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社会問題の解決とビジネスは両立するか?

(慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授 岡田 正大 構成=増田忠英)

マイケル・E・ポーターとマーク・R・クラマーが2011年に発表した論文「Creating Shared Value」により、CSV(共有価値の創造)という考え方が広く知られるようになりました。CSVとは、営利企業が本業を通じて経済的利益と社会的問題解決の両立を目指すという、企業戦略の新たな考え方です。ネスレ、GE、ダノン、キリンなど、さまざまな企業がCSVに取り組み始めています。


Harvard Business Review January-February 2011より

伝統的な戦略理論では、利益追求と社会的問題解決はトレードオフの関係にあると考えられてきました。新自由主義を提唱した経済学者ミルトン・フリードマンは、企業の社会的責任は利益の極大化であり、経営者が社会問題の解決に1ドルでも投資すれば、それは株主に対する許されざる課税であると述べ、社会や環境への貢献は、あくまで納税を通じて政府などの専門家に委ねられるべきだと主張しました。

それに対してポーターらは、利益追求と社会問題解決の間に相乗効果が存在するケースを指摘し、経済性と社会性は同時に追求できると主張したのです。そのケースは「インサイド・アウト(内から外へ)」と「アウトサイド・イン(外から内へ)」の2つに大別されます。前者は、本業での製品・サービスや事業プロセスが社会的問題の解決に資するケースです。

例えば、トヨタ自動車のプリウスは、売れれば売れるほどガソリン車に比べてCO2排出量を減らせるため、結果として環境負荷を低減できます。後者は、本業の競争環境を改善するために、社会問題の解決に取り組むケースです。米シスコは、貧困地域でのプログラミング教育を無償で行うことにより、低所得者層の職業能力を向上させると同時に、優秀な人材の優先的な確保を可能にしました。

実は、この論文には2つの考え方が混在しています。1つはポーターの考え方で、あくまでも経済的利益を最大化する手段として社会的価値(顧客、サプライヤー、被雇用者、地域コミュニティなど、株主以外の利害関係者に対する価値)を追求するものです。経済的パフォーマンスの最大化をゴール(評価基準)とする伝統的戦略理論に則った方法と言えます。

一方、非営利組織のコンサルティングをしているクラマーは、経済的価値と社会的価値の合計を最大化することがCSVであるとしています。経済的価値のみを追求する従来の考え方からは大きく逸脱します。このように、CSVの理論はまだ明確に定まっておらず、どちらを選択するかは企業次第と言えます。

CSVの2つの考え方は、図のように整理できます。青い領域は経済的価値をゴールとするモデルで、その外側を含めた領域が経済的価値と社会的価値の合計をゴールとするモデルです。



経済的価値をゴールとするモデルの場合、経済性追求投資とは、生産性向上や研究開発、広告宣伝などのように、純粋に経済的成果を生むための投資です。一方、社会性追求投資とは、前述の低所得者コミュニティへの無償教育提供のように、自社にとってより望ましい事業環境を整えるために社会・環境に投資することです。この投資は直接的には社会的成果を生みますが、間接的に経済的成果も生み出し得ます。

経済性追求投資をして経済的成果を生むことや、社会性追求投資をして社会的成果を生むことは当たり前のことです。それだけではなく、経済性と社会性の両方を追求するモデルでは、この図のたすき掛けの部分を生み出すこと、つまり経済性と社会性をクロスオーバーさせて事業をデザインする能力が重要になってきます。CSVに取り組む企業には欠かせないこの能力を、私は「社会経済的収束能力」と呼んでいます。

競争戦略は、いかに他社よりも秀でるかを考えることです。CSVにおいても同様で、いかに他社のできないことをするか、希少な存在たり得るかが重要です。従って、どの企業にもできることではありませんし、これまでさまざまな企業を取材してきた経験から言っても、CSVの実現はそう簡単ではないというのが実感です。

日本にはそもそも共有価値に近い概念がすでにある、とよく言われますが、そうした標準化された文化的属性を乗り越えて、自社の独自性を発揮することが求められます。企業があまねく実行できるような戦略では競争優位は実現しません。

■アフリカで高いシェアを築いたヤマハ発動機

CSVの成功事例として、ヤマハ発動機の途上国市場戦略が挙げられます。同社は1960年代に、船外機事業を中心に開発途上国市場の開拓を始めました。最初に取り組んだ東パキスタン(現バングラデシュ)では、船外機のついた船は一艘もありませんでした。

そこで、現地の船に船外機を取り付けられるように工夫したり、泥水の環境や砂混じりの粗悪な燃料でも故障しないような改良を重ねました。この取り組みは70年、バングラデシュの独立戦争によって撤退を余儀なくされますが、そこで培ったノウハウをもとに他の途上国市場に進出します。


ヤマハ発動機はアフリカの船外機市場でシェア9割を超える。

その1つ、サブサハラアフリカ(サハラ砂漠以南の地域)では、手漕ぎや帆かけの丸太船を使っていた漁民に、同様の方法で船外機を広めていきますが、新たな問題が生じます。船外機によって沖合に出られるようになったものの、従来浅瀬でやっていた投網では魚を獲ることができなかったのです。

そこで同社はハードウエアの物売りから発想を転換し、現地の政府やNPOなどと協力しながら、日本政府のODAを活用して漁法指導を行ったり、海産物の加工工場や船舶製造工場に投資したり、技術移転をするなど、漁業全体の振興に取り組みます。

また、船外機のメンテナンスをする人々への技術指導も行いました。こうした長期にわたる地道な活動の結果、地域の人々の生活水準の改善に貢献し、船外機市場でも9割を超える高いシェアを築いています。

CSVを成功させるには、自社と顧客だけでなく、公的機関や非営利組織を含めた「ビジネスエコシステム(生態系)」を築くことが不可欠です。長い年月をかけて、営利非営利の垣根を超えた関係性(「クロスセクター・アライアンス」と呼ばれる)を築くことで、同社の事業は事実上、他社にとって模倣困難となり、高い参入障壁を築くことができました。結果として、戦略的にも合理性を持った企業行動だったのです。

こうした企業行動を突き動かしていた原点は何か。それは経済合理性ではなく、「私たちはこういうことをやりたい」という「戦略的意図」(志やビジョン)です。合理的に考えれば、最初に途上国の丸太船ばかりの現状を見た時点で「来るのが20年早かった」と思い、引き返すでしょう。

しかし同社は踏みとどまった。それができたのは、「すべての丸太船に船外機が付いたら、この国は変わる」という超長期のイメージを担当者が持てたからです。その背景には、同社が創業時から抱いてきた「社会を豊かにする」という次世代を見据えた展望と志があり、それがCSVの実現につながっているのではないかと感じます。

同社のように、何十年も先のビジョンを実現するためのアプローチが「バックキャスティング」です。過去の実績の延長線上に未来を予測する「フォアキャスティング」は、多くの企業が無意識のうちに基としている発想法です。バックキャスティングはその逆で、30年先や50年先のありたい社会像をまず描き、そこから振り返って今自社が何をすべきかを考える手法です。

このように、CSV実現のためには、長期的なビジョンに自社および連携する他の組織が共感し、その実現に向けて、さまざまな利害関係者を巻き込みながら、社会・経済両面の価値を追求する思いと行動が求められます。

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