記事

「肉山」快進撃の秘密#1 元甲子園球児はなぜ“赤身肉”で勝負したのか

 予約の取れない店として全国に名を轟かせるのが、吉祥寺にある赤身肉専門店「肉山」。オープン直後から赤身肉ブームを巻き起こし、いまでは全国で11店舗も展開するほどに。いったい肉山快進撃の秘密はなんだろうか。

◆ ◆ ◆

赤身肉で満腹になってもコース5000円!

 吉祥寺から歩くこと10分近く。目的の飲食店のすぐ近くにいるはずなのに見つからない。看板はないかと見上げると、古い雑居ビルの2階の窓に、急がしそうに動きまわる人影を発見する。そのふもとで確かめれば、プラスチックの板にマジックインキで「肉山」の文字がある。かすれた文字からして、かなり怪しい雰囲気だ。

 本当にここなのか。首をかしげながら階段をのぼる。どこにも店の名前を書いたものが見当たらない。踊り場近くの重いドアを思い切って空ける。肉を焼く匂いが充満している。


炭で丁寧に焼かれた塊肉

 左側にキッチンがあり、そのまわりにカウンター9席、右側には6人がけのテーブルが2つ置かれている。イスの間隔から判断すれば、かなり窮屈そうに思える。しかし、先客は上機嫌で、ビールを飲みながらすでにテーブルに並んだキムチを笑顔で頬張っている。間違いない。ここがグルメの間で、聖地の一つとして知られる赤身肉専門店「肉山」なのだ。

「肉山」の名前が有名になったのは、予約が取れないことの影響が大きい。炭火焼きの赤身肉が、次から次へとテーブルに並び、締めの御飯を食べ終わる頃には苦しいぐらいに満腹になる。それでいて、コース料理は5000円。飲み放題をつけても1万円と聞けば、自分も行こうと予約を試みる。ところが電話口では、毎月1日の正午に、2カ月先の予約を開始すると教えられるだけ。そこで1日を待って電話をしても、まずつながらない。まるで有名アーティストのチケット争奪戦である。

「肉山」の予約を持っていれば、本来ならば冷たくあしらわれてしまう相手であっても、簡単にデートへ誘えるとの見方さえある。「肉山」の「山」に引っ掛けて、同店に行くことを登山と呼び、登頂のチャンスをうかがうグルメたちが多いのだ。

「肉山」の創業者である光山英明氏は元高校球児。店の常連は親しみを込めて「キャプテン」と呼ぶ。大阪の甲子園常連校、上宮高校3年生のときにファーストを守る主将として甲子園大会に出場、ベスト8に駒を進めた。野球推薦の枠で中央大学に進学したが、プロ野球選手になるつもりは最初からなかったという。野球部の寮があったのは吉祥寺。まさか10年後にこの地で、飲食店を経営することになるとは夢にも思っていなかったらしい。


「肉山」オーナーの光山英明氏

 ここにきて「肉山」の勢いが加速している。5月16日には沖縄店をオープン、さらに年内には千葉、群馬、神奈川にも進出し総計11店舗になる予定。

 全国展開の第1号は、2015年の8月17日にオープンした名古屋。そこから大宮、福岡、高松、神戸、仙台、大阪と、立て続けに出店した。わずか2年の間の出来事である。「1都道府県1肉山を目指している」と光山氏は笑顔を見せた。この勢いなら東京オリンピックの開かれる2020年には、目標を達成してしまうかもしれない。

 実は光山氏が関わるのは「肉山」だけではない。「肉と日本酒」「のんき」「旬恵庵あら垣」「中野餃子やまよし」など、とどまるところを知らない。いずれの店もオープンして数カ月すると、肉山同様、予約が難しい店になる。このため、リニューアルして繁盛店になる飲食店が現れると、裏には光山氏がいるのではないかと噂になるほどだ。フランチャイズを含めたら、光山氏が関わる飲食店は50を突破しているだろう。

