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【赤木智弘の眼光紙背】自殺報道と表現の自由

2011年07月09日 10:00

眼光紙背

 asahi.comに、妙な記事(*1)が掲載されていたことに気づいたのは、7月4日も遅くなってのことだ。

 その記事によると、「今年の5月に自殺者が急増したのは、女性タレントの自殺の影響であったと、清水康之内閣府参与が報告した」とある。

 自殺対策にまつわる支援を行なうNPOである、ライフリンクの清水のツイートは真摯な意見が多く、いつもチェックしている。それだけに、彼が自殺をした人に責任を押し付けるような報告をするものかな? と疑問に感じた。そして、やはりこの記事は、報告の意図が、意図的にか、記者が理解できなかったかによって、ねじ曲げられたものであった。ライフリンクはこれについて、正しい意図を説明している。(*2)

 この報告の意図は「女性タレントの自殺報道によって、自殺が誘因された可能性がある」として、マスコミに対して、WHOの自殺報道ガイドラインに反しないようなガイドラインを策定することを求めるものであった。

 ところがこれがなぜか「女性タレントの自殺の影響で、自殺者が増えたという報告があった」と短絡され、さも自殺者に自殺者増加の責任を押し付けるような見出しと記事内容になってしまった。


 ネットではこの記事を見て「自殺者に責任を押し付けるなんてとんでもない」という書き込みが相次いだが、それが誤解であることは言うまでもない。

 また中には「震災の影響に決まっている!」という反論もあったが、その報告のレジュメ(*3)を見ると、5月の自殺者数において、女性タレントの自殺が報じられるまでは昨年一昨年とほぼ同程度の自殺者数であった。しかし、女性タレントの自殺が報じられた後になって、今年の自殺者数が、前年と一昨年の自殺者数を大きく上回ったというグラフが示されている。また、この期間の自殺者には若年世代の女性が多かったということから、これらを根拠に5月においては、女性タレントの自殺報道が、自殺の引き金になった可能性が高いと、報告されたのである。現状では引きがねとはなっていないが、自殺に至る要因として震災が含まれうることは、指摘するまでもないだろう。

 もちろん、自殺というのは複雑な要因で発生するものであり、自殺報道だけが自殺の原因ではない。しかし、練炭や硫化水素での自殺など、誰かの自殺がニュースやネットなどを通して広められた結果、不安定な人たちの背中を押してしまい、自殺がブームになってしまうことはこれまでも幾度となく発生している。

 ライフリンクは以前から、WHOの自殺報道ガイドラインを参考に、ガイドラインの策定を検討することを、メディアに対して要求している。(*4)

 一度目を通してもらえば分かるが、非常に分かりやすくまとまっており、これらによって1人でも多くの命が救えるのであれば、メディアは公的な使命として、こうしたガイドラインを守って行くべきだと私は考えている。


 しかし、ここから先が本題なのだが、少し気にならないことがないわけでもない。

 ガイドラインの中に、自殺報道において避けるべきこととして、「自殺の美化やセンセーショナルな報道を避ける」というものがある。

 確かにそうした、自殺者が何かの物語の主役になったような描写によって、自殺に対する心的負担を軽減する効果はあるのだろう。報道がそうした自殺の手助けをしてしまうことは避けなければならない。

 だが、そこから先、とにかく自殺の数を減らそうということが共通認識となり、報道機関がガイドラインを策定しはじめた後、次に目が付けられるのは、テレビドラマやアニメやまんが、そして小説といった表現分野である。必ずどこかで、表現分野に対して、自殺のトリガーにならないことを求めてくる人たちがいるはずだ。

 実際、小説と自殺のブームが結びつきについては、いくつかの事例がある。

 メディアの自殺報道に影響されて自殺者が増えることを「ウェルテル効果」というが、この名前の由来は、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』で描かれる主人公ウェルテルの自殺に共感して、同じ方法で自殺した事例が数多く報告されたことによる。

 日本においては近松門左衛門の『曾根崎心中』によって心中ブームが起こり、江戸幕府が上映禁止としている。昭和に入ると坂田山で発生した心中事件が報じられ、それを主題にした映画や歌が発表された。そしてその影響で心中ブームが発生している。

 このように、創作物は人々の心情に強い影響を与える。自殺の誘発もその1つであるが、それでも今なお多くの作家にとって「自殺」は重要な表現となっている。もし、これに対して「自殺を誘発する表現は禁止するべき」という批判があったとして、私たちの社会は表現の自由を守ることができるだろうか? また、守るべきなのだろうか?

 もちろん、一事が万事ではないので、報道内容を規制しつつ、表現の自由を規制しないという考え方は可能だろう。しかし一方で小説などでの表現が自殺への引き金をひきかねないということも事実である。現実に対して与える影響という意味においては、現実の報道と、仮想の小説の間に明確な線引きが存在するわけではない。むしろ、小説のような表現物の方が、自殺者の内面に迫るドラマチックな展開が強調され、強い影響を有している可能性は高いだろう。


 もちろん、自殺を描いたから自殺者が増えるというような、単純な因果関係は否定できる。しかし、表現は人の心を揺さぶるだけに、自殺などの行動をとるためのトリガーとしては過敏に働きうる。

 それに対して「必要なのはトリガーを取り除くことではなくて、要因を取り除くことだろう」と考えるのはその通りである。経済要因や健康要因といった自殺研究で見いだされた明確な自殺要因を取り除くことは、当然必要である。しかしそれでもトリガーを単純に無視するわけにもいかない。

 私は少なくとも「報道」においては、そうしたトリガーになる可能性は取り除くべきだと思う。そしてそのために報道上の表現を規制することはやぶさかではないと考えている。

 しかしその考え方が行き着く先は、報道に限らないすべての表現に対する規制の可能性である。

 私は今回の清水さんの提言は、そこまで含めて考えて行くべき課題だと考えている。それがその遥か手前で「女性タレントが自殺したのが自殺増の原因だ」などという、トンチンカンなところで墜落してしまっていることに関して、私は強い失望を感じている。

*1:自殺者急増、人気女性タレントの影響? 内閣府参与報告(朝日新聞社)http://www.asahi.com/national/update/0704/TKY201107040121.html
*2:私の「コメント」を巡る一連の騒動について(ライフリンク)http://www.lifelink.or.jp/hp/Library/110706_coments.pdf
*3:政府が取り組むべき自殺対策(ライフリンク)http://lifelink.or.jp/hp/Library/110704_tf_shimizu.pdf
*4: 「いじめ自殺」の報道について改善を求めます(ライフリンク)http://www.lifelink.or.jp/hp/jisatsuhoudou.html

■プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

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