記事

国籍法〜求められる「政治的技術」

「蓮舫氏の『二重国籍』は問題なし。説明責任は法務省にあり」という奥田安弘氏と荻上チキ氏の対談を興味深く読んだ。

http://synodos.jp/politics/20135/2

多くの部分で共感するものの、「問題なし」との見出しはどうであろうかと思う。少なくとも「国籍法」の定めに従い、「日本国籍を失う」という一文にさまざまな思いを重ねながら国籍を選択してきた人がいるのだ。「問題なし」ならば、「正直者」であった彼らはなんのために「選択」したのだろうか。

こうした擁護の論説があったとしても、蓮舫氏は「問題なし」としてはならず、先般の会見では何に起因してこうした問題は起るのか、また、国籍法の不備があるならばどこをどう改正・改善するべきかということを徹底的に調べ、その結果を示さなければならなかったのだと思う。
10ヶ月もあったわけだから、やれなくはない。
それは個人にとってみても、戸籍を開示し「国籍選択宣言」の日付を見せるより、ずっと説得力のある説明になったはずである。

この問題については、様々な課題が錯綜・交差をして、本来語らなければならない論点がわかりにくくなっている。
整理して近々雑誌に寄稿する予定なので、詳しくはそちらに譲るが、まずは奥田氏と荻上氏の対談の内容に関する感想をメモ書き程度に数点と、議論が起った直後の2016年10月、雑誌「世界」(岩波書店)11月号に寄稿した文章を転載する。

①「台湾」をどう位置づけるかについては、法務省というよりは、外交案件でもあり、国が見解を出さないといけない

②「行政指導」は蓮舫氏が尋ねたから指導されたわけで、特別扱いで「蓮舫氏にだけ指導」というわけではないと思う
同じように伺いを立てたら、皆「行政指導」をされるのではないか

③「国籍取得」と「国籍選択」を混同して書いているところがある

④「国籍喪失証明書」を提出してそれが受理されれば、「国籍選択宣言」をしないでよい。となると、戸籍は本籍を移せば国籍に関する事実は表面には出てこない。「国籍選択宣言」をすると移項を要するとされているため、一生表面に記載され、つきまとうこととなる。「差別」を怖れる人々は「国籍選択宣言」ができ難い状況でもある。そこがこの問題のキモでもあるのだ。

⑤台湾籍と中華人民共和国法との関係については、昨年、私も法務省に直接確認した。
「台湾に中華人民共和国法を当てるなんてそんなわけない。それを言ったら、台湾の他の法律も全部中華人民共和国の法律に準拠しなければならなくなる。あり得ない」と明確に否定されたのだが、人によって返答内容が違うと言うことなのだろうか?昨年九月に各新聞社も準拠しないという報道をしていたが、その後変わったのだろうか?

⑥日本国籍離脱が「2015年から2016年に100人も増えたのは、去年秋以来の蓮舫氏へのバッシングの影響ではないかと考えられます」というくだりがあるのだが、蓮舫バッシングによって「日本国籍を離脱しよう」と思う人は実際どれほどいたのか。むしろ、逆で「日本国籍選択」を行なった人の方が多いのではないか。なぜならば、日本にいる重国籍の人は日本政府によって日本の国籍を喪失させられることはあっても、日本政府は外国籍は奪うことができないから。ただここはあくまで推測であるが。

以下、「世界」(岩波書店)2016年11月号 引用。

「二重国籍問題」から見えるもの

2016年9月、民進党初の女性党首となった蓮舫氏が、代表選中に日本国籍以外に台湾(中華民国)籍を持つ「二重国籍」状態だったことが明らかとなり、この問題への対応の賛否も含めて関心を集めた。
日本においては法令で認められた期間以降において「重国籍」状態を維持することは認められていない。
ところが現に「重国籍の日本人」が存在する。
現状の出生届や国籍取得の届出だけでは誰が重国籍かを判断することが難しいという実務上の問題もあるが、国は、暗黙の了解として、この問題には触らず、放置することで「重国籍の日本人」の存在を緩やかに認めてきた。
だからこそ、この問題は正面からの議論もされず、また実態と乖離した法を整備するまでには至らず、今日まで来たのである。
「国籍」の枠組みは、主権者たる国民の範囲を決める重要事項である。また、世界人権宣言第一五条で「すべて人は、国籍をもつ権利を有する」「何人も、ほしいままにその国籍を奪われ、又はその国籍を変更する権利を否認されることはない」と謳われるように、「国籍」は個人が人として持つ基本的な権利でもある。
その土台が揺らいでいるということを、今回の「二重国籍」問題は奇しくもあぶり出したのである。

■ 重国籍になる理由〜血統主義? 出生地主義? 父系主義? 父母両系主義?

