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「史上最低」な米露関係、お互い「引けない」理由 - 廣瀬陽子 (慶應義塾大学総合政策学部教授)

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 8月3日、ドナルド・トランプ米大統領は、ロシアとの関係が「史上最低」な危険な状態にまで悪化したとツイッターで述べた。その背景には、昨年の米大統領選への干渉疑惑(ロシアゲート)を受け、米国内で、トランプが「米国政治史上最大の魔女狩り」と称するロシアと関係を持った者たちへの追及がある。

 バラク・オバマ元大統領が、自身の任期末期にロシアゲート問題を批判して以降、トランプ政権においてロシアゲート問題はずっと最も深刻な爆弾の一つとしてトランプ一族及び側近を脅かしてきた。2月のマイケル・フリン大統領補佐官の辞任やジェフ・セッションズ司法長官、トランプの娘婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問、トランプの長男ドナルド・トランプ・ジュニア氏、トランプの選挙対策本部長を一時務めていたポール・マナフォート氏などの不適切なロシアとの接触の追及、そして、5月17日には議会からの圧力を受けてロバート・モラー元連邦捜査局(FBI)長官が特別検察官に任命され、議会が成立させた対ロ制裁強化法にトランプが8月2日にやむなく署名したことなど、トランプ政権におけるロシアゲート問題は極めて深刻なファクターとなってきた。

非公式会談で話された「養子縁組問題」が意味するもの

 その約1カ月前の7月7日、ドイツで行われたG20首脳会談の際に、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、トランプ大統領による米露初会談が行われた。

 トランプは、当初、プーチンへの親近感を表明していたが、上述したように米国でロシアゲート問題が深刻化した結果、対露関係に慎重にならざるを得なくなり、首脳会談もなかなか実現しなかったという背景がある。

 米露首脳会談は30分の予定を大きく超過して2時間15分にも及んだ。冒頭、トランプが米国大統領選挙へのロシアの関与について厳しく問い質したが、プーチンは関与を否定し、トランプがその主張を一応受け入れたこととなっている。その他、シリアの停戦が決定され、サイバーセキュリティ問題での協力、ウクライナ問題、戦略的安定や武器規制問題、北朝鮮問題など多くの国際問題について議論がなされた。北朝鮮問題では進展がなかったものの、両首脳は会談の成果を高く評価し、米露関係の深化を謳い上げた。

 加えて、2時間以上にも及んだ首脳会談の後、G20の夕食会の際に、プーチンとトランプは、15分ほど非公式に話をしたという。その非公式会談については詳らかにされていないが、その内容を問われた際に、トランプが「ロシアの子供の養子縁組問題」について話したことを明かした。

 この問題は実は非常に重要な意味を持っている。かつて、ロシア人の子供と米国の家族との養子縁組はかなり行われていたが、いわゆる「マグニツキー法」(後述)に反発したロシアが、米国に養子に取られたロシア人の子供たちが虐待を受けているという言いがかりをつけて、米国人との養子縁組を禁止する法律を制定していたという経緯がある。つまり、「マグニツキー法」と養子縁組禁止法はセットで考えられるべきものであり、養子縁組の問題が話されたということは当然ながら、「マグニツキー法」の撤回という展開も双方の脳裏にあったであろうことは間違いないだろう。

 「マグニツキー法」とは、ロシア人弁護士だったセルゲイ・マグニツキー氏が顧問をしていた英国人投資家が、ロシア国営企業の大規模不正を暴露した際に、代理人として逮捕されたマグニツキー氏が投資家に不利な証言を迫られたもののそれを拒否した結果、一年以上拘留されながら暴力を受け続け、結局2009年に獄中死したことに端を発する。米国投資家らの運動により、「弁護士の死とロシアにおける人権侵害に関わった全ての者に制裁を科す」として2012年に成立したのが同法だ。

 人権侵害を行なった者への制裁の内容は、ビザ発給禁止や資産凍結などである。同法は、ロシアにとって極めて厄介である一方、自由や民主主義を標榜する米国にとっては、ロシア側に改善が見られない以上、その撤回は国家の威信をかけてできないのである。そして、依然としてロシアの人権問題が深刻である中、この問題が議論されたということは、同法の撤回が現段階でないとはいえ、議論が行われたということだけでも、トランプのプーチンへの歩み寄りの姿勢が強く感じられるのである。

ロシアがトランプ一族に近づいた意図

 しかも、この問題は、米国のロシアゲート問題追及の中で、今最も重要なポイントとなっている大統領選期間中の昨年6月に、「民主党候補ヒラリー・クリントン氏に不利な情報の提供」をするというオファーに飛びついて、トランプの長男ドナルド・トランプ・ジュニア氏や娘婿のクシュナー氏らがロシア人弁護士と面会していた件とも大きく絡む。ジュニア氏やクシュナー氏は、面会の事実は認めながらも、選挙で有利になるような情報は一切得られなかったとしており、話の内容が米国人によるロシア人との養子縁組禁止措置やマグニツキー法の撤回問題であったことを明らかにした。

 実際、ロシア側が明らかに目的を持ってトランプ一族に近づいたということは、ロシア側の面談参加者の顔ぶれを見れば一目瞭然だ。ロシア側からは、ロシア人弁護士のナタリア・ベセルニツカヤ氏、ロシア系米国人のロビイスト、リナット・アフメトシン氏が出席していた。ベセルニツカヤ氏は、ロシア政府が米国民によるロシア人の養子縁組を禁止した対抗措置の撤回を目指す団体を設立するとともに、その根源となったマグニツキー法の撤廃も目指す活動を行なってきた弁護士であり、アフメトシン氏はベセルニツカヤ氏の団体の登録ロビイストだ。

 ロシア側が、選挙でトランプに有利になる情報をもたらしたのかどうかは不明だが、ロシアが大統領候補者にマグニツキー法の問題を切々と訴えたのは、ロシアがマグニツキー法を米露関係の大きなネックと考えている証拠であろうし、その問題の解決なくして、今後の米露関係の発展はないとするメッセージだったのかもしれない。だからこそ、プーチンは非公式会談でもトランプの耳にしっかりその問題を吹き込んだのだと考えられる。

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