してみるといい。それは定年後の生き方にも、楽しみにもつながることだろうから。

【参考記事】
■ロボ運用では読み切れない投資者心理(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/51763022-20170727.html
■老後の年金格差をなくすために(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/51567662-20170628.html
■なぜ人は簡単に投資詐欺にあうのか (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/51339145-20170525.html
■パート社員でも退職金の準備ができる理由と方法 (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/50936755-20170328.html
■リストラされた大企業の社員が、ハローワークに行くと給料が半減する理由(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/50732072-20170227.html

野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表

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