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「逃げ恥」族は本当に結婚を焦っていない

社会学者 永田 夏来

生涯未婚率が上昇している。昨年、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』と『東京タラレバ娘』という、どちらも「結婚する/しない」という選択を描いた作品が放送された。同じように結婚を前に考え込む人々を描きながら、『逃げ恥』は評価され、『タラレバ』は批判された。家族社会学者の永田夏来さんは、その違いを「『結婚したくないわけではないが、どうするのかは場合による』と考える若者が増えているから」と読み解く。著書『生涯未婚時代』(イースト新書)から抜粋して紹介しよう。

※以下は永田夏来『生涯未婚時代』(イースト新書)の第1章からの抜粋です。


『生涯未婚時代』(著:永田夏来/イースト・プレス刊)

■『逃げ恥』はどこが斬新だったのか

『逃げるは恥だが役に立つ』(以下『逃げ恥』)とは、『Kiss』(講談社)にて2012~17年に連載された海野つなみさんによる漫画作品です。2015年に第39回講談社漫画賞・少女部門を受賞して話題となり、2016年10月に系列でテレビドラマ化されました。内容としては基本的にラブコメディで、新垣結衣さんが演じる「職ナシ」「彼ナシ」「居場所ナシ」の主人公森山みくりを星野源さんが演じる「恋愛経験ナシ」のサラリーマン津崎平匡が「妻」として雇ったことを発端に話がスタートします。

仕事として割り切った「契約結婚」だったはずの二人の関係が、いつしか恋愛に発展していくという展開で後半になるにつれて盛り上がりを見せ、第9話の総合視聴率では30.0を記録する大ヒット作品となりました。とりわけインターネットでの反響が大きく、番組のエンディング曲に合わせたダンスを様々な人が再現してYouTubeにアップしたり、平匡とみくりの恋愛関係の進展に一喜一憂する投稿がTwitterに数多く見られるなどの現象が起きています。

私の友人たちの多くも、くっつきそうでくっつかない平匡とみくりに「ムズキュン」してTwitterにて大いに盛り上がっていました。しかし私が連載時からこの作品で面白いなあと思っていたのは、本作のもう一人のヒロインともいえるみくりの伯母、 土屋百合です。49歳で外資系の化粧品会社勤務、最終話には部長にまで昇進するキャリアウーマンという設定の彼女は、主人公であるみくりの最大の理解者として登場します。美人で若い頃からモテていたという百合ですが、実はこの年齢になるまで性交経験がないままに未婚というキャラクターです。

この百合が一回り以上年下の男性から熱烈なアプローチを受け、年齢を理由に拒んだものの最終的にはその愛情を受け入れるという展開は本作のクライマックスの一つとなりました。「私たちのまわりにはたくさんの呪いがある」と百合は言います。作中で直接言及される呪いとは「女性は若い方が価値があり、49歳にもなって年下と交際するのは恥ずかしい」というようなものなのですが、しかし作品全体を俯瞰してみれば、「夫は外で働き妻は家庭を守る」という性別役割分業、 LGBTのカップル形成、「結婚には法的な結びつきが必要だ」という嫡出規範、「一つの会社に勤めあげることが当然だ」という終身雇用などが「呪い」として描かれているように感じられます。「そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまいなさい」との百合の台詞はTwitterで大きな共感を呼びました。

もう一つ話題となったのが、結婚して家にいて欲しいとプロポーズする平匡を「それは好きの搾取です」とみくりがバッサリ斬るシーンです。契約結婚において平匡が要求する細かい家事水準に合わせる努力をしたのは金銭的な対価を得ていたためである。結婚後無給になってもその水準を要求されるとするならば、それは搾取だというのがみくりのロジックです。

■「逃げろ」と言ったが「選べ」とは言っていない

ドラマ版の二人はお互いの愛情を確信して同居を継続はするものの(法的な意味での)結婚はしないという選択に落ち着きます。金銭的な面だけでなく、生活の水準や家事の分担についても話し合いをしながら擦り合わせていこうとの結論で物語は幕を下ろします。