今日、ひとりの子どもが生まれた。
この子は何人であろうか。また、国籍はどこになるのだろうか。
答えは簡単ではない。
子どもの両親、もしくは父か母が日本人であれば、どこで生まれようが日本人である。日本は「血統主義」を採用しているからである。
さらに、この子がアメリカで生まれたならば「出生地主義」をとるアメリカの国籍も得る。つまりは「二重国籍」となる。
また、両親のうちひとりが「血統主義」をとる国の国籍で、しかも「父母両系主義」を取る国であれば、父と母とそれぞれの国籍を得るので「三重国籍」(場合によってはそれ以上)となるのだ。
このように、「重国籍」となる理由のひとつは、世界のルールが「血統主義」と「出生地主義」で分かれているからである。また「血統主義」も「父系」と「父母両系」とがあり、「父系」同士の国籍の親のもとに生まれた子の国籍は「父の国」と決めうちされ「単独国籍」となる。が、後述するように世界の潮流は男女平等の観点から「父母両系」となり、現在では「父系主義」が「重国籍」を防ぐ機能を果たしているとは言えなくなっている。
単に「単独国籍」だけとするなら、一番シンプルなのは「出生地主義」で統一されることであろう。しかし、移民対策等として「出生地主義」をとってきたアメリカなども、自国民や永住許可を得ている外国籍の親の子どもについては外国で生まれたとしても一定の条件のもと国籍を与えている。またフランスのように「出生地主義」と「血統主義」を両方採用し、補完し合いながら子どもの国籍を決める国もある。その結果「重国籍」になったとしても構わない。基本的には居住国優先等の「実効的国籍の原則」となっているからだ。それよりも制度の狭間で「無国籍」が生じ、国家が把握のできない民を国内に内在させることを避ける方が重要で、優先とされてきた。
さらに「重国籍」については、成人しても「重国籍」として生きる選択ができる国とそうでない国に分かれる。日本は後者である。
出生によるなど二〇歳に達する以前に重国籍となった場合は、二二歳に達するまで。二〇歳に達した後に日本への帰化等によって重国籍となった場合はその時から二年以内に国籍の選択をしなければならない。しかし、その手続きについては実効性と平等性が担保されていないことで問題が表面化したのである。

■ 重国籍のメリット・デメリット

さて、そもそも「国籍」とは何なのだろうか。それを複数持つことにどんなメリット・デメリットがあるのだろうか。
「国籍」を付与する、ということは国家が国民に対して従順を要求するのと交換に、個人の要求に対し、便宜を図り、また対外的な危機から保護するという構造を提供するということだ。同時に租税や兵役等、国民の義務履行に対しての監視の意味ももちろんある。
「国民」は自国に自由に入国・在留する事ができる。就業や進学、資格取得に対する許可を自国民に限る場合もある。海外への渡航等の便宜も含めて「二重三重に国籍を持つこと」は、そのメリットの幅を広げて享受できる利点がある。
また資産の分散や運用についても一定のメリットがある場合や、それが実際に有効かどうかは別として、めまぐるしく国際情勢が変化する中では、政情不安や経済的破綻など「いざ」というときにより安全な国へと軸足を移すためのリスクヘッジとして複数の国籍を維持しておきたいという声も聞く。
一方で「重国籍」だと、何が問題となるのだろうか。
よく言われるのは、複数の国家の監護権が衝突することで、外交保護権、参政権、兵役といった国に対する権利と義務関係が複雑化する、ということだ。
外国の軍事的や役務に服することで、国家に対する国民の忠実義務が抵触する事態が生じるおそれもあること。また日本国籍しか有しない多くの日本国民との間に機会不平等が生じること。重国籍者はその属する各国で独自の氏名を登録することが可能なので、入国管理を阻害したり、重婚を防止できない。重国籍者の本国法として適応される法律がどれなのかわからず、混乱を生む可能性も指摘される。
以上は、ほとんどが国家が負う管理上の困難であり、前述したように居住や就労等、実質的なつながりの強い国を優先する「実効的国籍の原則」によってこうした弊害は解消されると考えられている。特に兵役の義務等が課されていない日本人は複数の国籍を所持していることによっての困難は現状ではあまりないものと見られる。
「重国籍の日本人」が「単独国籍の日本人」に比して、より困難と対峙しなければならないのは「国籍選択をしなくてはならない」という場面だろう。多様で複数の文化的・言語的バックグラウンドを持った子どもたちがある年齢に達したとき、父と母の国、もしくは出生した地のどれかを自分の国とし選ばなければならない過酷さ。それは深刻なアイデンティティの危機をもたらす場合もあることは想像に難くない。国が「国籍選択」を促す周知・広報活動をいくらやっても、「国籍選択をしない」というケースが減らないのは、「重国籍」を持つことのメリットを考えてというよりは、個人や家族間での葛藤を回避するためというのが一番の理由なのではないか。

