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やるべきことはやり終えた。仕事をリタイアしてしまったら人工知能の行く末を見守りながら“ピンピンコロリ”で世を去りたい - 「賢人論。」第42回村上憲郎氏(後編)

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中編「AIやIoTの技術で実現される新しい社会“Society5.0”は、人々の生き方や社会制度をまるきり変える可能性を持つ」では、来るべき第四次産業革命の展望と、それに備えたセーフティネットの必要性を説いた元Google日本法人代表・村上憲郎氏。最終回となる後編で、話題はそのルーツと老後観に及ぶ。村上氏を突き動かしてきた原動力は意外にも、“私とは何か?”という存在論的テーマだった。

取材・文/佐藤 舜(編集部) 撮影/公家勇人

知的好奇心に火を点けてくれた恩師「宮崎先生」

みんなの介護 村上さんは若い頃から人工知能をはじめとしたIT技術への関心が強かったそうですね。それらのものに関心を持つきっかけはなんだったのでしょうか?

村上 高校1年生のとき担任だった、数学の宮崎先生の存在は大きかったと思いますね。高1の数学は、因数分解などの単純なものばかりで退屈だった。ある日の授業中、そんな私を宮崎先生が見つけて「村上、つまらんか」と言ってきたんです。

「いえ、そんなことはありません」としおらしくしていたら「俺が授業で教えることは『チャート式』という参考書に全部書いているから」と、その本で勝手に自習を進めることを許されました。

みんなの介護 普通なら叱る場面ですが、器の大きな先生ですね。

村上 3学期になり、また先生がやってきて「村上、『チャート式』はどうしているんだ」と聞かれました。その頃にはとっくに3年分の自習を終えていたので「全部終わりました」と伝えたら、今度はジョージ・ガモフという理論物理学者が書いた『不思議の国のトムキンス』という本を薦められました。相対性理論や量子力学についての本なんですが、面白おかしく物語調に書かれているんです。挿絵なんかも入ったりして。

みんなの介護 3年分の数学を1年で終えるなんて驚きです!『不思議の国のトムキンス』という本はどんな内容だったんでしょうか?

村上 トムキンスという名の主人公が、普通はミクロな世界でしか起こらない量子力学上の現象を等身大のままで体験するというものなんです。物体の中をすり抜けていったり、波になったり、また元の身体に戻ったり。

その本がきっかけとなり、本屋へ行って本格的な物理学の理論書を手に取ってみました。もちろん当時の知識ではさっぱり理解できませんでしたが、「量子力学を理解するには“行列”や“ベクトル”が必要らしいぞ」とか「“微分”の先に“偏微分”なるものがあるらしいぞ」ということがおぼろげにわかり、数学への興味がさらに掻きたてられたんです。

みんなの介護 そんな村上さんにとって、京都大学工学部への進学は必然的な選択だったんですね。

村上 本当は理学部へ行きたかったんですが、当時の田舎には「理学部へ行っても就職ができない」という妙な伝説があったんです。ましてや裕福な家の子供でもなかったので、就職できないのは困ると思って工学部にしたんです。

みんなの介護 大学時代は、大好きな数学に打ち込まれたんですか?

村上 当時真っ盛りだった学生運動に参加しましたので、火炎瓶を投げてる方がメインでしたね。線形代数や解析力学などの単位は要領よく取りましたが、入学して1年後には逮捕もされてしまいましたので(笑)。

とはいえ、コンピューターサイエンスの魅力に出合ったのはその学生運動の最中のことでした。学内を占拠していたとき、大学の先生が『フォートラン入門』というコンピューター言語の本を貸してくれたんです。占拠と言っても、9割方の時間は暇なんですよ。だからみんなでその本をコピーして回し読みしていました。

原始仏教は宗教というより、“存在”を問い直す哲学

みんなの介護 数学や人工知能に限らず、村上さんはとにかく好奇心旺盛だそうですね。

村上 他に好きなのは、原始仏教の研究ですね。原始仏教は宗教というより、哲学的な色合いが強いんです。「存在するとはいったいどういうことなのか?」「“私”というものは存在するのか、しないのか?」という問いを突き詰めているものなので。ですから「お釈迦様を信じる」というのとは少し違うんですけれど。

そういった原始仏教学の主要のテーマ「存在とは何か?」という話を具体化すると物理学の「量子力学」へ、「“私”とは何か?」となると「人工知能」へつながっていくんです。

みんなの介護 村上さんの関心は、やはり物理学や工学の延長線上にあるんですね。

村上 私が今お手伝いしている量子コンピューターという技術や、若い頃から興味を抱いていた人工知能、そして原始仏教。それらのものに対する私の興味を支えていたのは結局「人工知能によって“私”というものをつくることは可能か?」というひとつのテーマだったんです。

みんなの介護 現在“人工知能”と呼ばれているものは、突き詰めれば「高速で情報処理をする機械」ですから、人間のように“私”という自我を持っているわけではありませんよね。

村上 一般的には“私”なるものは脳の中のどこかに中心点のようなものとしてあり、それが司令塔になって身体を動かしている、と思われていますよね。

ところが、その常識を覆すような事実が判明しているんです。例えば私がこうやって腕を上げる。そのとき、“腕を上げよう”と思う脳細胞と、“腕を上げろ”という司令を腕へ発する脳細胞の、どちらが先に働くと思いますか?

みんなの介護 普通に考えれば、“手を上げよう”と思った後で神経へ司令が出される気がしますが…?

村上 しかし実際に脳を観察してみると、結果は反対なんだそうです。“手を上げろ”という司令が脳から出た後で、“手を上げよう”と思っていた。つまり“私”というのは、自分の身体が選んだ行動を最後に観測しているだけなんです。これが、慶応大学教授・前野隆司先生が提唱する「受動意識仮説」という学説です。

ですから、人間と同じような“私”を人工知能に持たせるためにはそれと同じ構造で設計しなければいけないと思うんです。それぞれの機能を持った部分的な人工知能があちこちで勝手放題に動いている。その中に、それらの動きをただ見ているだけの観測体を置いておく。

みんなの介護 従来の人工知能はコントロール機能を持った中心が各部分に司令を出すという仕組みでしたから、それとは全く反対のアプローチですね。

村上 話が戻りますが、原始仏教には「色・受・想・行・識」という概念があります。「色」は肉体や物体のこと、「受」は音や画像などを感じること…という具合に、人間の心身を5つに分類しているもので、これをまとめて「五蘊(ごうん)」と言うんです。

そして原始仏教は「五蘊非我(ごうん われにあらず)」、つまりこの五蘊がどれも“私”でないということをひたすら説く。「無我」と言ってしまうと、観測している“私”すらないことになってしまうので、やはり「非我」という言い方がしっくりくるのだと思いますね。そのあたりのお話は「村上式シンプル仕事術」にも詳しく書いているので、興味のある方はぜひご覧ください。

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