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炎上事案の本質は、ジェンダー意識の違いではない!?

残念ながら、差別は空気のように私たちの日常のそこら中にある。どんなにそれを取り除こうとしても、ひとつを取り除けば別のところにそのしわよせがいく。差別をしないで生きている人などいない。それに気付いていないで、自分の気付いた差別だけを見て他人を責めているのだとしたら、その業(ごう)は恐ろしく深い。

たとえば、親になったからこの差別に気付いた、海外で生活してみてこの差別に気付いたといった瞬間に、子供のいない人、海外在住経験のない人への差別になる可能性が生じる。そういう自分のままならなさを甘んじて認めながら、それでもできるだけ差別がない社会を目指しながら生きるのが人間。

生命が「流れ」である以上、生き物は「差」の中でしか生きられない。水が高いところから低いところに流れるように、「差」がないと「流れ」は生まれないから。その「流れ」の一部にならなければ生き物は生き物でいられないから。いろいろなところで「差」をつくり「差」を利用しながら生き物は生きている。それが生き物の業(ごう)であり原罪。

生き物は、何かの命を奪わずには生きられないのと同じように、「差」をつくらなければ生きられない。それが「流れ」としての宿命だ。世の中から完全に差別をなくしたら、おそらく人間は絶滅する。悲しいけれど私たちはそういう生き物。自分の中にそういう業や原罪があることを認めることから、みんなができるだけ暮らしやすい社会は始まる。無自覚の差別をしながら自分も生きていることに自覚的にならなければいけない。

あたかも自分は差別を全くしない人であるかのように振るまい、他人の言動に差別認定する人は、「動物を食べるなんて残酷」と言うタイプの菜食主義者に似ている。植物を食べることだって植物の命を奪うことに変わりはない。植物だって、切られるときは「痛い」だろうし「悲しい」だろう。その「痛み」や「悲しみ」が動物の「脳」が感じるそれとは種類が違うだけで、植物には植物の「痛み」や「悲しみ」の感じ方があるはずなのにそれに考えがおよばない。

一方で、人間もそういう「流れ」の一部。食べたものを排泄したり、死んだ後は土や空気に姿を変えたりすることで、業や原罪の逆側の立場に立つことができる。「流れ」の中において、業や原罪は結局プラスマイナスイーブンとなる。

差別を完全になくすことはできない。でも「流れ」を意識することで、差別する側とされる側に立つ「機会」をできるだけ平等に割り振ることは可能であるはず。平等な状況を動的につくり出すのだ。固定してしまうのではなく、あえて変化させ続けることで平等が保ちやすくなる。差別を肯定する必要はないが、自分だって毎日差別する側にもされる側にもなっているのだと思えれば、つい差別してしまう他人の業にいちいち目くじらを立てることもないと思えるだろう。自分が同じことをしないように気をつければいい。そのうえで、その「機会」に大きな偏りがあるときに、対話によってそれを調整するのが人間の知恵。

ある表現が差別的であるという批判をする場合、いきなり「差別的だ!」「不快だ!」とだけ言う人はさすがに少ない。たいていの人はなぜそう思うのか理由とともに述べるものだ。それを見たある人は、その理由に納得せず「そんなの差別じゃない」「不快と思うほうがおかしい」と言うかもしれない。お互いに自分の意見を述べているだけで、前提として感じ方考え方は人それぞれなのだから、それ以上お互いに干渉しなくてもいい。

ただし、単なる差別と社会的差別は似ているようで違う。社会的手続きにおいて、本人の力のおよばないところで何らかの不利益を実際にこうむることは社会的差別である。それらは社会として「許さない!」と、みんなで結束しなければいけない。人の心の中に生まれる差別を完全になくすことはできないが、社会的差別は対話によって極限まで減らすことができるはず。

たとえば性別によって職業が限定されることは明かな社会的差別といっていいだろう。ステレオタイプな性的役割を強調することで、そうではない振る舞いをしにくくすることも社会的差別だが、ここには解釈の幅が生まれやすい。極端な話、たまたま公園で男の子が野球をしていて女の子が花を摘んでいるシーンを写真に撮って公開しただけなのに、それを性的なステレオタイプの押しつけだと言われたら多くの人が困惑するだろう。でもTPOによっては、これも性的ステレオタイプの押しつけであり社会的差別を助長する表現ととらえられなくもない。この解釈の幅が、社会的分断を生むきっかけとなる。

