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被害者意識との付き合い方 エマの話<ピンヒールははかない> - 佐久間 裕美子

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キャンパス・レイプが問題になっているアメリカでは、一生の間にレイプを経験する女性が5人に1人に上るという調査結果がある。コロンビア大学でアートを専攻していた彼女は、ある日を境にキャンパス内を移動する際、23キロのマットレスをかつぐようになった。自分をレイプした学生に対する抗議運動として始め、それは卒業まで続いた。あれから数年、彼女はどうしているのか。『ピンヒールははかない』の著者・佐久間裕美子さんがレポートするニューヨークの女たちの話。今回はエマ・サルコウィッツについて。

「エマ・サルコウィッツのパフォーマンスに招待します」

 聞き覚えのある名前だなとググってみると、メディアで何度も見かけたマットレスをかつぐ若い女性の写真が出てきた。白人とアジア人のハーフで、ニューヨーク誌の表紙を飾ったこともある。いっとき、世間を賑にぎわせた事件の当事者だった。メールを読むと、ショーはすでにソールドアウトになっているけれど、特別に招待したい、出席できる場合は、7時から9時まで現場にいてほしいと書いてある。差出人は、ブルックリンの若手ギャラリーだった。喜んで出席します、と返事をした。

 エマが世間に注目されたのは2014年のことだ。コロンビア大学でアートを専攻していた彼女は、ある日から、マットレスをかついで移動するようになった。それは「Mattress Performance : Carry that weight(その重みを持ち歩く)」と題したアートプロジェクトの体裁だったけれど、同時に自分をその前の年にレイプした学生と「同じ学校に通わなくなる日まで」、つまり男子学生が自ら学校を去るか、退学処分になるか、どちらかの状況が起きなければ、卒業式までキャンパス内の移動を続けるというステイトメントがついた、ひとつの抗議運動でもあった。

 彼女の主張によると、「レイプ」は同意のもとのセックスとして始まった。男子学生とは、それ以前にも二度、セックスをしたことがあった。けれど、その夜は、行為が始まると、彼はエマの顔をひっぱたいたり、首を絞めたりした。抵抗すればするほど、相手はさらに喜んで、そういう行為は激しくなり、最終的には押さえつけられてアナル・セックスを強要された。エマは、数ヶ月間は黙っていたけれど、他にも同様の被害にあった女子学生が何人かいるのを知り、大学に被害を届けた。

 男子学生は、「同意の上で起きたこと」として「レイプ」であることを否定した。コトが起きてから時間が経っていたこともあり、結局のところコロンビア大学は、調査ののちに男子学生のことを罰しないことを決定し、発表した。だから彼女はマットレスをかつぎ続け、卒業式にはレイプの被害を受けたことのある複数の女子学生とともにマットレスを携えて出席した。

 このきわめてパーソナルな「作品」は、アートの世界では一部の例外をのぞいておおむね高く評価された。アメリカではこの数年、キャンパスにおけるレイプが問題になっている。そんなこともあってエマはキャンパス・レイプの象徴としてメディアから引っ張りだこになり、女性政治家に招待されて記者会見を開いたこともあった。けれどもちろん同時に、おそろしいコメントや中傷にさらされた。

 あれから2年が経った。エマのパフォーマンスの会場であるブルックリンのライブハウスに足を運んだ。照明を暗めに落とした会場の入口で受付を済ませる。

「今夜はエマがお客さん全員と一対一で会話をして、全員が終わったところで話をしますから、終わりまで退出しないでください」

 会場に入ると、30人くらいの「観客」たちが飲み物を片手にそれぞれ歓談している。パフォーマンスというより、カジュアルなパーティといった雰囲気だ。

 近くに立っていた女性が話しかけてきた。フィラデルフィアのギャラリーで働いていて、来年エマとプロジェクトをやろうとしている。彼女に会うチャンスはなかなかないから、バスに乗ってやってきたのだと言う。その他、エマがコロンビア在学中に大学院にいたというアーティスト、オーストラリア人のジャーナリスト、リベラル系の新興メディアとして力を伸ばしている〈MIC〉のエンジニア──現場にいる人のほとんどが知らない同士のようだった。けれど、知らない同士の会話は必然的に、エマのこと、そしてレイプのこと、キャンパス・レイプの蔓延に移っていく。

 しばらくすると、エマが私に近づいて肩を叩き、さりげなく自然とできていたグループから私を引き離した。

 私が自己紹介をすると、知ってるよ、というように頷いた。私が以前やっていたオンラインのバイリンガル媒体〈PERISCOPE〉が好きだった、と。そして、私の手首に、クラブやライブハウスなどでお金を払ったことを示す紙のブレスレットをつけながら、今夜の「パフォーマンス」について説明してくれる。

「自分が私にどんな印象を与えたかを推測して、形容詞を書いてみて。私は、自分があなたにどんな印象を与えたかを推測して、その形容詞を書いてみるから」

 その時点ですでに、エマの手首には形容詞の入った何十本ものブレスレットがついていた。シャイ、イージーゴーイング(気楽)というように。数分の「対面」のあとに、エマはまた別の出席者に移っていった。

 2時間にわたる歓談時間のあと、エマがスポットライトの下に立って、スピーチをした。このパフォーマンスのテーマは、自分の身を守る鎧としてのアイデンティティ。パーティのように見知らぬ同士が混じり合う場所で、自分たちはどんな印象を相手に与えようとするのか、どう見られたいのか、そしてその会場の外に出たとき、自分が感じるアイデンティティとどう違うのか。哲学者やジェンダー研究家の言葉をちりばめたスピーチのあと、こう言った。

「パーティが終わったとき、その環境で自分が表現しようとするアイデンティティと、パーティの外で自分が感じる自己像が残る。それは両方とも本当の自分」

 他者から見られる自分、世間の目に投影される自分と、自分だけが知っている生の自分。これからエマはどこに行っても、「マットレスの子」というフィルターで見られるのだ。良くも悪くも。そういう自分とどうやって折り合おうとしているのだろう。

 その数ヶ月後、エマをお茶に誘った。様々なインタビューを散々読んだけれど、やっぱり自分の耳で聞いてみたかったから。

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