■ 重国籍を認めないワケ

さて、こうした実態はどうあれ、日本は「国籍法」により「重国籍」を認めていない。ダブルスタンダードと言われても、その態度を変えようとはしてこなかった。
なぜか。その理由は今現在だけをみるのでは、解けない。
時代を遡って戦中、戦後の「国籍法」改正の流れを見てみよう。
一八九九年、明治憲法下で初めて施行されて以来、「国籍法」は戦争を挟んで大きく三つの改正を行なう。
ひとつ目は戦後新たな国籍法が交付されて間もなくの一九五二年だ。サンフランシスコ平和条約により、当時我が国に在留していた約六〇万人の朝鮮・台湾に属するべき人々は自分の意志とは関わらず、一律に日本の国籍を喪失する。
以降、我が国への帰化が増加した。効力が発生した一九五二年四月二八日から一九八八年末までの四六年間での帰化者総数は三〇万一四九五人。その四分の三は韓国・朝鮮人となっている。
この段で、重国籍とならないよう国籍事務を遂行することは、戦後混乱期にあった日本にとっては重要だと考えられたことは想像に難くない。
しかし、その一方で戦前・戦中、日本の国策に利用し得るとして日中二重国籍=「台湾籍民」の地位を便宜的に保障し、認めてきた歴史もある。�
「国籍法」が次に大きな展開を見せたのは一九八四年に女子差別撤廃条約に合わせて「父系主義」から「父母両系主義」に改められたときである。
当時は欧州でも「父系主義」をとっていた国が多いが、離婚や非嫡出子の増加という家族関係の変化、外国人移民の二世・三世の登場という変化を迎え、フェミニズムの興隆に伴う人権運動の観点からも「父母両系主義」へと次々改まって行った。
日本でも「父系主義」を採用していたことにより、外国人と結婚した日本人女性の子どもは日本国籍を取得できなかった。そのため、例えば、出生地主義を採用している米国人の父と沖縄の日本人女性の間に生まれた子どもがどの国籍も取得できず無国籍になり、就学の機会を得られない等の問題も発生し、当時、深刻な社会問題とされていたのだ。
そして同時に「国籍選択制度」も生まれた。「父母両系血統主義の採用に伴い増加する重国籍解消のため、国籍選択制度を採用した」(柏樹修「現行戸籍制度五〇年の歩みと展望」戸籍法五〇周年記念論文集編纂委員会編、日本加除出版)と、制度創設の趣旨は明確である。