ここで確認しておきたいのは、百合は呪いから「逃げろ」とは言ったけれども何かを「選べ」とは言っていないという点です。平匡とみくりも性別役割分業や結婚というフォーマットから一時的に逃げただけで、これから何を選ぶかを決めたわけではありません。

原作でも周到に描かれているこのニュートラルさは、注意深く視聴していないと見逃してしまうように思います。呪いからの逃亡とは全ての選択肢に対してオープンであり、人生の選択を追って沙汰があるまで一時的に中断しているというスタンスです。独身生活の維持や理想の結婚を待ち続けるなど、人生に対して何かを決めてかかるスタンスとは異なる姿勢が描かれているように思います。

■成功した『逃げ恥』、失敗した『タラレバ』

『逃げ恥』とは50歳になろうかという未婚女性の人生(=生涯未婚率の上昇)と、結婚するかどうかは場合によるので仕事をしながらぼちぼち考えたいという20歳代の女性(=非婚就業希望者の増加)の人生からなる、生涯未婚時代をまさに正面から描いた作品といえます。

収入や年齢などを基準に結婚を決めるという価値観を批判し、結婚や恋愛は人生を構成する要素として位置付けた上で、いろいろな幸福があることを高らかに宣言しています。つまり、絶対を前提とせずに悩みながら、その都度考えるという人生観が克明に描かれているのではないでしょうか。本作が大きな共感とともに大ヒットしたのも、時代の状況を鋭く描いた先見性が評価されたもののように感じます。

『逃げ恥』が放送終了した翌月の2017年1月より日本テレビ系列にて放送された『東京タラレバ娘』(以下『タラレバ』)は東村アキコさんによる同名の漫画を原作とするラブコメディです。『逃げ恥』と『タラレバ』はどちらも若者の現代的な恋愛模様を描いた作品で、立て続けに放送されたのに加え、同時期に『Kiss』(講談社)で連載されていたという共通点があり、これまでもしばしば比較されてきました。

「そんなにイケてないはずじゃなかった」のに気がついたらアラサーになっていたという女子三人による「東京オリンピックまでに結婚する」という目標をめぐって繰り広げられるドタバタを支柱とした本作は、不倫、元彼、ダメ男などに翻弄されるタラレバ娘たちの恋愛模様が「精神的リストカット」とまでいわれ大きな評判を呼び、コミックの累計発行部数が330万部超というヒットとなりました。

■「精神的リストカット」という自嘲

しかし吉高由里子さんが主演したドラマの方はそれほど振るわなかったようです。 その原因は様々かと思いますが、「結婚先延ばし」説を無批判に描いた結果、20~30歳代からは共感を得られず40歳代からは反感を買ったという点もあるかなと思います。私の周りにいるぼちぼち暮らしたい派の友人たちも『逃げ恥』は一生懸命見ていたようですが『タラレバ』の反応は今一つでした。

原作ではこのミスマッチがギャグとしてうまく昇華されていて、「結婚をしなくてはならない」との強い前提を死守しながらも現実のままならなさに打ちひしがれるタラレバ娘たちの様子を我が身に照らし「精神的リストカット」と自嘲する効果につながったように思います。しかしそのテイストをドラマにうまく組み込めなかったのも、 視聴率が振るわなかった原因の一つなのかなと思います。

つまり、2作の反応の違いは、「結婚したくないわけではないが、どうするのかは場合による」という人生観をもつ20~30歳代の増加と関係しています。おそらく現在の「生涯未婚時代」をつくっているのは、そうした人生観なのです。

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永田夏来(ながた・なつき)
社会学者
1973年、長崎県生まれ。2004年早稲田大学大学院にて博士(人間科学)取得。現職は兵庫教育大学大学院学校教育研究科助教。専門は家族社会学。共著に『入門 家族社会学』(新泉社)、『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(ミネルヴァ書房)。

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(社会学者 永田 夏来)

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