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「たかが受験」と考える親の子は合格する

勝つか負けるかの大一番。誰もが勝利を願うが、過剰な結果至上主義ではなく、本番までのプロセスを重視する姿勢こそが重要だと塾講師は語る。その神髄とは?

■高校野球と中学受験「一脈通じるものあり」

先日、わたしの経営する中学受験専門塾のスタッフたちと神宮球場へ「全国高校野球選手権・東東京大会」の観戦に出かけた。観客席はほぼ満員。そこで観客の顔ぶれを見ると、出場校の関係者のみならず、わたしたちのような「一般客」も大勢いるようだ。きっとみな高校野球の魅力にとりつかれているのだろう。

観戦した試合は「帝京高校」対「東海大学高輪台高校」。ともに優勝候補校とされていて、すばらしい熱戦だった。結果は、延長戦の末に東海大学高輪台高校のサヨナラ勝ち。観客席からは両校の健闘をたたえる惜しみない拍手と声援が送られていた。ああ、やっぱり高校野球はいいなあ。


筆者が神宮球場で観戦した、全国高校野球選手権・東東京大会予選「帝京高校」対「東海大学高輪台高校」(撮影=筆者)

さて、高校野球と中学受験、この2つはさまざまな側面で一脈通じるものが多い。そのため、中学受験を語る際に高校野球の話を引用すると「なるほどなあ」とストンと合点しやすい。そんな話をここで紹介したい。

4012校中、1校のみが「合格」を重ねられる世界

高校野球は、中学受験と違って「合格」を重ねるのが難しい分野である。

考えてみれば当たり前のこと。今年の夏に「全国高校野球選手権大会」に出場する学校の総数は地方予選を含め4012校。最後の最後まで「合格」を重ねられる学校(=甲子園で優勝する学校)はたったの1校のみだ。つまり、4011校は早かれ遅かれ訪れる「不合格」に向かって一直線に向かっているのだ。

結果的に見れば、高校野球とは灼熱の太陽のもと、「極めて残酷な過当競争を強いられているスポーツ」と表現できるかもしれない。しかし、そんなシニカルな見方をする人などほぼ皆無だろう。

その証拠に、多くの子どもたちが野球に精いっぱい打ち込み、そして楽しんでいる。また、それを見守る周囲の大人たちが選手たちに向けるまなざしも温かいものだろう。

高校野球は「残酷さ」どころか、多くの人たちに爽やかな気持ちをプレゼントしてくれるものだ。先述したように、試合が終了したあとは選手たちに惜しみない称賛の拍手が送られる。「合格したチーム」にも「不合格のチーム」にも、だ。

■「結果」重視の親が子どもの受験を台なしにする

「不合格」を食らってしまったチームの中には、その場で泣き崩れる選手もいるかもしれない。しかし、それは決して「負」の感情からくるものではない。「負けて悔しい」。そんな思いが残ったとしても、それは「今までの自身の野球人生」に向けられるのではなく、今日の試合内容に限定されるはずだ。

ほとんどの球児たちの涙は「今まで一緒にプレーしてきたチームメートと野球ができなくなるのが名残惜しい」「今まで一生懸命野球に打ち込んできてよかったという満足感」などがもたらすものではないだろうか。

「くそっ、高校野球なんてやらなければよかったぜ」などと毒づく選手はいないはずだ。

高校野球はこのように「不合格」であっても、爽やかな余韻を自他双方に残してくれる。それは、高校野球に携わる人たちが、「結果」より「過程」を貴んでいるからだ。

もちろん、当の選手たちは「良い結果」を追求するがゆえにハードな練習を積み重ねるわけだが、実はその価値は「結果」にあるのではなく、「自身の内部」にあることに思い至るのである。そういう意味で、高校野球は「教育的な世界」といえるだろう。

中学受験で第1志望校に合格できるのは「3人に1人」

高校野球の価値を論じたが、翻って中学受験の世界はどうか。

子どもたちは「合格」を目指して、日々の学習に精励している。その姿は先の高校野球同様、爽やかな感情をわれわれ大人に運んでくれることだろう。まだ12歳なのに、勝つか負けるかの大一番で自分の持っている力を出し切ろうとするけなげな教え子たちを見ると、わたしはいつも心が震える。

しかし、その「結果」が判明するときに一気に様相が異なってくることがある。

中学受験で第1志望校に合格できる子どもは「3人に1人」と言われている。換言すれば、「3人に2人」は残念なことに不合格を食らってしまうのだ。

わたしは中学受験での「不合格」が子どもに大きな傷跡を残してしまうケースを度々目にしてきた。その素因の多くが、子どもの「不合格」に周章狼狽してしまう親の態度にある。

中学受験に携わる大人たち、とりわけ親の多くは、その「過程」よりも、子が少しでもランクの高い学校に合格してほしいという「結果」を追い求めてしまう傾向にある。そのような親は子どもが不合格を食らってしまった場合、中学受験そのものに対し「極めて残酷な過当競争」と後悔しきりの心持ちに陥ってしまう危険性が高くなるのだ。

せっかく子どもが果敢に立ち向かった「戦い」の結果が自分の意に沿わなかったからと、全く無価値なものだと言い放つような言動をする親がいるのだ。

■「たかが中学受験」と考える親の子は志望校に合格する!

子どもにもそうした残念なケースがある。模擬試験の偏差値やら、そこから算出された志望校の合格率やら……そんな「結果」ばかりを気にしてしまっている子は、中学受験の勉強がうまく進まず、スランプに陥ってしまうケースが多い。

逆接めいてはいるが、「たかが中学受験でしょ」と肩の力を抜いて「結果」よりも「過程」に重きを置く親の子は第1志望校に合格する可能性が高い。高校球児でいえば、たとえ試合で結果が出せなくても、またレギュラー選手になれなくても、「日々の練習に真摯に向き合う」という過程を重視する学校や生徒のほうが、その先の人生の勝利者となれる可能性が高いとわたしは信じている。

なぜ、中学受験では結果より過程に重きを置く子(家庭)に神様はほほ笑むのか?

中学受験勉強が入試当日まで順風満帆にいくというケースはほとんどない。多くの子がその途上で成績が思うように伸びないもどかしさを感じたり、塾通いそのものを嫌がったりする時期がくる。そんな子の窮地に対して、「結果」ばかりに目を向けてきた親ほど右往左往してしまう。

神様が「結果より過程を重視する子」にほほ笑む理由

一方、プロセス重視の親は、「なぜ子の成績が伸びないのだろう」「なぜ塾通いを嫌がるのだろう」とその原因を冷静な視点で探り、改善の突破口を見出すことができる。

また、そうした親の子は、無用なプレッシャーを感じることなく、自らの目標に向かって主体的に進んでいくことができる。「親のコントロール下」に置かれているという意識がないから、「自分のため」の学習にコツコツと努めることができる。

子どもが中学受験「の」学習をするのでなく、中学受験「で」学習をする。すなわち、周囲の大人たちは、中学受験の勉強を通じて、子どもがたくましく成長できるように導いていきたいものである。

中学受験生にとっては夏期講習会がスタートしたばかり。学ぶことそれ自体を存分に楽しみつつ、ゆるやかに学力を伸ばしていってほしいと切に願っている。

(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平)

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