■ 差別の可視化も 国籍選択と戸籍記載

この「国籍選択制度」とは、出生により外国国籍を取得した日本国民など日本国籍と外国国籍を有する重国籍者が、所定の期限までに日本国籍か外国国籍のどちらかを選択する必要があるというものだ。
しかし、前述したように実効性は担保されていない。そのひとつの理由に「選択する」「選択しない」で、戸籍記載上、大きな差異があることを指摘しておきたい。
戸籍謄本(全部事項証明書)や抄本(個人事項証明書)に、自分の情報の何が載り、何が載らないかは「戸籍法施行規則」で決まっている。
管外に本籍地を変える「転籍」や婚姻によって「新戸籍」編成をすると、過去の離婚他は新しく発行される戸籍謄本他には記載されないようになっている。
「国籍取得事項」(国籍取得・帰化)については「移項に要しない」とされているので、自分が「外国人であったこと」は転籍他をすれば、たとえ第三者が戸籍を見ても、過去の経過が載った原戸籍までとらない限り把握はできない。
が、一方で「国籍選択宣言」については「戸籍法施行規則三七条および同規則三九条一項七号」により移記事項となり(昭和五九年一一月一日民二第五五〇〇号通達第3の5〔1〕)「国籍選択宣言」をした年月日は、転籍他をしようが常に戸籍に記載される。
日本社会で生きていく中で「戸籍の提出を求められる」場面はそう多くあるとは思えないが、なんらかのきっかけで「外国籍を持っていた」もしくは「無国籍であった」ということが伝わり、いらぬ差別や偏見が起こる可能性はないとは言えない。出自による差別が存在することは、昨今のヘイトスピーチやインターネット上の書き込み等の中に容易に見つけることができる。あえて「国籍選択」をすることで不安材料を増えるのであれば、それを回避しようとするのは理解できる部分でもある。実際「国籍選択」をしてもしなくても、特段身の回りの状況が変わらないというのであればなおのことである。
このように「国籍選択」がしにくい背景には「戸籍」も絡んだ「差別」が見え隠れしているのである。
「国籍法」が内在していた「差別規定」がさらに露になったのは二〇〇八年のことだ。
最高裁判所は婚外子国籍訴訟において現憲法下八例目の違憲判決を出し、国会は法改正を迫られるに至る。これが三度目の大改正だ。
違憲とされたのは「認知」に関する事項である。日本人男性が外国人女性から生まれる子どもを出産前に「胎児認知」をしていれば日本人として国籍を得ることができるが、子の出産後に認知をしたケースについては、父母が婚姻し、嫡出子となった場合のみ認めるのは「法の下の平等」に反しているとされたのである。
 この際に最も問題となったのは「偽装認知」の防止であった。DNA検査の結果を添付することも検討された。国会を二分した議論となった結果、DNA添付案は採用されないこととなったのだが、「重国籍」や「偽装認知」等に対する過剰な防止策の背景には、意識・無意識を別とした「差別的概念」が透けて見える。
以上、「国籍法」にかかわる戦後の三つの改革が「国籍取得」に特化され、また旧植民地、男女、外国人、婚外子への「差別」が背景にあることは象徴的でもある。

■ 求められる政治的技術

「国籍」とはなんだろうか。今一度、はじめに立ち返ってみる。
複雑化する世界の中で、今生きる人々の人権を守ることは、人為的に引かれ、時に移動したり消えたりする地理的「国境線」によってのみではできないことは自明である。
戦争・紛争も含め従来では想定できない国家間の人々の移動は、多様な文化的価値観を示しながら、「国籍」に対する認識が今までどおりでよいのかを問う。
こうした中で、現にダブルスタンダードとなっている「重国籍」への対応も含めて私たちは「国籍」をどう考えていくべきなのだろうか。
単に国家の制度に留まらない、個人のアイデンティティの問題としても慎重な議論が必要だろう。歴史的な対立、葛藤や差別感情があることを認識しつつも、それを超える理性を持ちながら、当事者だけでなく主権者である国民全体で考えるべき課題でもある。
広い視野に立ちながらまとめていく、成熟した政治的技術が求められる。

あわせて読みたい

「蓮舫」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    1台で4000戸分?EVは本当にエコか

    大西宏

  2. 2

    よしのり氏 山尾氏守り「満足」

    小林よしのり

  3. 3

    貧乏暮らしが生活保護の基準か

    中村ゆきつぐ

  4. 4

    父が殺人犯に 加害者家族の現実

    fujipon

  5. 5

    大企業の不正「なれ合い」が原因

    田原総一朗

  6. 6

    「結婚は人生で1回だけ」に疑問

    AbemaTIMES

  7. 7

    ビットコイン先物でバブル崩壊も

    藤沢数希

  8. 8

    高齢夫婦の海外旅行は避けるべき

    PRESIDENT Online

  9. 9

    NHK訴訟 見直せなかった公共放送

    企業法務戦士(id:FJneo1994)

  10. 10

    就職人気企業 電通が26位に降格

    キャリコネニュース

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。