どこまでは良くてどこからがダメなのか。線引きに正解はおそらくない。みんなの意見をもちよって、その都度いい落としどころをなんとなく見つけるしかない。これは骨の折れる作業である。ここで「私の言うことが絶対だ!」みたいに他人の意見を切って捨てる人が現れると、余計な反発を招きディスカッションが成立しなくなる。ルールで決めてしまえば楽ではあるが、ルール以外のことはやってもいいという理屈を成立させてしまったり、人々を思考停止に陥らせ自分で判断する力を鈍くしたりするリスクも伴うから慎重であるべきだ。

自分とは異なる解釈に遭遇した場合。もし、自分の解釈の仕方を相手に理解してほしいのなら、それが理解される保障はないことを覚悟のうえで、「聞いてもらえませんか」と対話を始めればいい。もし相手の解釈の仕方を覗いてみたいのであれば、自分が納得できる保障はないことを覚悟のうえで、「もう少し詳しく教えてもらえませんか」と対話を始めればいい。相手が応じてくれたのなら、結果的に、理解されなくても、納得できなくても、「ありがとう」。それだけで世の中はちょっぴり良くなるはず。どちらからでも橋は架けられる。

橋さえ架けておけば、その場で白か黒かを決めなくても、だんだんといい落としどころが見えてくるかもしれない。相手を論破するのではなく、橋を架けておくだけで止めておくほうが、おそらく早く落としどころは見つかる。

対話を阻害するのは、「相手の考えに対する決めつけ」「向こうから対話を申し込むべきだという上から目線」「なぜ私の言うことが理解できないのというエゴ」である。そういうものがわき出てしまうくらいであれば、むしろ最初から対話などせず、お互いに不干渉を貫いたほうがまだましだ。下手な対話は双方のストレスを増幅させ、相互理解どころかさらなる分断を生じさせる。

相手の言うことに同意できなくても相互理解はできる。全く同意はできなくても、相手の意見も自分の意見と同じように尊重されるべきだと認めるだけでいい。そのうえで、相手を批難するのではなく、自分の意見を主張し続ければいい。自分の意見の正当性を示すために相手の意見の欠点を指摘するということはできるだけ避けたいが、時と場合によってはそれもあるだろう。ただし、相手の「意見」を批判することは良いとしても、相手の「人格」や「存在」を批判するのは反則だ。分断が決定的になる。

CMなどの表現物を見て、「差別的だ」「不快だ」というのに併せて「きっとこれは男性(女性)が作ったのだろう」「女性(男性)がいても立場が弱くて発言できなかったに違いない」などと、「表現」そのものではなくその向こう側にいる人の「人格」「存在」を否定する言葉にときどき出会うと、人として悲しくなる。これは明かな逆差別であり、分断を強固にすることはあっても相互理解を促進することはない。これをくり返すと、言葉によるコミュニケーションが成立しなくなり、最悪の場合暴力に発展する。それが国と国の間で行われれば戦争だ。

多様性をめぐる相次ぐ炎上事案を見ていて思うのは、その本質が、価値観や判断基準の違いというよりもコミュニケーションの仕方なのではないかということだ。批判の応酬をする人たちのジェンダー意識がそこまで大きく違うかというと、案外そうでもないかもしれない。向かおうとしている方向性は同じなのに、通る道が違うことを批判し合っているだけのことも多いはずだ。火種となっているのは実は「言い方」だったりするのではないだろうか。

たとえば町中で、他人を不快にする行為を自分が行っていることに気付いていない人にいきなりけんか腰で「あなた不快です!」と怒鳴りつけたり、「こういうのに気付けない人ってダメですよね」などと捨て台詞を吐いたりしたら、問題解決どころかトラブルに発展しかねない。また同じ状況で逆に「ちょっと控えていただけませんか?」と丁重にお願いされたのに、「何をしようと私の自由だ!」と言い返してしまったらこれも問題解決どころかトラブルに発展しかねない。

問題提起は大いに結構。何かを批判するのも自由だし、その批判を批判することも自由だ。でもそれをするために、異なる意見をもつ人を強い言葉でけなしたり、見下したりする必要はこれっぽっちもない。

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