人気が出始めたのは1年経ってから

 話は1992年にさかのぼる。大学を卒業後、光山氏が最初に身を置いたのは高校の野球部の先輩が経営する酒屋だった。そこに10年間勤めて2002年に退職。上京して数カ月後にホルモン酒場の「わ」を吉祥寺にオープンする。

 酒屋の経験があるというものの飲食店に関しては全くの素人だった。最初はアルバイトで飲食の世界を知ろうと、あちらこちらに面接へ出かけたが、当時32歳の光山氏を雇おうというところは皆無だった。年齢のせいではないかと本人は振り返るが、眼光鋭く、図体が大きく、さらに酒屋出身の光山氏は扱いにくい人物に見えたに違いない。

 業を煮やして、ならばまずはやってみようと開いたのが「わ」だった。東京にはほとんどなかったスタイルの店で、大阪生野区出身の光山氏にはなじみのあるホルモンを七輪で焼く珍しさが評判となった。焼酎もメニューも500円均一という割り切りの良さに、客だけでなく飲食業界関係者も注目した。他店では1杯1000円以上するようなレアな銘柄であっても、なみなみと注いで500円しかしないのだから、酒好きが放っておくわけがない。だが、予約が取れないほどではなく、一部のマニアに知られた吉祥寺の名店に過ぎなかった。


定番のセッティング。プチトマト、キムチ、香辛料など

 転機となったのは2012年11月の「肉山」開店である。そこから5年もしないうちに、全国展開を目指せるようになったわけだ。「開店して数カ月はお客さんを満足させられるような料理を提供できず、人気が出始めたのは1年経ってからだった」と光山氏は当時を振り返る。

「肉山」の売り物は赤身肉。高級な肉は脂の多い霜降り肉という常識に、あえて逆らった。「あんなもん、そんなにたくさん食べられないでしょう」と赤身肉を大きな塊のまま焼いて、切り分けて皿で客が満腹になるまで提供するというスタイルを思いついた。ところが単純に炭火で焼くだけの中途半端なやり方では、肉の旨味を引き出せなかった。霜降りのように、だれが焼いてもおいしい肉ではなかったのだ。

 そのことに気づいた光山氏は、東京・丸の内にある「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」と、東京・新宿にある「オステリア・ヴィンチェロ」の2人のシェフに教えを乞うた。業態が違うとはいえ、わざわざ何度も吉祥寺の店に出向き、手取り足取り焼き方を伝授するというのは普通ではない。このころから光山氏は、周囲を巻き込んで成長していく不思議な力を身に付けていった。


名物はなんといっても赤身肉

 たとえば光山氏の超能力には有名寿司店の大将も引き寄せられてしまう。阿佐ヶ谷にある予約が難しいことで知られる「鮨 なんば」のオーナー、難波英史氏もその一人。店が休みのとき、突然、光山氏から連絡が入り、軽井沢でバーベキューをやるから顔を出して欲しいと頼まれる。断って当たり前のところを、気がつけばアワビを手にして現地に向かっていたのだという。「なぜなんでしょうね」と難波氏は笑いながら振り返る。

(次回に続く)

肉山
武蔵野市吉祥寺北町1-1-20 藤野ビル 2F
0422-27-1635
https://tabelog.com/tokyo/A1320/A132001/13155313/

(寺尾 豊)

あわせて読みたい

「グルメ」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    サギ師が使う人の心を操る話し方

    fujipon

  2. 2

    田原氏が語る民主党が消えた理由

    田原総一朗

  3. 3

    音喜多氏「小池氏演説は攻撃的」

    おときた駿(東京都議会議員/北区選出)

  4. 4

    米も脱退 ユネスコはウソばかり

    中田宏

  5. 5

    報ステのアベノミクス批判は乱暴

    和田政宗

  6. 6

    加計学園問題の核心は解決済み

    石水智尚

  7. 7

    センスも大義もない民進・前原氏

    青山社中筆頭代表 朝比奈一郎

  8. 8

    英国でトラブル 日立は正念場に

    片山 修

  9. 9

    学問知らぬ共産のデタラメな主張

    WEB第三文明

  10. 10

    衆院選で続出 赤面モノの珍言集

    文春オンライン

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。